02.封流士という職業がある(1)
この世界には龍が降る。それはもう、雨が降るくらいの気軽さで。
龍と聞いて浮かぶもの。翼の生えた空飛ぶトカゲ、あるいは長くて火を噴く神獣。普通の人に聞いてみたなら、そんなふうに答えるだろう。
でも。目の前にいる龍は、そんなかっこいい生きものじゃなくて。
「グルルルルル……」
右手側。うなって俺を威嚇する、熊みたいな巨獣が4匹。
「グジュ……ウジュル……」
左手側。それ声なのなんなの、という音を発し続けている、腐りかけた体を持つ獣が3匹。
「KIRIRIRIRIRIRIRI」
最後に正面。たくさんの砲口を向けながら、電子音を鳴らす人型のロボ。これもう生きものですらないな?
三者三様の風体ながら、じりじりと俺を囲むもの。この世にたくさんあると言われる、異世界からの乱入者。それらはすべて、この世界では『龍』と呼ばれており。
「……よしわかった。だから待って、ちょっと待って、一回きちんと話そ?」
計8体のそれらすべてに、リアルタイムで敵意を向けられているのが俺です。
「交渉から入るつもりなのですか? 話が通じるとはとうてい思えないのですが」
「冷静な分析やめろ。どう見ても殺人マシーンなロボの人はさておき、野生に生きるみなさんとは通じ合えるかもしれないでしょ。ほらほら、こっちに攻撃の意思はないですよー話せばわかりますよー」
両手をひらひらと上げながら、空から降る声に返事をする。姿を見せないその声の主は龍ではなく、仕事仲間の珍じゅ――
「KIPIPIGIGI!!」
「うおったあああっ!!?」
「ありましたね、反応」
「誰も弾丸を返せとは言ってないんだけど!? というか合図じゃないからね!?」
返事の代わりに飛んでくる銃弾。そしてそれをスターターに、飛びかかってくる7体の龍。
「そのままお待ちください、今指示を仰いで――」
「待ってたら死ぬわ! はい退避! 撤退! さよなら!」
降ってくる声は無視。化け物たちに背を向けて、出せる限りの力で逃げ出す。
幸いというかなんというか、俺の足はその場のなにより速かったらしい。息が上がってヘバるころには、敵の姿は豆粒みたいになっていた。
「ナイスランなのです」
「すずっ……しい……かおで……みえん……けど……」
全力ダッシュで上がった息を整えながら、降ってくる声をにらんでやる。物陰に身を隠したものの、追撃の手は伸びてこないみたいだ。
「はあ……ふう……いきなり攻撃されるとか……ヤクザな仕事すぎるでしょ……」
「探し物を得るためでしょう? 困難を承知で選んだ道です、文句を言わずに働きましょう」
「正論で殴るのやめて。ああもう、そこ曲がったら手掛かりがぶつかってこないかなあ」
そんなぼやきに返事は来ない。見えないあきれ顔を想像しながら、ふう、と小さく息を吐く。
「……で、どんな感じ? 3種とも出所は別、仲間ってわけじゃないんだし、潰し合ってれば楽なんだけど」
「残念ながら。連携するそぶりはありませんが、それぞれがハルキを探しているようですね。このままここにいたところで、すぐに見つかってしまうことでしょう」
「だめだったかー。さておきフウさん、いちおう聞くけど、予報だと何匹って言ってたっけ」
「3体ですね。こちらも3人、3カ所に分断の上、各個撃破という作戦だったのですが」
「気のせいじゃないなら8匹に見えるんだけど。それも俺の受け持ちだけで」
「3カ所に8体ずつ……いえ、いままさに増えたようです」
そんな声に顔を上げると、流星みたいな光がきらめく。それは細い尾を引きながら、少し離れた地面へと吸い込まれるように落ちていった。
明るい空でも観測できる、きらびやかな流れ星。見かたによっては幻想的にも取れるそれは、『映え』的な人気があったりもするみたいだけど。
「……確認できました。撃ってきたものと同型、火気を装備した機械タイプですね」
「いちばん嫌なやつが来たなー。個体同士で同期取って連携してくるやつでしょ」
それは敵が増えた証。それを相手取る俺たちにとって、やっかいでしかないものだ。
「どうする? このまま増え続けられそうなら、先に数を減らしておいたほうがいいと思うんだけど。閉鎖区域を抜けられたら大ごとでしょ」
「
「ここまで大ハズレな予報も久しぶりだなあ……じゃあ、ルート指示よろしく」
「………………?」
「フウさん?」
「……いえ、まずはそのまま、まっすぐに。そのあと、ふたつ目の角を右に――」
「了解。なんか嫌な気配するし、あとは走りながらで!」
「あっ――」
ぐるる、とうなり声を背中に受けながら地面を蹴る。そのまま駆け出し、言われたとおりの角を曲がったその瞬間。
「……へ?」
目に入ったのは、こっちを見て驚いたように目を見開いている女の子。
「きゃあっ!?」
耳に届いたのは、心底びっくりしたというような声。
閉鎖区域。
人がいるはずがない。
女の子。
かわいい。
違う、ぶつかる。
……あぶないっ!?
「――右に曲がると、人がいるから気をつけて、と言いたかったのですが」
そんな声を置き去りに、身をひねるけどもう遅い。
勢いがついてた俺の体は、吸い込まれるようにその女の子にぶつかりそうになって。
それだけは避けようと、なんとか手を伸ばし、足を止めて。けど勢いは殺しきれなくて。
その結果。
「ふきゅうっ!?」
――ああ、これがいわゆるあのテンプレ、どすけべなハプニング。まさか自分の身に降りかかることがあろうとは。
とっさに腕を回して、女の子の体を抱え込む。押し倒してしまったけど、怪我をさせたりはしてないだろう。
だけどその結果、俺は両手を一切使えないわけで。
ふに。
やわらかくて甘いような、幸せな感触が顔面をつつむ。ファー付きの上着でも着ているんだろうか、背中を抱きしめた手はふかふかさらさらで気持ちいい。
「んっ……ふうぅ……」
頭上からはそんな声。倒れた拍子に吐息が漏れた、そんな感じの息づかいだ。
つまり、俺は今、間違いなく女の子の胸元に顔面ダイブを決めている。だって、とんでもなくふわふわ。こんなにやわらかいのなんなのこのもちもち。
じゃなくて。
「ご、ごめんっ! どっか怪我してな――」
顔を上げた瞬間。
「こっの、へんたいー!!!!!」
そんな言葉が耳に届くと同時に、俺の頬は盛大な音を立てて、はじけた。
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