3.逃亡
真夜の森を走る事は容易ではなかった。
暗闇の中で木の根や枝が行くての邪魔をし、早く進みたくてもなかなかスピードを上げられない。
本来なら松明や光魔道具を駆使して進むべきだが追手がいつ来るか分からない今そういった手段を使う事は出来なかった。
さらに、先ほどヨルさんから貰ったポーションのおかげで出血は止まっているが傷が治ったわけではなく、身体の節々の痛みも無視できなくなっていた。
血の匂いで魔獣を呼び押せてしまう恐怖に怯えながら、一刻も早く体や服から血の匂いを洗い流す為、水辺を探しながら、遠くに聳える山脈を目指し、西へ西へと暗闇を掻き分け進んでいく。
小さな川を見つけた時にはすでに辺りは明るくなってきていた。
「ハァハァ……とりあえず服と身体を洗わないと」
疲労困憊で今にも眠りにつきたくなる気持ちを押し殺し、脱いだ服を手に持ったまま川に入る。
透き通り、朝の光を乱反射させるその水は、穢れなど知る由もない態度で悠然と流れる。
服の下には生々しい傷が身体中に存在し、自分の体ながら見ていて気持ち悪くなるほど痛ましかった。
幸い昨晩は魔獣に襲われる事はなかったが、山脈に近づくほど強力な魔獣や魔物が存在するデュラント大森林を進む為にはさらに気を引き締めなければならない。
体を流し、血で酷く汚れた服を水で濯ぎ終えた後、再び傷が開かない様ゆっくりと川辺に腰を下ろし安静にしながら、地面に王国の略図を描き、改めてこれからの予定を考える。
「とりあえず森を迂回して王国内の都市に行くのは無しだな。あいつの事だ何かしらの大義名分を得てランドルを襲ってるに違いない、そんな中俺が現れたら捕まって拷問されるか処刑されるのがオチだ。無論このまま森で過ごすのも却下だ、あいつらに見つかる可能性は低いが王国内である以上探されると詰みだ。何より今の俺ではここでは生き残る事が精一杯で復讐の準備ができない。そうなると選択肢は帝国に侵入するしかないか。
この格好でイリヤ山脈を超える事はかなり厳しいが、昔噂で山脈の何処かに王国と帝国を繋ぐ洞窟があると聞いた事がある。噂話ではあるけどヨルさんが帝国に逃すために俺をこちらに向かわせたという事は何かしら帝国に侵入する方法があるはずだ」
頭を整理するため小声で喋りながら今後の作戦を練り、元王国直属の諜報員という経歴を持つヨルさんを信じて、これから向かう先を決める。
そして次はスターリングを殺す方法をについて考えだす。
「あいつの光魔法は改めて見たが強すぎる、正直今のままがむしゃらに魔法を鍛えても何年経とうが手も足も出ないか……そうなるとあいつの魔法を無力化できる状況とあいつを殺す用の魔法を新たに構築しないとな……休んでいる暇はないか」
改めて冷静に考えてみるとスターリングを殺すことがいかに不可能に近いか実感させられる。
それでも復讐の燈は消える事なく、復讐の為の足がかりを探すのだった。
これからの方向性が決まった後、休憩を早々に切り上げて暗くなる前に出来るだけ進んでおく為、再び歩き出した。
数時間が経過し夕没が迫る頃、食糧確保のために魔獣や動物を探しつつ歩みを進めていたが、今の怪我の状態では満足に動きまわることができず、めぼしい獲物を見つけることは出来なかった。
傷を治すためにも満足のいく食事は摂りたいところだが自然は怪我人にも容赦などなく、徐々にアルベルべを蝕んでいく。
翌日も翌々日も歩けど歩けど状況は好転することはなく、たまたま見つけた果物や弱めの魔獣を狩り、何とか食いつい繋いでいった。
ランドルから逃亡し4ヶ月が過ぎた頃、夏の暑さと太陽の強力な日差しが容赦なく体力を奪うさなか、遂にアルベルべは歩くのが精一杯なほど衰弱していた。
デュラント大森林は奥深くに進めば進むほど過酷な環境が待ち構えている。
その為初めの一ヶ月は追っ手にも見つかり辛く、尚且つ魔獣が強すぎない中部辺りにねぐらを築き、傷を癒やしイリヤ山脈を越えるための準備を行なっていた。
しかし、初めのうちは何とか倒すことができていた魔獣も魔力体力共に削れていったことで上手いこと倒すことが出来なくなり、三ヶ月をすぎた頃からは狩るどころか逃げ隠れすることしかできなくなってしまう。
その為食料も底をつき、まともに食事も出来ない状態が一週間ほど続いた。
「……これ以上ここにいても埒があかない…帝国に行かないと…」
もはや正常な判断ができなくなり、無策でデュラント大森林を奥へ奥へと進んでいく。
幸い強力な魔獣に見つかることもなく、イリヤ山脈の麓付近には何とか到着する事が出来た。
しかし、足取りは重く、今の衰弱した体ではイリヤ山脈を越える事は不可能であった。
それでも最後の希望に縋りつき帝国に繋がるという洞窟を探し求め歩いく。
そんな限界のアルベルべの体を動かしているのは、ヨルが託してくれた言葉と、スターリングへの憎しみだけだった。
麓付近を探索中、2日ぶりに水辺を発見し立ち寄ろとした時、いつもだったら安元確認を怠らないアルベルベであったが極限状態で集中力が低下していたこともあり、水辺付近でくつろぐCランク魔獣のフォレストリザードの存在に気づくのが遅れてしまった。
一般的に魔獣はG〜Sランクで分類されており、Cランクともなると中堅の魔法師が数人で相手しなければ倒せないとされている。
そんな圧倒的な格上の存在に見つかり急いで踵を返すが、アルベルべに気づいたフォレストリザードは獲物が来たと言わんばかりにこちら向けて一気に動き出す。
フォレストリザードは遠距離攻撃のブレスなどは備えていないものの、強靭な足を持ち、森の中であることを感じさせない驚異的なスピードでこちらに迫ってくる。
捕まればひとたまりも無い為、残された僅かな魔力で自己強化を唱え逃走するも、魔法を持ってしてもジリジリと距離は縮まっていき、遂に岩肌で囲まれた行き止まりに追い詰められてしまう。
「ハァハァ……かかってこいよクソトカゲ!まだこんなところで死ぬわけにはいかねーんだよ!!」
魔力欠乏で激しい頭痛が引き起こされるさなか、虚勢を張り、気合を入れ声を張り上げると、意味が伝わったのか怒り狂った様子で攻撃を仕掛けてきた。
「ギャェーーーー」
前手を大ぶりに振り、引き裂こうとしてきたところを間一髪の所で前転し回避する。
その後も激しい攻撃は続き、ギリギリでなんとか避けるものの少しずつ切り傷が増えていく。
そして遂に大きな口を開けて迫ってくる事に気を取られた隙に横から伸びてきた尻尾に直撃してしまう。
「ぐぁッ」
叩かれた勢いのまま地面を転がり岩肌に激突する。
衝撃で腕と肋骨は折れ、動けずにいるとようやく攻撃が当たった事に満足したフォレストリザードが薄気味悪い笑みを浮かべてこちらに近づいて来る。
「薄気味悪い顔浮かべてんじゃねぇぞクソトカゲ」
「ギャェーーーーーー!!」
最後の気力を振り絞り恨み節を言ってみると、イラだった様子で雄叫び声を森中に響かせる。
凄まじい剣幕で迫り来るフォレストリザードの姿を最後に俺の意識は途切れた。
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