第3話 立花との邂逅
宇賀はケンの幼馴染であり、ケンとは立花賢正であり、立花賢正とは三國の悪友である。
中学を卒業した三國は両親を関西に残し、名古屋に住む叔母の家に居候することとなった彼は両親を憎んでこそいなかったが、真っすぐ愛しているというわけでもなかったし、何より現実的な問題として、これ以上あの二人の芸術的放浪に付き合っていられなかった。そして両親の芸術的放浪に、幸か不幸か息子は必要ではなかった。
三國を引き取ってくれた叔母は、彼の母の妹である( 字で妹であることはわかるわけだが、念のため) 。若い頃に大富豪と結婚し離婚し、財産分与と慰謝料で分捕った金と、その他の資産で始めたギリギリ合法の商売が大当たり。今や日本を飛び出して海外でも活躍する大金持ちである。実のところ、三國の両親が自称芸術家として好き勝手に生きていられたのも、三國が私立の大学に入って一切バイトせずにいられたのも、すべては叔母のおかげである。
彼女はおおらかで胆力のある、力強い人間であった。おそらく、元旦那から分捕ったあれやこれやがなくても、そのうち大物にはなっていただろう。
喜んで三國を迎え入れてくれた叔母のおかげで、三國は初めて家に住むということの恒久性を実感した。家というもいのはそこにあって、そう易々とどこかに移ったりはしないものなのだ。
可もなくやや難あり、できればもっと上を目指してほしいと保護者ならば思ってしまう高校に、三國は入学した。三國は怠惰で間抜けで阿保ではあったが、馬鹿というわけではなかったから、本来ならばもう少し上の( といってもたかが知れてる) 高校に入ろうと思えば入れたのだが、どうせ真剣に通うわけでもあるまいし、場合によっては行かなくなるかもしれないしと、その高校に通うことにしたのだが、その選択が三國の人生を一変させることとなった。最初からそういう人生になることが決まっていただけかもしれないが。
その高校で、三國は立花と宇賀に巡り合った。いや、出くわしてしまったという方が正確かもしれない。
立花は一言で表すと、情緒不安定センチメンタルナイーブ繊細野郎であった。これを一言とするかどうかは個人の裁量に委ねる。
高校に入学してもやはり友人はできず、三國はここでも余所者であった。いくらひつまぶしが好きな三國であっても、そんなことくらいでは名古屋という街に溶け込めるわけではない。
周囲から見れば三國は、孤独を楽しんでいる一匹狼に見えていたのだが、その実そんなことはなく、彼はいい加減、孤立したままの人生にうんざりしていた。
言葉にしてしまうと陳腐だが、要は友人が欲しかった。高校卒業と同時に疎遠となってしまうような、その場限りの友人でもいい。そう願っていた。そこにつけ込まれたと言ってしまえばそれまでだが、でも立花にはそんなつもりは一切なく、かといって孤立している三國を憐れんで近づいたというわけでもない。立花はただ単に、ラジオをやりたかったのである。そこには悪意も善意も一切なく、いささか純真すぎる
ほどの恋心があっただけである。
入学式から三週間が過ぎたある日の昼休み、立花は三國をラジオへと誘った。
「ラジオやろうよ」これが紛れもなく、立花から三國への第一声であった。おにぎりをもそもそ食べていた三國に、立花はきらきらとした笑顔を浮かべてそう勧誘した。
三國は一旦無視した。立花が自分に話しかけていることはもちろんわかっていたが、話しかけているとは思えないくらいに、内容が突飛で意味不明だったため、無視したというよりは反応のしようがなかったというのが正確なところである。そもそも、三國の対人コミュニケーション能力は餓死寸前の金魚未満であった。
「ラジオやろうよ」三國の反応などお構いなしに、立花は再度そう言った。三國としても、もう反応しないわけにはいかなかった。「俺で合ってる?誘う相手」「うん、三國愚歌、でしょ?」「まあ、そうやけど・・・」「それ!昨日先生と喋ってるときに聞こえたんだけど、三國って関西弁でしょ?」
関西弁であることにあまり、というかまるでいい思い出がない三國。曖昧な返事で誤魔化した。
しかし立花は明るく元気よく、「関西弁の人を探してたんだよ!」と。そう言う立花の顔や声には、からかおうというような様子は露ほどもなく、むしろ心から
待ち望んでいた何かの到来に、素直な喜びを感じているようだった。
「僕、立花賢正。親からだダメ息子って呼ばれてる」そう言って彼は笑った。
「・・・笑えへんけど」「表情筋が未発達なの?」「( そんなわけないやろ) いや、ちょっと・・・」「三國って呼んでいい?」「( さっき呼んでたよな・・・?) エエけど」「それとも、こう呼ばれたいとかってある?」「いや・・・」「お呼ばれしたいパーティーとかってある?」「・・・ふざけてる?」「いいや、親睦を深めたくて」「ああ、そう・・・( やとしたら質問間違ってんで) 」「で、お呼ばれしたいパーティーある?」「( それそんな知りたいか?) ないけど・・・」「じゃあおこぼれに与るとしたら―― 」「もうエエって」「それだよ!それそれ!」
立花は感激して顔をさらにほころばせた。
自分の関西弁がここまで前向きなものとして扱われたのは初めてで、三國は戸惑うばかりであった。三國にも可愛らしい時代があったのである。
そこから十五分ほどかけて立花は三國をラジオに誘いまくった。勧誘の間、立花はにこやかな顔と軽快な語り口で、まるで親友に話しかけているかのような気さくさだったため、三國もつい好意的な返事をしてしまったのである。
そんなこんなで三國は、立花とラジオパーソナリティーを務めることとなった。
が、こんなにも熱烈に三國を勧誘しているくせに、立花はラジオが好きというわけではなかった。というかラジオというものを一度として聞いたことがなかった。
ではなぜ立花は熱狂的なまでにラジオをやろうとしていたのか。
それは宇賀のためである。
いや、宇賀のためというよりは、宇賀に恋する自分のため、である。
宇賀がつい先日「最近深夜ラジオ聞いててさ、けっこう面白いよ」と言ったのを立花は忘れていなかった。宇賀の方は何の気なしに言っただけだから既に忘れていたのだが。
何度も言うが、立花は非常に不安定な人間である。些細なことで一喜一憂する。その変化はほとんど別人と言ってもいいほどで、多重人格者のように色々な立花が存在するのだが、どんなときも一貫して宇賀を愛している。ある意味では見上げた奴である。
あるときは自殺志願者、あるときは理想主義者、あるときはペシミスト、あるときはアナーキスト。しかし三國との初対面時、幸か不幸か立花は希望に満ち溢れていた。そのせいで三國は立花の本質に気づけず、ついついラジオパーソナリティーを引き受けてしまった。孤立した日々に嫌気が差していた三國、そこに朗らかな男、渡りに船である。が、その船が泥船であることに気づいたのは、沈み始めてからだった。
ではなぜ、立花が三國をラジオに誘ったのか。それは単純に、面白いラジオをやるためで
ある。立花の中で、面白い人=関西人、という方程式が完成していたので、立花は関西弁の三國に白羽の矢を立てたのであった。
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