いろんなものが異世界転移『してくる』世界で、今日も仕事に励む俺です ~業務内容は転移者の保護・アイテム鑑定・モンスター退治・ダンジョン攻略などなど多岐にわたります~
くろばね
00.とあるダンジョンの最奥にて(1)
目の前には、とっても立派な扉がそびえ立っている。
じめっとしめった石造りの建物を進んだあと、『満を持して』という様子で現れたそれ。
精密な彫刻が施された重そうな扉は中の光を漏らすことなくぴったりと閉じており、『この先になにか大事なモノがありますよ! そう簡単には入らせませんがね!』と強く強く主張している。
立ち止まること数秒。どうしたもんか、と悩み始めた、まさにその瞬間。
「このりっぱさ……ここが最後の扉ね! 行きましょう、ハルキ!」
……なんの警戒もせず、その扉を押そうとした仲間……弟子……助手……同級生……妹……お姉ちゃん……? とにかくそんな間柄の彼女――しおんの手をひっぱって止める。
「待ってどうしてそうなるの。なんか罠とかあるかもでしょ」
そう、しごくまっとうな注意をしたつもりだったんだけれど。
なぜか彼女は、子供っぽくぶーっと頬をふくらませて。
「ないわよ、ないない。ここに着くまで、そんなダンジョンらしいことが、ひとつでもあった?」
そのまま、彼女の言葉は止まらない。俺と繋いでいる右手をぶんぶん振りながら、もう我慢できない、とでも言うみたいに。
「モンスターは出ない! 宝箱もない! 罠だってないし、助言を与えてくれる妖精さんにだって会えてない!」
「あったでしょ。爆散したっぽい触手モンスターのひからびた手足とか、からっぽになってる立派な箱とか、解除された痕跡のあるトラップハウスとか。妖精さんは知らんけども」
「とにかく、ここまでずうっと、ただ歩いてきただけじゃない! 初めてのダンジョン……楽しみにしてたのに……って、どうしてそこでため息をつくの!?」
「いやあの、これいちおう仕事なんでね? しおんにとっては実地研修も兼ねてるんだし、安全でほっとしてるまであるんだけど」
「それは……そうなのかもしれないけれど……」
「あとあれ。外と通信はできない系の建物だったけど、中での会話はぜんぶ記録されてるからね? 俺たちは情報収集のためにここに来ているので……」
ひらひら、と仕事用のスマホを取り出して見せたとたん、ぐ、としおんが押し黙る。俺たちに支給されるこの端末は、異常なほどのバッテリーの保ちで仕事中のあれやこれやを自動的に記録してくれるのだ。プライバシー? 知らない子ですね……
「なので文句はほどほどに。まあ、しおんがわくわくしてくれてたのは伝わったし、謎のダンジョンにわくわくできる人はこの仕事に適正あるよ」
「そ、そうかしら……えへへ……」
そんな適当なはげましにも、機嫌よさげに表情をやわらげるしおん。チョロくて助かるなあと思いながら、あらためて扉へと向き直る。
「情報収集って言ったことだし、改めて整理しとこうか。俺たちはこのダンジョン――昨日突然現れた謎の建物の調査のために、ふたりでここの様子を見に来たんだけども」
「入ったとたん、外と一切連絡が取れなくなったのよね。入った扉も閉まっちゃって、進むしかなくて」
ほとんど独り言のつもりだったんだけれど、会話に乗っかってくれるしおん。それならば、と言葉をつないで。
「最奥っぽいここまで、いまでちょうど4時間くらい? ダンジョンとしての規模はその程度だったんだけど、ちょいちょい『誰かが通った』形跡があったんだよね。さっき言ってたみたいな、壊れた罠とか空の箱とか」
「野営……? って言うのかしら、誰かがここで休憩したんだろうな、って跡もあったものね。燃えかすがあったり、食べ物のごみがあったり。だから、これって」
「十中八九『誰かがもうクリアしたあと』のダンジョンなんじゃないかなあ。だからこそ不要判定されて、この世界に吹っ飛んできた、と」
「じゃあもう、なにも残ってないのね……モンスター……たからもの……呪文を授けてくれる女神さま……」
ぶつぶつと未練をつぶやくしおんの残念さが、繋いだ手のふるえに現れている。いやこれ震えじゃないな、若干怒ってて力が入って痛い痛いちょっと力ゆるめて。
「でもでも、入ったら扉が閉まって出られなくなったじゃない? それってまだ、このダンジョンになにかがあるってことなんじゃあないの?」
「入退場のギミックだけ生きてる例ってけっこうあるんだよね。最後の部屋に入ったとたん、ボス戦もナシに外にぽーんと転送される、みたいな。残念だけど、ここもそうなんじゃないかなあ。簡単にこの扉が開くのなら、もう間違いなくそう」
言いながら腕を伸ばし、かるーく力を込めてみる。
想像通り、扉にはまったく抵抗がない。なんだか魔法的な封印さえありそうな見た目なのに、押せば押すだけ動きそうだ。このぶんなら、過剰に警戒する必要はないかな。
「というわけで、俺から先に入ってみるよ。繋いでる手は離せないから、すぐ追いかけてもらうけど」
「……本当に大丈夫なのかしら。部屋に入ったとたん、凶悪な魔王が出たー!!!って」
「
隣の彼女がななめがけにしているそれ――子供が使うようなちいさなポシェットに目を落としつつ、大丈夫だと笑ってあげる。ほんとう? といぶかしげな彼女に手を振って、そのまま扉を押し開けて。
ある程度まで押したとたん、一気に開かれた扉のさきに、はっきりと見えた光景は。
「……うそでしょ……」
とんでもなく大きな蛇が、大口を開けてこっちに向かって火を吐いてくる――真っ赤で強そうな光の渦だった。
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