現世での役割

「早速だが、今日呼んだのは上位者、または高位者に位置する存在と接触した人間がどんな人間か確認するため。あと、その印象次第で頼みたいことがあるという案件でこの場を設けさせてもらった。まさかその人物がカラスだったことは、少し驚いたがな」


「後者の点においては反論の余地はありません。ただ、前者は随分引っ掛かりがある言い草ですね。奢られて言うのもなんですが」


「奢られている件は気にしなくていい。若者は素直に奢られていた方が可愛いからな。どこぞのクソ真面目ほどになると可愛げがない。そんな事よりも確認したいことがある。アカシックレコードの管理を行っている存在と接触したというのは本当か?本当なら知っている情報がるなら話してほしい」


「気にするなと言いながら、情報を訊き出すんですか。上手い商売で」

「お互い様だろ」


 そういって、イチゴミルク啜り一服する。


 ペースは確実に夢霧総司の下にある。ある程度の面識があるとはいえ、これほど現実から離れたことを面と向かって訊かれると呑み込み切れない違和感を覚える。そのせいか最初のひと口以外飲み物に手を付けられず、容器が結露して湿るばかりだ。


「……別にいいですけど、大したことではないですよ。騙しているワケではないですがミザと名乗る上位者と接触したことは事実です。ワタシが識っていることとしてはミザは特定のアカシックレコード空間を管理する共通名称であることは知っています。称号みたいな部分は、なるべく口外しない方がいい部分に思えますので控えますが、印象としてはただの怠け者の書庫の管理人というのが見識です」


「当たり障りがないな。完璧なほどまでに」

「ですよね。でもこのくらいの情報から話した方が踏み込みやすいのでは?」

「イキってるねぇ。そうだね、すごくラクだ。だったら大きくは一歩踏み込んで、琴乃巻くん、異世界とか行ったことがある?」


「ありますけど、その言い方だと夢霧さんは行ったことがないんですか?」と無粋な質問を返してみた。


 一度甘い汁を吸ってから夢霧は「ご察しの通り。行ったことことがないんだ。そのアカシックレコードの空間までは行けても」と言い終わりもう一服。


 ここでやっとワタシも飲み物に口を付け始められて一安心。どうなっともつまみ相手のターンを待つ。


「実は言うと、異世界にはあまり興味はない。もしかしたらそこに我々が求める情報があるかもしれないが、現実的な話として未来のことが知りたいのが本音だ」

「未来?」

「細かいことを言うと、先の流れというのが正確かな?」

「……ちゃんと棲み分けができているようで」

「この現世だけでものを言うとどっちも正解だが、上位者の世界では……さすがに識っているか」


 ややこしい話に思えるが、その棲み分けは結構重要になる。未来の語源は仏教の内容が語源にはあたるものの、ここの場合、未来とはまだ誰も通ったことがない新開拓の認識のことを指し、先の流れ、時と言っても良いのだが既にある世界線のことを指す。詳細を加えると、内容が複雑になるからここまでにしておくが、一見同じに見える概念でも見識が異なることがあるとだけ分かっていればいい。


「つまりなんですか、先の事を識って政府の都合の良い状態にするために利用すると?」

「意地悪だねぇ。やっぱ腐ってもメグルくんの妹だ」

「兄と知り合いなんですか?」

「知り合いではあるが、それはほぼ間接的だ。放っておいてもいずれ導かれる」

「そうですか。って、夢霧さんたちもある程度見えてるんじゃないですか」


「それはそうなんだが、所詮は個人の見解だ。どちらかというと勘に近い。残念ながら僕が感じられるのは人の縁の導線まで。予知にしてはかなり雑なものだ。それに今回こうして直接会っているのはその縁を作るための一環でもある。いくらネットが発展しているとはいえその接触は間接的だ。比例して縁の強さも変わる」


「それって、いま食べているお菓子のように?」

「そうだな。しかし、人間関係ってものはドーナッツほど単純なものでもない。少女漫画ではド定番なセリフだろう」

「系列的にはね。ちょっと古臭いけども」


 わざと茶化してみたが、これで本当に話したいにように誘導できたはずだ。わざわざドーナッツショップに呼んでこの場を設けたんだ。何かを連想して選んだ可能性が高いウダウダと話が長くなっても、苦労するのは相手方のほうだ。


 その誘導をわかってか、誤魔化しか一度鼻を鳴らしたあと「ドーナッツって不思議な食べ物だよな」と本題の口を切った。


「そうですね」

「この話はただの独り言だと思って聞いてくれ」


 頼まれた通り、ワタシは黙って聞く姿勢を取った。


「これは十五年も前の話だ。ニホルディン政府とドンパチしていた頃、とある上位者に出逢ったんだ。そいつは来たる脅威あるいは危機を打破するため、四目の大地に眠る兵器を求め、日穂淀政府を焚きつけて始めたその戦争は皮肉にもそいつの手によって終わらされた。表舞台では、四目の力が結集した結果、勝てたと思い込んでいるが、実態としては譲歩してもらったまでに等しい。現在、シモク政府のお偉いさんになっているメンバーはその譲歩の理由となった密約を守ると同時に、その計画を実行するための情報や準備を進めている。先の時の流れで何が起こるかは未知数だが、分かっていることして、このドーナッツのように流れが円環を成す時代の流れが来るらしく、形容は様々だが主に『腐敗の円環』と呼んでいる。奴等及び我々はその流れを断ち切り仏教用語を用いて言うなら解脱した未来を得ることを目的に我々は動いている。言っていることは荒唐無稽であることは承知の上だが、多分その事態が起きたときにはきっと後悔をしてしまうんだろなと思いながらその活動を続けている」


「つまり、最悪な結果を招かないためにもこの地に眠る兵器の発見が求められていると、誰がそんなことを信じるんですかね」

「まったくだ。でもそれで、あの日の事件の真相が知れるなら……」

「…………事件?」


 ワタシの推測の中で恐らくそれ関連の内容だとピンとは来たものの、それを深掘ることは行けないと思う反面、口ではその疑問を放つ。


「悪いな、気を使わせてしまって……。お互い訊きたいことは山積みだと思うが、一度で理解できる話でもないし、まだ話せる段階でもない。数回に分けて話すべき内容だ。いくら賢い君でも、僕が食べた二番目に食べたドーナッツを知らないようにね。最も、羽目を外してドーナッツ買ってもこうしてお札が増えて返ってくるんだ。全部を一回でどうにかしようとするのは、どこの業界で難しいことだ。回答から逃げるわけではないがそのは察してくれ」


「それもそうですね。ワタシは問題ないんですが、相方が――プシューしてしまっていますから、また今度」

「いや、まだ終わらせないでくれ。君の賢さを見込んでとある存在に接触して欲しい」


 軽く引く止めたあと、一枚の紙切れを渡され、そこにはワタシも行ったことのない古本屋の場所が示されていた。


「一体何ですか?」

「そこには息子がいる。五時以降に行けば会えるはずだ」

「時間指定から推察するに学生さんですよね。ワタシにナンパして来いって追うことですか」

「ある意味そうかもな」

「冗談で言ったんだけど……」

「肝心なのは涙斗――息子の方じゃない。憑りついてる奴だ。以前は僕のところについていたが、若くて勉強熱心な奴が好きなようで、今はそいつと一緒にいる」

「なるほど、分かりましたできるだけ早くお会いできるよう努力します」

「そうしてもらえると助かるよ。それじゃ今後ともよろしく」


 夢霧さんは伝えることは伝え終わったのか席を立ち、この場をあとにした。

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