第2話 ヘンテコ関西弁
さてさて、
名前とは、親から子への最初の贈り物であるというのはなかなか素敵な考え方ではあるが、このように考えることもできる―― 名前とは、親から子への最初のお荷物である、と。前者のように考えられるのは、あくまでもまともな、あるいは洒落た名前をもらった人間の特権であって、三國のように奇天烈な名前を贈られた人間からしたら、こんな名前ならまだ太郎や花子のほうがマシだ、というのが正直なところであろう。少なくとも三國の場合はそうであった。愚歌よりはまだ連太郎の方がよかった。たとえ、あの名俳優と同姓同名になるとしても。
ではそろそろ、彼がなぜ大学を二年で辞めたかについて説明しなければなるまい。
とはいえ、非常に単純な話である。
彼は怠惰であった。と言い切ってしまえばそれまでなのだが、これだと彼に根本的な原因があるかのような言い方になってしまう。まあそれだって間違いではないのだが。
たしかに彼は怠惰であった。しかし、こと学校というものに関していえば、実は彼本来の気質だけではなく、両親にいささかの原因があった。
三國の名を見ておわかりだろうが、彼の両親は変な人である。というか、芸術家である。しかもタチの悪いことに、〈自称〉芸術家であった。芸術家に限らず、どんな職業であれ〈自称〉というのは大抵タチが悪い。
彼の両親はまことに芸術家らしく自由で奔放で( 自由でも奔放でもない芸術家もいるだろうが) 、言葉を選ばずに言えば子どもを産み育てるのに向いていなかった。強い言葉をあえて使わせてもらうと、子どもを持つ資格がなかった。しかし、そんな男女が巡り会い、恋に落ち、いつしかそこには愛が生まれ、ついには避妊をせずに交わり、あろうことか子宝に恵まれてしまった。
そしてまず、産まれてきた天使のように可愛らしい赤ん坊に愚歌と名付けた。
死や悪や魔や汚ならともかく、愚というのには役所も困ったであろう。はたして愚という字の入った名前を通していいものだろうか、しかし人間というのは愚かな生き物であるから、そういう意味では最も人間にふさわしい名ではなかろうか・・・と。あるいはその出生届を受理した地方公務員の感覚が、三國の両親と似通っていたのかもしれない。だとしたら運が悪かったとしか言いようがない。
我が子を愚歌と名付けた二人はいかにも芸術家らしく、芸術的探究心の赴くま
まに様々な土地に居を移してはまた移るという、スナフキンのような生活を楽しんだ。別にスナフキンは芸術家というわけではないのだが。
そして彼の両親は行く先々で自分たちと同じ〈自称芸術家〉、つまり変な奴らと親しくなり、その変な奴らに愚歌を預けて芸術的思索に耽ったり、芸術的創作に没頭したりした。それらが金になることはなかったが。
子育てに正解などないだろうし、どんな子育てにもケチをつけようと思えばつけられるわけだから、あまり大げさなことは言いたくないが、それでも言わせてもらうと、己の芸術的欲求を犠牲にできない人間は子どもを持つべきではない、というのが、現時点での三國の意見である。当事者の意見だけあってそれなりの説得力がある。
どんな育て方をしようが立派になる人間は立派になるし( 限度はあるが) 、グレる人間はグレる( 限度はあるが) 。そういう観点から見ると、三國が怠惰になったのも大学を辞めたのも、結局は三國次第だったわけだし、境遇を言い訳にするべきではないのかもしれない。三國自身そのことは理解していたので、変な両親を持ったことを言い訳にはしていなかった。ただ三國にとって不運だったのは、彼の両親が息子の誕生を機に、なぜか関西地方をこよなく愛し始めた、ということである。大阪、京都、奈良、和歌山、兵庫、滋賀、三重、岡山、などなど、とにかく西にばかり居を構えた。都会だったり田舎だったり海沿いだったり山のふもとだったり飲み屋街だったり住宅街だったり橋の下だったりそもそも家がなかったり。とにかく、関西のあちこちを渡り歩いた。幼い三國にその放浪を拒む力はなかった。
三國の両親は、行く先々で我が子をその土地の自称芸術家に預けまくっていたため、言語をことごとく吸収していく時期に、彼は関西のあちこちの、しかもヘンテコな人々から関西弁を吸収していくこととなった。
そしてここで問題になってくるのは、関西弁というものが地域によってけっこうな違いがあるという点である。
あちこちの関西弁をちょこちょことかじって身につけた〈複合的関西弁〉を操る三國は、どの学校でも部外者であり、余所者であった。どこに行っても三國は、変な関西弁の、変な親の変な名前の子どもであった。
ただでさえおかしな関西弁のせいで馴染むのが難しいのに、転校の連続で人間関係や集団内での立ち位置をリセットしなければならず、いつしか三國は、やることなすこと遍く無駄なのではないか、という意識に囚われるようになった。いじめられこそしなかったが、他人と深く関わることなく孤立し、どこに行っても余所者としてよそよそしく扱われ、疎外感に苦しみ、次第に学校というものを疎ましく思うようになった。彼にとって学校とは、どうあがいても馴染めない、溶け込めない場所であり、集団というのは、歯を食いしばって疎外感に耐えなければならない環境であった。
だからより正確に言うと、学校ではなく、人間と関わることを、関わらざるを得ない環境を疎ましく思っていたのである。
このような経緯で三國は自然と学校に行かなくなり、一人の気楽さに気づき、諸々の負担から逃げまくり、いつしか怠惰な人間になっていた。
とはいえ、三國が怠惰なのは両親の、あるいは環境のせいだけではないだろうし、正直なところ大学まで行ったら疎外感もへったくれもないので、怠惰による大学中退、という認識で構わない。少なくとも、三國は自身の退学のことを「元々ろくに通ってなかったし、行ってもないのに叔母に金を払ってもらう罪悪感に耐えられなくなった」というふうに捉えている。
自己嫌悪と自己否定と自己肯定の嵐の中で、三國はやはり怠けていた。大学を辞めたという事実から必死に目を背け、ただひたすらに煙草を吸っていた。まるで現実と自分とを濃い煙で隔てるが如く。
さて、これで三國という人間の説明は終わりである。次に、宇賀とケンの説明をする。
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