4.出会い
目を覚ますと、辺りは薄暗く洞窟の中だった。
「ゔぅ……ここはどこだ?」
痛む頭を抑えながら体を起こし、自分の体を見ると至る所に包帯が巻かれ、治療がほどこされていた。
何故この状態に至ったか、経緯を思い出すために記憶を探るも、フォレストリザードに追い詰められた所を最後に記憶は途切れている。
訳もわからず地面に座ったまま辺りを見渡すと、焚き火や食事をした形跡が目に着いた。
「誰かいたのか?」
そして現状に困惑している最中、洞窟の入り口と思われる方から足音が聴こえ、何者かが近づいてくる。
非常事態に備え臨戦体制を取ろうとするも体が痛み上手く立ち上がる事が出来ない。
「痛っ」
するとこちらが動こうとした事に気づいた相手が話しかけてくる。
「無理すんな、せっかく治りかけてる傷がまた開いちまうぞ」
「誰だ!」
「おうおう随分と怖い物言いだな、まあそうカッカするな。
俺はヴァイト、傷だらけでフォレストリザードに襲われてたお前を助けてわざわざ治療してやった者だよ」
「貴方が……その節はあり……」
助けてくれたお礼を言おうとした時、初めてヴァイトと名乗る人物の姿を認識できた。
ヴァイトは白髪で白髭を蓄えていて、30代後半から40代ぐらいの身長は180後半はある筋骨隆々な男性だった。
しかし、普通男性と決定的に異なり、目は赤く光り、耳の先は鋭く尖っている。そして微笑むと口元から2本の鋭利な牙が覗かせた。
「ヴァ、ヴァンパイア!!」
ヴァンパイアは強靭な肉体、強大な魔力、高い知性と再生能力を併せ持つ凶悪な種族であり、尚且つ極め付けは一度噛みついた人間をヴァンパイアに変え自身の眷属にしてしまう能力を有していると言われている。
その為今から200年ほど前全ての魔族を統べる魔王としてこの世界に君臨し、世界を恐怖のどん底に突き落とした元凶であった。
しかし、その巨大過ぎる力はいつしか当時からいがみ合っていた王国と帝国を魔王討伐の為だけに手を組ませ、人間とヴァンパイヤの血みどろの戦いを産み、最終的には人間は魔王を打ち倒し、その後ヴァンパイヤは絶滅したと言われていた。
歴史の教科書でしか見た事ない存在であったが、ヴァイトが放つオーラは強者のそれであり、本能が逃げろと警告を鳴らす。
「ヴァンパイアを見るのは初めてか小僧?」
「俺をどうするつもりだ!」
「だからそうカッカするな、別にお前を食べる訳じゃねえよ。さっき言ったように単純にこんな森の奥深くで子供が魔獣に襲われてたから助けただけだ。子供を助ける事にそれ以上の理由がいるか?」
話しながら俺の横にきて焚き火の横に手に持っていた大麻袋を下す。
注意深く動きや言動を観察するも、何故だかこの人が嘘をついているとは思えなかった。
「それは……それじゃあ本当に助けてくれたのか…?」
「だからそう言ってるだろ、お前が今までヴァンパイアについてどういう教育を受けてきたか知らんが、俺らは別に好き好んで人の血を飲んだり、ましてや食べる事なんかしない。
普通にお前ら人間と同じように木の実やら魔獣、動物の食べる」
焚き火に火をつけ、地面に置いた魔獣の肉を慣れた様子で解体しながら話すヴァイトは俺が想像していた極悪非道の権化であるヴァンパイアの姿とはかけ離れていた。
「そうだったのか……助けてもらったのに俺の浅はかな偏見で気を悪くしてしまい申し訳なかった。そして改めて魔獣襲われて危ない所を助けてくれてありがとうございます」
今一度痛む体を捻りヴァイトに向けて頭を下げる。
「ハッハハハ、子供の発言にそんないちいち目頭立ててねぇから謝んなくて大丈夫だよ。それに助けた事もさっき言ったように当たり前の事だからそんなかしこまってお礼を言わなくて大丈夫だ」
「しかし……」
俺の無礼を全く気に求めず作業をするヴァイトの横顔を見ながら反省していた所、焚き火で焼いていた肉をこちらに差し出してきた。
「飯食うだろ」
お腹が空いていた事を思い出したかの様に鳴り出す。
「あ、ありがとうございます」
「だからそう堅苦しくなるな、そういうのは苦手なんださっきみたいにタメ口でいい」
「それなら……ありがとうヴァイト」
「やっぱりそっちの方がいいな。でも流石貴族様言葉遣いもしっかりしてるな」
「なっ、、何故貴族だとわかった?!」
「やっぱりな、単にお前が着ていた服が汚れてはいたけど上質なものだったからそう思っただけだ」
「……なるほど」
「まあ安心しろ別にお前のこれまで経緯を詮索するつもりはない、血まみれの子供が1人でこんな森の奥深くにきてる時点で知られたくない事情の一つや二つあるのは分かりきってる」
「…気遣いありがとう」
「それよりなんて呼べばいい、別に本名じゃなくてもかまわねぇから教えてくれ」
ヴァイトの気遣いに心の中で感謝しつつ、呼ばれる名前を少し考える。
貴族である事を悟られた今、本名を隠す必要はあまりないが、それでも今後本名で過ごす事は余計な面倒ごとを呼ぶ気がしたので名乗る事は控えた。
「アルベ……アルって呼んでくれ」
「アルか、よろしくな」
ゴツゴツと角張った手を差し出され、それが握手を求めているという事に気づくのに僅かに遅れた。
「ああ、、よろしくヴァイト」
その様子を見て笑ったヴァイトの声が洞窟内に響き渡った。
その後ヴァイトが狩ってきた魔獣の肉を食べながら、俺がここに運ばれて目覚めるまでの経緯を聞いた。
ヴァイトが最初に違和感を感じたのはフォレストリザードの鳴き声だった。
「強力な魔獣が多くいるここで、わざわざ大声を出して狩りをする魔獣なんて殆どいない。ましてフォレストリザード程度の強さならなおさらな。
それで鳴き声の聞こえる方に駆けつけてみれば血だらけで倒れてたお前が居たってわけだ。
虫の息だったけどまだ生きてるっつうことでここに連れてきて簡易的だが治療して今に至るって感じだな」
「俺はどれくらい寝ていたんだ?」
焼けた肉を頬張りながら問いかける。
「まる三日ってとこだな」
「三日か……」
俺の顔が曇った事を察したヴァイトが尋ねてくる。
「何か急ぎの用事でもあるのか?」
「なるべく早くイリヤ山脈を越えて帝国に行きたい」
「イリヤ山脈を越える!?バカ言ってんじゃねぇ、ただでさせ厳しい道のりなのにその傷じゃあ越えるなんてできるわけないだろ」
「それでも行かないわけにはいかない」
「かなりの距離になるが北上してイリア山脈を超えないで帝国に行く方法じゃあダメなのか?」
至極当然の疑問が飛ぶ。
「それじゃあダメだ。時間もかかるし何よりこの森から出るわけには行かない」
「何故そこまでの危険を承知で帝国に急ぐ」
ヴァイト目線がアルに注がれる。
「殺したい奴がいる」
不穏な空気が2人の間を流れた。
「そいつは随分と物騒な話だな」
「その為早く強くなって奴を殺す準備をしないと、ここでぐずぐずしている時間はない」
しばらく二人の視線が交差した後、こちらの意思の固さを感じたヴァイトが話し出す。
「アル、お前にただならぬ決意があるのは分かった。
それでも今助けたばっかりのお前を死ぬとわかってるのにここから知らん顔して送り出すわけにはいかない」
「それでも!助けてもらった恩をあだで返すようで申し訳ないけど、行かせてもらう」
「まあ最後まで話を聞け、何もお前の全部を否定してるわげじゃねぇ。確かに人を殺す為に強くなるってのはいい動機とは言えないが、これだけ死に直面しても目的が変わらないって事はそれだけお前にとって大事なものなんだろ、それくらいなら分かる。
そこで提案だが俺のいる村に来い」
「…村に?」
「ああそうだ、お前の目的はひとまず強くなる事だろ何も今すぐ帝国に行く必要はないわけだ。だから、俺のいる村に来て傷を癒してそこで訓練すればいい」
「気持ちは嬉しいけど俺は今王国に追われてる可能性がある。だから俺が行くとヴァイトの村に迷惑がかかるかもしれないからそれは無理だ」
俺の話を聞いたヴァイトが笑い出す
「ハハハッ、会ったこともない俺の村の奴らまで心配してくれてるのか。随分とお人好しだな」
「真面目な話をしてるんだ!」
ヴァイトに揶揄われついつい大きい声を出してしまった。
「悪い悪い、揶揄うつもりはなかったんだ。
心配してくれるのは有難いがオレ達への心配は無用だ。オレ達もお前と同じで王国に見つかったら大変な事になる身だからな。
これでも村には最大限見つからない工夫は施してある。
それに自分で言うのも何だが腕っぷしと魔法には自信があるから大丈夫だ。
それにお前の身体が元に戻れば修行の一つや二つつけてやるよ」
「それは……」
ヴァイトの提案を魅力的に思う反面、助けてもらった恩人に迷惑をかける事を考え、答えに言い淀んでいると
「とりあえずアルうちの村に来い。話はそれからだ」
そう言って強引に話を切り上げてしまう。
「そう言うことで、最低限自分で歩けるぐらいまで回復したらここを出るぞ」
とんとん拍子で思ってなかった方向に進む事に少し困惑しつつ、何の躊躇いもなく自分を受け入れてくれたヴァイトを信じ、提案に乗ることにした。
その後はヴァイトが持っていたポーションをもらいヴァイトが狩ってきた魔獣の肉を食べながら、洞窟の中で安静に過ごした。
さらに丸4日が経った頃、ようやく問題なく歩けるまでに回復することができた。
「それじゃあいくか」
日が落ちたことを確認すると、空間魔法が施された大袋に余った魔獣を収納して、焚き火を消し、立ち上がった。
「よろしく頼む」
ヴァイトに連れられ洞窟を抜けるとそこには一週間前と何も変わらない大森林が待っていた。
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