復讐の毒牙

Lucky

第一話 崩壊

瓦礫の山から這い出て最初に見たものは、父の生首を片手に高笑いする最愛の兄の姿だった。

 

 絶叫する俺を嘲笑うかの様に兄の後ろでは生まれ育った街、ランドルの至る所で戦火が上がっており、地獄絵図とはこのとこだと言わんばかりに、炎が深夜のランドルを真っ赤に染め上げる。

 脳が必死に夢であると処理しようとする傍ら、体にこべりついた血や灰や叫び声が夢である可能性をことごとく潰していき、兄の裏切りられたという現実を背理的に証明していった。

 


 チャールズ•アルベルべは12年前フォロウェイ王国の南に位置する辺境のランドルを統治するチャールズ伯爵の次男としてこの世界に生を受けた。

 チャールズ家は代々ランドルを統治してきたが、ランドルが王都ミッチェルから離れた田舎だと言うこともあり、伯爵でありながら貴族の中では特段裕福な訳ではなかった。

 しかし、ランドルは豊かな自然と綺麗な海に囲まれた肥沃の土地であり、そのため昔から農業や漁業が盛んで街には活気が満ち溢れ、ランドルの領民は皆この土地を愛し、そしてそんな皆んなから愛されるこの地をアルベルべは心から誇りに思っていた。

 

 チャールズ家は父ベラル、母ミケイラ、8歳年上の兄スターリング、アルベルべの4人で構成されている。

 

 父のベラルは頑固で大味な性格で、貴族にしては珍しく曲がったことが嫌いな強い正義感の持ち主であり、ランドルに住む領民達からも信頼され慕われている人物であった。

 そんな父は精神魔法、特に調教魔法と呼ばれる魔獣と契約して操る事ができる珍しい魔法の使い手であり、Aランク魔獣のグレイトホワイトタイガーのトラは長期にわたって父の相棒であった。

 その為昔はトラと一緒にランドルから飛び出して各地で様々な魔獣や魔物と死闘を繰り広げてきたという。

 そうして数々の逸話を残していった父は、過去に一度隣のアレクサンダー帝国との戦争で活躍した際、国王から直々に昇級し、王都近くの土地に移転をする事を打診されたらしい。

 しかし、父は誰もが羨むこのオファーを考えることもなくすぐさま断ったという。

 6歳の頃執事長のヨルからこの話を聞かされた際色々疑問に思った僕は直接父に聞いてみることにした。

「父上はどうして王都の近くの土地に行かなかったのですか?」

 すると父は大きな手で僕の頭を撫でながら口を開いた。

「今の地位でさえ何かとパーティーやら派閥やらで面倒な事が多いのに、王都近くなんて言ったらもっと面倒な事に巻き込まれるのが目に見えてる」

 とても貴族とは思えない発言をした後、父上はさらに続ける。

「それにアルベルト良く覚えておけ、真の貴族の豊かさとはどれだけ財産を持っているのかでも、どれだけ高い地位にいるかで決まるものではない。

 真の貴族の豊かさとはその土地の民が幸せかどうかで決まるものだ。貴族たるものその事を決して忘れるな」

 父の言葉は、大きな手から伝わる父の体温と共に驚く程自然に僕の体に染み渡って行き心に深く刻まれた。

「はい父上!僕は決して今の言葉を忘れません!」

「それでこそチャールズ家のものだ」

 僕の返事を聞いて父は柔らかな笑顔を見せる。

「それにこの地は歴代のチャールズ家が脈々と受け継きた領地誰かに譲ることなど出来ん。何よりこの地で私は最愛の妻に出会い、結婚しお前たちと出会えた。ランドルは私に全てをくれたんだ、そんな大切なこの地はどれだけ金を積まれても決して手放すことはない。」

 父は誇らしそうに、そして力のこもった目でこちらをまっすぐ見てそう言った。

 

  母親のミケイラはそんな頑固で大味な父を影から支え、家族や使用人、そして市民にも分け隔てなく優しく接する姿から領民や使用人達からは陰で聖母と呼ばれていた。


 兄のスターリングは父と違い温和な性格で友人も多く、さらに頭脳明晰で剣技にも優れており、まさしく文武両道であった。

 しかし、彼を最も象徴するものは勉強でも剣技でもなく魔法だった。

 彼の光魔法は1000年に1人の逸材と呼ばれ、僅か16歳の時に最年少で学園に所属しながら国内で僅か8人しか選ばれない宮廷魔法師に選抜された。

 そんな兄を周囲は神童と囃し立てていたが、僕にとって兄は、昔から忙しい父や母に変わって自分とよく遊んでくれる家族思いな優しい普通の兄であった。

 それでいて兄は僕に勉強や剣技、魔法を教えてくれる先生の様な、そして時として友達の様な存在でもあった。

 そんな兄はよく僕が勉強や魔法を頑張っていると僕の頭に手を置いて髪をくしゃっとして褒めてくれた。

「いつも頑張っててえらいなアル」

 兄の柔らかい手か左右に揺れる。

 「やめてよ兄さん子供じゃ無いんだし」

「悪い悪い、ついつい昔からの癖でな」

 僕が大きくなっても変わらないその癖についつい恥ずかしくて強がってしまうが、内心兄の変わらない姿を嬉しく思っていた。

 

 両親のそして兄の背中に憧れ努力する事は決して楽ではなかったが、それでも将来兄がこの地を治める時に側で仕えられる様勉強や剣技、魔法の訓練に勤しむ日々は間違いなく幸せで充実していた。

 

 しかし、そんな幸せは長く続かなかった。


  僕が8歳になった頃母が病床に伏し、そして10歳の頃息を引き取った。

 その事がきっかけで父と兄は領地を巡り互いに異なる思想を持つようになる。

兄は母との思い出が詰まったこの家とランドルを維持する保守派であったが、

 父は母の死後ランドルを発展させようと考える革新派に考えが変わった。

 最初はお互い歩み寄ろうと話し合い、試行錯誤していたが、残念ながら2人の考え方は根本的に違っており二人の話し合いは次第に加速していく。

 

「父さんの考え方は間違っている!そのままだと民の何より母の愛したこの土地を、壊す事になるのが何故わからない!」

「うるさい!たかだか18年しか生きたことの無いお前に政治の何がわかる!停滞は後退だ、進み続ける以外に選択肢はない!」

「しかしその父さんの進もうとしている道は決してランドルを希望に導くものではない!破滅を早めるだけだ!」

「神童と謳われて奢ったかスターリング!なによりランドルの領主は私でありこれは決定事項だ!」

 決して交わらない2人。

 時間だ経つにつれ溝は広がっていき、話し合いは口論に変わり、母の死から1年が経つころには本格的に領地の運営について対立関係をとるようになってしまった。

 本来であれば当主である父の方が政治の執行権を持っているため、兄がどれだけ抵抗しても父に軍配があるが、兄は18歳ながら領地内外で絶大な支持を得ていたため、父も兄の存在を蔑ろにする事が出来なかった。

 この事が二人の関係をより拗れさせ、2人の対立は、平和だったランドルを僅か1年で2つの派閥に分断してしまう。

 いつしか2人は時間も場所も選ばす、常に口論する様になる。

 「スターリングいくら貴様が徒党を組み抗議しても私の意思は決して変わらない!

 これ以上反抗するなら貴様とは絶縁だ!」

「これ以上街に移民を増やして新たな事業を初めても王都の様にら栄えることはない、それどころか治安が悪化し既存の産業が衰退するだけだ!」

「経済とは短期的でみるものではないと何度言ったらわかる!!……スターリング貴様は勘当だ」

 「……なぜわかってくれないのですか父上……、分かりました、私はこの地を去ります。

 今までありがとうございました。」

「2度とツラを見せるな、明日中にこの屋敷から出て行け」

 長い沈黙の後静かにスターリングは父の部屋を去った。


 兄が勘当されたと聞いたのはその日の夜だった。

 対立関係にある事は重々承知だったが、1年前まであれだけ仲が良く、家族思いだった2人が絶縁するというのは想像する事が難しかった。いやしたくなかっただけかもしれない。

 しかし事態を修復するには目を背けている暇など一刻もないため僕は父の部屋へ急ぎノックの返事も待たぬまま扉を乱暴に開く。

「父上、お兄様を勘当したというのは本当ですか?」

 必死に冷静さを取り繕い、絞り出した言葉は質問というよりむしろ懇願に近かった。

 「本当だ」

「なぜですか父上!あれだけ家族を愛していたあなたが、、本当の豊かさを知っているあなたがなぜ家族を捨てる様な真似をするのですか!」

「愛しているからだ、これ以上の対立は血が流れる事になる。私の愛したこの地を戦場にしたくはない。その為にはそれしか方法がないのだ、分かってくれるかアル」

昔の様に私の頭に大きな手を乗せながら父は語る。

 しかしその手は昔より少しだけ冷たくなっているように感じた。

「…分かりました、父上」

「ありがとう、お前はいなくなってくれるなよ」

 父の顔には悲しい笑みが浮かんでいた。


 父の部屋を出た後自分の部屋に戻ると、すぐに兄が訪ねてきた。

「アル失礼する、お前の部屋でこうして面と向かって2人で話すのも久しぶりだな」

「そうですね、最近は何かと兄さんも忙しかったですもんね」

「そうだな…アル単刀直入に話す。俺と一緒に来ないか?」

「……ランドルの地を去るという事ですか?」

「そうだ、父はもう嘗てのこの地を愛していた父ではない。母の死から悪魔に取り憑かれたかの様に変わってしまった。このままではこの地が死んでしまう。そうなる前に2人でここを抜け出して王都に行こう。」

 「しかしそれでは私達だけ助かる為に逃げ出す様なものではないですか」

「違うそうでは無い!この地を救うには力がいる。ここを去るのは逃げるためではなく、いわばランドルを救うための準備のためだ。俺と一緒に来てくれないかアル?」

 普段は優しく温かい目をしている兄この時だけは力強くこちらを見つめてくる。

「…兄さん……すいませんやっぱり僕はこの地を残して出ていくことは出来ません」

「……そうか……辛い選択をさせてすまなかったなアル」

 兄は昔の様にそっと僕の頭に手を乗せ髪を軽くクシャっとすると最後にいつもの様な穏やかな笑顔を僕に見せ、部屋を出て行った。

 翌日兄は静かにこの地を去った。

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