2.裏切り 後編
貴族のパーティや外交は嫌いだと言っていた父だが兄が去った後頻繁に王都に顔を出す様になり、まるで悪魔に取り憑かれたかのように日々働いていた。
その甲斐あってか辺境であったランドルも少しずつ商人や冒険者などで栄えていく。
それに伴い父は家にいる時間が減っていき、僕が12歳になった頃には父は殆ど家にいる事はなく、屋敷には僕と執事のヨル、それと使用人達しかいない日々が続いた。
それでも不幸中の幸いと言うべきか再来年から進学する学園に向けての勉強や魔法の訓練が忙しくなった為、それほど寂しさは感じないで済んだ。
そんなある日父が仕事から帰ってくると何か浮かない顔をしていた。
その事を不思議に思い事情を聞いてみるも12歳の息子に心配されるとは思っていなかったのか僅かに驚きの表情を見せるも、すぐに切り替え伏目がちに微笑み「大丈夫…心配するな」とはぐらかされてしまった。
春の優しい風が吹く時期になり、アルベルべの13歳の誕生日が翌日に迫ると普段は忙しい父も仕事を休み屋敷に帰ってきた。
翌日の誕生日会の準備を屋敷みんなで進めて1日が過ぎていくのを傍目に、夕食を食べ終えると翌日の準備の為忙しなく動いている皆んなを邪魔しない様早めに寝室に戻る事にした。
「お母様どうか明日少しでいいので兄と会えますように」
誕生日だからお兄さんがこっそり帰ってきてくれるかもしれないという淡い期待を抱き、何処か遠い場所にいる母に向け祈りをささげ眠りについた。
目が覚めたのは時刻が2時を回った頃だった。
轟音と共に強い振動が屋敷を襲う。
一瞬地震だと思い急いで頭を守る為に机の下に隠れたが、すぐに揺れが地震のそれではない事に気づく。
不審に思い自分の部屋からランドルの街を見渡すと、そこには家が倒壊し至る所から煙が立ち上っているランドルがあった。
未曾有の災害かと疑うものの至る所で見られる魔法の攻防によりこれが人為的な侵略行為である事が分かる。
「うそだ…なんで……」
ランドルは肥沃な土地であったが王都から遠く、帝国から攻め込むには大山脈であるイリヤ山脈と強力な魔獣の巣窟であるデュラント大森林を越える必要がある為この様な侵略とは長年無縁であった。
そのため誰が何の目的でと困惑しつつも理由など考えている場合でないと判断し、家にいる誰かと合流するため部屋を出とした時家にさっきよりも遥かに強い衝撃が走る。
「うわっ」
先ほどより強い衝撃は部屋の床を最も簡単に破壊しアルベルべを1階に叩き落とした。
「ゔぅ……」
気づくと当たりは瓦礫に囲まれていた。
2階から落ちた衝撃とその際に頭に瓦礫がぶつかったことが相待って一時的に気を失ってしまっていたらしい。
落ちる瞬間家の誰かが防御魔法をかけてくれた事で一命を取り留めることが出来たものの目の前に差し迫った死を実感し、今まで経験したことのない恐怖に打ちひしがれる。
「ハァ…ハァ……第一界支援魔法 自己強化」
それでも生きる為に恐怖で震える体に鞭を打ち何とかここから這い出る為魔法を唱えた。
やっとの思いで這い出て見上げると、真夜のランドルを真っ赤に染め上げている戦火の中心に父の生首を持ち、涙を流すほどに高笑いした兄が立っていた。
「え?」
あまりにも理解の出来ない状況はアルの口から緊張感に見合わない素っ頓狂な声を引き出す。
兄の持つ生首は誰かが精巧に作ったレプリカに思える程ある意味リアリティに欠けているが、兄の足元に横たわる穴が空き、元の色もわからない程に赤く染まった父の身体がそれが紛れもない本物だと決定付ける。
「ようアル、久しぶりだな」
こちらに気づいた兄が話しかけてくる。
「に、に……い…さん…?」
「その呼び方が変わってなくて安心したよ、大きくなったな」
「これは…どういう事……?手に持ってるそれは何?」
辛うじて言葉を絞り出すも、目の前の凄惨な状況を少しずつ脳が理解し出し猛烈な吐き気が湧き上がり、抗うこともできず吐いてしまう。
「これか、これは父上、チャールズ・ベラルの首だな」
しかし、兄はこちらの様子を気にすることもなく話し続ける。
非常に淡々と、内容以外を切り取ると3年前に戻り日常会話をするかの様に実に平坦な口調だった。
「父上の首だって……何でそんな飄々としてるんだよ………そ、そうか!侵略者が来て父上が殺されてしまった所を助けに来てくれたんだろ、そうだろ兄さん!」
後半は自分でも驚くぐらいの声量で殆ど絶叫しながら懇願した。
しかし、兄はこちらの様子など意に介さない様子で呆れたように否定する。
「何を勘違いしているアル、俺が父上を殺したんだ。その証拠にここに転がってたち上の体にいくつもの光魔法を受けた痕跡があるだろ」
「殺しただって…………」
沸々と怒りが込み上げてくる
「ふざけるな!お前は誰だ!模倣魔法で兄のふりをしても俺は騙されないぞ!」
「何度も言わせるな。疑うのは勝手だが俺は紛れもなくお前の兄でありチャールズ家の長男のチャールズ・スターリングだ。何よりベラルほどの魔術師を殺せる人物なんて国中を探してもそうそういないだろ。ベラルを殺せる。それこそが俺が俺である証明だ。違うか」
「…………嘘だ…」
どれだけ頭をフル回転させて必死に否定する要素を探しても、決して今の兄の発言を覆すほどの理論は浮かばない。
「…………ふざけるな」
「ん?何か言ったか?」
自分の中で何かが音を立てて壊れる。
「ふざけるな!!!!スターリング!お前は絶対許さない!!ぶっ殺してやる」
「第一界支援魔法 自己強化」
ありったけの魔力を込めて自己強化の最大出力にまで引き上げスターリングの元まで駆ける。
5mほどあった2人の間は一瞬で無くなり渾身の右ストレートを顔面にお見舞いするために右手を振り抜いく。
しかし、拳が届くことはなく最小限の動きだけでいとも簡単にかわされてしまう。
それでも止まる事なく左右と連続して渾身の打撃を繰り出すも1発も奴を捉えることができない。
―クソ!なんで当たらないんだ―
幾ら繰り出しても当たる気配が一ミリも湧かないことに徐々に焦りと苛立ちが強くなり、大振りになっていき左のフックを繰り出した時、腹に激痛が走る。
痛みの発生源を見ると、スターリングがカウンターで放った膝が腹に突き刺さっていた。
あまりにも完璧なタイミングで繰り出されたそれは全身から力を奪い去り、なんの抵抗も出来ぬまま糸が切れた人形の様に地面に倒れ込んだ。
「ぅ……う……」
声にならない声が口から漏れる。
気を失わない様舌を噛み見上げるとスターリングがこちらを憐れむ目で見ていた。
「アル、お前のその程度の攻撃が俺に届くと思ったか」
「……気安く…名前呼んでんじゃねぇぞ……クソ野郎」
「そんな汚い言葉教えたつもりなどなかったが、やはり子供は知らぬ間に変化するものだな」
「いつまでも家族ずらしてんじゃねぇ!お前はもう家族でも何でもない!」
「第三界毒魔法 八咫烏」
気力だけで何とか立ち上がり、自分が使える最大火力の魔法の唱える。
八咫烏は八匹の毒属性のカラスを魔力で作り出し一斉に突撃させる技だ。
一羽一羽に魔力が凝縮されている為、いくらスターリングであってもこの至近距離で全羽被弾すれば致命傷は避けられない、
はずだった。
「第五界光魔法 アメン」
一切の慈悲を感じさせない平坦な抑揚で唱えられたその魔法は無数のレーザーを放ち、全てのカラスが撃ち落すと同時にアルベルトの腹も撃ち抜く。
燃える様な熱さと激痛が襲いかかり、再び地面に倒れ込む。
「第三界魔法まで使える様になっていたとは、口だけでなく魔法もこの二年で成長している様で安心したよ。それももうこれ以上成長を見られないのは残念だけどね」
そう言い倒れている俺の方までゆっくり近づいてくる。
「最後はアル、お前の大好きな父と同じ魔法で殺してあげるよ
第七界光魔法 アポロン」
指先に光エネルギーの塊が凝縮していき眩い光を放つ。
そこには小さな太陽があった。
「あの世で父によろしく頼むね、じゃあねアルベルベ」
スターリングの指先が太陽をこちらに放つために動き出す。
その光景がスローモーションの様に脳内で再生され、死を覚悟したその時、傷だらけのトラとヨルさんが奴の背後から飛び出してきた。
「ガォーーーーッ」
「第四界影魔法 影刺し」
トラは背後からとてつもない速さでスターリングに迫り近接攻撃を繰り出し、中距離からはヨルさんの影魔法によって操られた影が地面から奴を突き刺すべく伸びていく。
しかし、一見完璧に思えた不意打ちもギリギリの所でスターリングに反応されてしまい、距離を取られ、避けられてしまう。
それでもトラは距離を開けられたと分かるやいなや再度飛びかかり距離を詰めていく。
スターリングがトラの猛攻に気を取られてると分かるや否や、ヨルさんがこっちに向かってきた。
「アルさま!息を止めて私に捕まってください!」
ヨルさんの今まで見たことのない危機迫る表情に気圧され、とりあえず指示に従う。
「第四界影魔法 影潜」
ヨルさんに掴まると2人の体は影に吸い込まる。
影の中を凄まじい速度で移動していき、30秒ほど息を止めて身を任せていると屋敷から数キロほど離れた森の中に出た。
「はぁはぁ……」
息を整える間もなくなかば強引にヨルさんにポーションを飲まされる。
「アルさま今すぐ帝国へお逃げください!」
「逃げろ……って、俺はあいつを殺す!それにヨルさんはどうするんだよ!」
「なりませんアルさま、私はまた屋敷の方まで戻りトラの助太刀に入り、彼の足止めをします。その間にどうかここからできるだけ遠くにお逃げください。」
「足止めって、俺もいっしょに」
「アルさま!!!!冷静になってください!今の貴方では万に一つもスターリングさまを倒すことは出来ません!このまま戻っても無駄死にするだけです!」
ヨルの圧力に気圧されるもなんとか反論する。
「それでもあいつは父を……ランドルの地を…殺したんだぞ!それなのに俺だけ逃げるわけにはいかない!絶対にあいつを殺す!」
「アルさま!お気持ちは痛いほど分かります。それでも貴方がここで死んでしまったら、貴方を守る為に戦ったベラル様の死が、思いが無駄になってしまいます。どうか賢明な判断をお願いします」
常に冷静沈着なヨルさんの初めて見せる声を荒らげながら話す姿は俺を僅かに落ち着かせる。
ヨルさんに言われる前から今の俺がスターリングを殺すことが出来ないことは百も承知だった。
それでも奴を殺す以外にこの気持ちを、家族の無念を晴らす方法は思いつかない。
「それでも……」
ヨルさんは俺の両肩をしっかり掴み目を見ながらもう一度優しく話し出した。
「アルさま時間がありません。どうか…どうかベラル様そしてミケイラ様為に生きてください」
そう言うとヨルさんは立ち上がり先ほどの影魔法を唱える。
「それでは私は戻ります。どうかご無事で」
瞬く間にヨルさんの身体が影に落ちていく。
「待って!まだ行かないで!」
叫ぶ声は暗い森に消え、そこにはさっきまでの喧騒が嘘の様な静寂と無様に取り残された俺しかいなかった。
ランドルのに向け一歩踏み出してみるも、先程のヨルさんの声が頭の中で反芻される。
憎悪、怒り、悲しみ、悔しさなどの様々な感情が渦巻き思考の邪魔をしていく。
それでも僅かに残った正常な心でヨルさんやトラが作り出してくれた時間を無駄にしないためにすべき事を考え、逃亡する覚悟を決める。
今の決断が変わる前に、迷いを断ち切る様に大森林を抜け、ランドルの西に聳える大陸屈指の大きさを誇るイリア山脈をさらに超えた先にあるアレクサンダー帝国に向けて駆け出した。
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