世間はあまりにも狭すぎる
「ここに息子がいるから、一度接触してもらいたい」
話をまとめればこの一言に尽きる。
目的地である地元スーパーのグランの建物が見えてきた辺りで再通信が入り、『約束通りに来たな』と脳内に音声が届く。どこかのネットスラングみたいなやり取りだなとシュールな静寂を感じながらも移動し、真の目的地であるドーナッツショップに辿り着いた。
グランの建物に入る出入り口はいくつもあるのだが、特定の店に直接入れる口がある。そのドーナッツショップもその一つで、大半は出口として利用されるがそこから入った場合、ドーナッツの甘く香ばしい匂いにやられ、店内を出るときには箱入りで余計なものを買ってしまう。その誘導される構造は、さすが元建築企業だった名残とノウハウがあるものだなと悔しいながらも感心させられる。
『ハルちゃんココ!ココ!』と大きな声が響く。一瞬、店内で大声を上げてるのかと勘違いしたほどだ。
でも、実際は陽の当りにくい奥の席で大きく手を振っているだけで、隣には人一人分の間を空けて座っている中年男性がいて、パッと見パパ活現場に見えるが、大筋としてその人が『紹介したい人』なのであろう。
ワタシはその対象たちに近づき呼び出しの本人であることがはっきりするのと同時に、その隣にいる者が誰かわかって思わず「あっ」と声を漏らし制止してしまった。
見た目ホームレスと言っても齟齬のないボロい服装、無精ひげとボサボサな髪の毛をした中年オヤジは、すぐそこで買ったであろうストロー付きのイチゴミルクの紙パックを片手にシラケた視線を向けてきて、「当然の反応だろうな」と何事もないように冷静な発言を口を開く。
呼び出し人であるジュジュは目を真ん丸にして「お知り合い何ですか?」と双方を交互に見やる。
「まあ……腐れ縁といいますか、いつもお世話になっていると言いますか……」
「世話をしているのはうちの部下だが、できれば荒らさないでくれた方が業者的にはラクなんだが、別に今回はそんなつもりで呼んだわけではない。お互いの意識の切り替えのためにも彼女に紹介してくれるかな。深淵のお方」
「あ、はい。こちらの方は、四目政府、特殊清掃庁のトップ
「以後お見知りおきを」
「……どうも、
この場面ひとつでも情報が多すぎる。一般市民としては、ゴミ箱から古本を出して読み明かすカラスよりも酷いことをする人間の罪悪感。目の前にいる汚いオヤジがあの清掃員だと信じられないワタシ。『深淵のお方』とジュジュさんを呼んでいるところを見るに、キュヲラリア、それ以上のことを知っているかもしれない期待と恐怖。極めつけに、四目政府のお偉いさんと説明が来た。どこから触れたらいいのか、非常に困惑する。
夢霧総司と紹介された男はイチゴミルクを飲み終わったのか、特有のあのズルズル音と空気が戻る音を鳴らし、「悪りぃ、飲み物が切れた。いまから追加分が買ってくるから、これでドーナッツでも買ってきな。もしお釣りが出たら回収しておくから覚えておけ、女の喧嘩は醜いからな」と、さりげなく人生の苦い経験の片鱗をながらも一万円札を置いていった。
「「いってらっしゃい」」とジュジュさんと一緒に見送り、二人だけになった。
その瞬間、「どういう関係なわけ?」とワタシが尋ねると「こっちのセリフよ。まるで親戚っているレベルバリの雰囲気じゃない」とツッコまれた。
ワタシは「ただゴミ捨て場でよく会うだけの人」と嘘はついていない回答をし、ジュジュはとりあえずはそれで納得して「うちも会うのはこれで三回目なんだけど、初めて会ったのは一年前、ミクロネイアの力が目覚めたころに捕まって知り合ったの。詳しいことは直接聞いてもろうとして、先人として言えることは『アリスのウサギ』ね」と簡単に説明。
顔馴染みだから警戒度は低いが、まさかそういう現世と異世界の橋渡し兼案内人がこんなに近くに居るとは内心、「世間は狭いな」と思う反面「これが不意に拾ったサイコロの
「何はともあれ、とりあえず、夢霧さんが帰ってくる前にドーナッツを買いに行こう。あの言い方だと、買おうが買わまいがお金は回収されそうだし」
「それもそうね。さっそく買いに行きましょう」
机の上にハンカチを置き席を確保したあと、ドーナッツと飲み物を買いに行った。もう十五時という時間帯であったから並ぶ人はワタシたちしかおらず、ゆっくりメニューを選ぶことができた。
数分後、お持ち帰り用のドーナッツと店内で食べる商品が届き、タイミングよく夢霧さんも帰って来たから飲み物やドーナッツを含みながら、今回呼ばれた理由についての会話が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます