間抜けな奴らが医療賭博に。
わだち羊
第1話 間抜けな無職
四月初旬の月曜日。午前十時半。
二人の会話から、少なくとも三國という男の人となりは充分に掴めるであろう。まあ掴めなくても後で説明するから問題ないのだが。
けたたましい着信音に叩き起こされた彼はすでに不機嫌であった。
「もしもし」三國はぶっきらぼうに言った。が、返事がない。もう一度「もしもし」と呼びかけるも応答なし。三國は苛々をたっぷり込めて舌打ちした。
と、ようやく宇賀が喋り出した。「私メリーさん」「どつくぞ」「今、あなたにどつくぞって言われたの」「知ってる。俺が言うたからな。ふざけてんねやったら切んで。眠いし」「私メリーさん。今あなたの後ろにいないの」「おらんねやったら言わんでエエし、次ふざけたら切る」「私メリーさん」「うるせえ」「今あなたの後ろにいるの」「なんでもうおんねん。来んの早すぎやって」
宇賀はカラカラと楽しそうに笑った。「もう、つれないなー」「なんやねん。こんな時間に」「こんな時間って、今何時なの?そっちは」「・・・お前今外国におんの?」「いや、私は日本にいるけど」「そっちはって言うたやろ」「うん。だってミクは今イタリアでしょ?」「そんなわけないやろ。日本のど真ん中におるわ」「でもピザ好きじゃん」「ピザ好きなくらいでイタリア行かんわ俺は。しかもそこまで好きちゃうし」「ピザ好きじゃなかったっけ?」「嫌いではないけど、手ェ汚れるから食べんのめんどい」「ピザ食べるとき手ェ使うんだ」「そらそやろ。お前箸で食うのか?」「そんなわけないじゃん。何言ってんの?」「お前が手ェ使うんだって言い出したんやろが!」「すごい元気だね」「お前のせいじゃアホ!無駄話すんねやったら切るぞ!眠いねんこっちは!」「まあまあ、どうどう」「どうどうは馬にやるやつや、人にやんな」「馬も人も一文字じゃん」「生物を文字数でくくるな」「何でくくっても私の自由でしょ」「屁理屈こくな」「デリックローズ?」「屁理屈!どんな聞き違いやアホ!」「まあまあ、どうどう」「切るぞ、ホンマに」「生命線を?」「そんな斬新な自決するか!」「安心なプリケツ?」「斬新な自決や!全然合うてへんやないか!」「そんなに大きな声出さなくても聞こえるけど?電話なんだから」「お前が叫ばせてんねん」「もしかして距離が離れてるから大声出さないと聞こえないと思ってる?」「思ってへん」「電話っていうのはね、電気信号を ―― 」「思ってへんて!何をホンマの解説しようとしてねん!」「だから大声を出さないでって言ってるのに。聞き分けのない」「寝起きの男に聞き分けなんて求めんな」
宇賀はカラカラ笑うと、「ごめんごめん」と言ってまた笑った。それから用件に入った。
「いやね、最近ケンと会ってるかなって思ってさ」「そういや会うてへんな」「連絡は?」三國は寝ぼけた頭で、最後に彼から連絡があった日を思い出そうとした。思い出すのにけっこうな時間がかかったし、いまいち確信が持てなかった。「十日か・・・そんくらい前か、酔うてんのかなんか知らんけど、わけのわからん電話かかってきて、それっきりやな」「やっぱりね」
どうやら彼女は三國の答えをある程度想定していたらしい。
彼女の声にトラブルの響きを感じて、彼はさっさと電話を切ろうとしたのだが、その前に彼女が口を開いた。「ちょっとケンの様子見てきてよ」「お前が行ったらエエやん。何あったんか知らんけど」「色々あって私は無理なの。それに、どうせミクは暇でしょ?どうせ」「どうせって二回も言うな」「でも暇でしょう?」
間髪入れず返されて、言い淀んでしまう。「・・・まあ暇やけどな」「僕は暇ですって言ってごらん」「なんでやねん」「相互理解の第一歩は言語化だよ」「やとしてもやろ。俺を辱めたいだけやないか」三國がそう言うと、彼女は少し間を取ってから口を開いた。「・・・今、無職だよね?」「・・・まあな」「叔母さんのお金で大学行って、生活費から何から全部叔母さんに払ってもらってて、自分はろくすっぽバイトもせず大学も行かず、二年で辞めたよね?」「・・・そうやな・・・うん」語気が暗く小さくなっていく。彼女は構わず続けた。「今年で二十一だけど、一日たりとも働いたことないよね?別に何かに夢中になってたとかでもないのに。労働体験すらサボったよね?」「まあ、な・・・」
三國に、労働体験をサボったときのことを思い出させる間を取ってから、彼女は淀みなく言った。「なのに今さら暇なのが恥ずかしいの?今さら暇ってことを認めるのが恥ずかしいの?もっと恥ずかしがることがあると思うけど?」「もうやめてくれ。正論の致死量や、俺の精神状態によっては死んでたぞ」「社会的には死んでるようなもんだから、実際に死んでも迷惑が最小限で済むね」「一線超えたぞ今のは!」三國が怒鳴る。彼女は間延びした声で、「ごめんねェ、私ってェ、思ったこと全部叶えてきたんですゥ」「嫌な奴かと思ったらただのスゲー奴やないか、そんなんエエねん」
宇賀はまたカラカラと笑った。そして有無を言わさず、「じゃあ、そういうわけだから、ケンの様子見てきて。まさか死んでるってことはないだろうけど」「へいへい」「へいは一回でしょ」「一回もアカンねん、フツーは」
腹立たしい電子音が鳴って電話が切れた。三國は布団の上で大の字になり、ひとまず目を閉じた。いつもより二時間以上も早い起床。加えて、面倒な用を押し付けられ、辱められた。
とてつもない倦怠感にくるまれ、今にも融けてしまいそうであった。まあ宇賀の言う通り、
彼が融けたところで周囲への迷惑は微々たるものだが。
通話が終わったところで、三國愚歌についての説明をする。
二十歳の男。五カ月後の九月に二十一歳になる予定だが、いかんせん不健康極まりない日々によって自身の肉体を痛めつけているため、二十一回目の誕生日を迎えられるかは少々怪しい。
つい先月、正式に大学を辞めたことで学生ですらなくなり、完全なる無職。完全無欠の無職と相成った。
東京の端っこも端っこ、地殻変動で東京が隆起したらこぼれ落ちてしまいそうな地域の住宅街にある、古い古いアパートに住んでいる。部屋番号は二〇五なのだが、なにせ古いアパートのため二〇四がない。そのせいで、テキトーに仕事をしている郵便配達人が二〇五宛の郵便や荷物を二〇六に届けてしまうことが多々。不便な部屋である。
家賃四万二千円。バストイレ別。六畳一間。日当たりがあまりにもいいせいで、昼間は部屋の中が余すことなく照らされるため眩しくてしょうがない。近所では、あのアパートは陽が沈んでも日光が差すともっぱらの噂である。昼間に惰眠を貪っていることを責めるが如きその陽光、三國にはいい迷惑であった。カーテンを買えばいいのだが、長さを測って店まで行って、選んで買って持って帰ってくるのがとてつもなく面倒で、先延ばしにしているうちに二年が経ってしまった。
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