01.とあるダンジョンの最奥にて(2)

「めっちゃボス戦の真っ最中だった……吐かれたのが火じゃなくてビームとか毒ならヤバかった……いやビームはワンチャンあるか……」


 帰還後。広めの会議室のすみっこでパイプ椅子に腰掛けながら、ぞわりと背筋を震わせる。たまたま運がよかった――俺とモンスターとの相性が良かっただけで、帰ってくるのが会議室じゃなくて病室でもなんの不思議もなかったですよ、今回は。


「つまり『もうクリアされたあと』ではなく『いままさにクリアされようとしている』ダンジョンの、最後の部屋へと飛びこんでしまったわけですね。ダンジョンの主――大蛇を討伐することにより、その迷宮は役目を終えて消滅した、と」

「とってもびっくりしたけど、迫力もすごかったの! ダンジョンの最後には、やっぱり大きなモンスターがいるものなのね!」

「私がご一緒できていれば、しおん様を危険にさらすことはなかったのですが……おっとそこ、項目がズレていますよ。今回は拾得物がありませんでしたし、次はこちらですね」


 座ってタブレットを操作しているしおん、その胸元に抱かれながら肉球を画面にタッチしているのは、翼の生えたポメラニアンにしか見えない珍獣。その名をフウさん、自分のことをりっぱな幻獣だと思い込んでいる、言葉を話す真っ白な毛玉である。


「報告書を書かなきゃいけないのは知っていたけれど、必要なことがたくさん……このお仕事って、敵を倒したら終わりじゃあないのね……」

「情報の蓄積こそが我々に課された使命ですから。それをもって、この組織は世界を護り続けているのですよ」

「それはわかるけれど……ハルキだって、すこしは手伝ってくれてもいいじゃない」

「いやまあ……俺はほら、あっち見てなきゃいけないから」


 視線の先、会議室の一番前の席では、やや声を荒げながらの話し合いが行われている。

 机を挟み、奥にいるのはスーツ姿の女性がふたり。わりと長いつきあいになる、うちの組織の同僚だ。

 対して、こちらに向けられている背中はというと。


 ひとりめ。淡く光り輝くりっぱな鎧に身を包んだ『どうみても勇者』の風格を持つお兄さん。

 ふたりめ。彼に寄り添うように隣に座っている『聖女』らしきオーラが出ているお姉さん。

 さんにんめ。そんな彼らを見守るポジション、ローブを身にまとった余裕のあるおじいさん。


 ……どう見ても現代社会にそぐわない、ファンタジーな格好をした3人――俺が乱入してしまった部屋で、ボスの大蛇と戦っていた人たちである。


「『あなたたちはダンジョンごとこの世界に……異世界に転移してきました!』って言われて納得はできないでしょ。もしかしたら、ちょっと揉めるかもしれないし」


 というわけで、万が一の荒事に備えて待機するのが、次の俺の仕事なのである。決して報告書を書きたくないとかそういうわけではないので、念のため。


「とはいえ、そうなることはごくごくまれですが。戦闘を得意とする者もいれば、説明や交渉が得意なものいる。その多様性こそが、この組織を成り立たせているのですから」

「わかる……ねごしえーたー? って言うのよね、それ! 話し合いでトラブルをスマートに……かっこいい……」


 微妙に分かってなくない? と思ったけど、こっちが揉めそうだから黙っておこう。


「場所が出入り自由な会議室なのも、その辺の配慮かな。地下の部屋に閉じ込めて……とかだと、不信感が先に来るでしょ?」

「でも……は、そうじゃなかったわよね?」

「もう半年くらい経つんだっけ……あのときは……大変でしたね……」


 当時のことを考えるだけで、思わず敬語になってしまう。あれはまあ……レア中のレアケースだったので……


「当時の報告書も残っていますよ? ハルキ謹製の大長編が……ええと……このフォルダですね」

「待て待ていま必要かそれ」

「本日の報告書の参考にもなるかと。休憩がてら目を通してはいかがですか?」

「読みたい!」

「はいはい、俺は向こうの様子見てくるから。好きにしていいけど、報告書終わるまで帰れないからね」


 きちんとした報告書とはいえ、自分の書いたものを目の前で読まれるのはむずがゆい。なので席を立ちながら、半年前のことを思い出す。

 あれは本当に大変で、俺の人生を変えるほどの大事件で――

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