第四話/終着は目前に
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「隊長ッ!おもっきし、一人で片してんじゃないですかッ!」
───などということはなく、彼らのいる車両へと足を運んだユーリへと投げかけられた一言はそんな文句だった。
入って早々のそんな文句にユーリは僅かに目を細め車両内の部下たちへと視線を巡らせる。前世で見てきたような経験してきたような満員列車と比べれば余裕の感じられる密度、そもそも車両のサイズが違うからだが。
だが、視線。
座席に座ってユーリを見る者、立ち上がっている者、老若男女と第三騎士隊の面子の視線がユーリへと突き刺さっている。
実際の人数に対してこの車両だけの人数はまだ少ないだろうものだが、それでも突き刺さる視線の圧にユーリは思わずこのまま後退して自分の車両に戻りたくなっていたが、後ろから圧を向けてくるフィオナがいるせいでそれも出来ない。
だから、ユーリは大人しく両手を挙げて降参した。
「列車の屋根の上でクリーチャー相手にした、自分たちの隊長に向けて偉い言いようだな?」
それでも、文句を言う部下に語気を強めれば返ってくるのは謝罪、ではない
「自分から行った人が何言ってんすか」
「そもそもなんで屋根の上に行ってるんですか」
「そのことについて、私から色々と言わせてもらうんで隊長」
「……フィオナ、お前もか」
前どころか、背後からも飛んできた文句に思わず胸を抑えたくなるもののそこは騎士隊長というべきか、無理矢理に抑え込みながら車両の壁にもたれつつ改めて部下たちを見る。
どいつもこいつも私不満です、と言わんばかり───実際に言っているが───の表情や視線をユーリへと向けてくる。
ここが他の騎士隊や貴族連中のいる様な場所であれば決して見せず胸中に伏せていたのだろうが、残念ながらここは列車内。
文句やら嫌味やら、面倒事と突っかかってくるような人間がほとんどいない。
貴族や平民だのという身分も関係なく次々と不満が向けられていく。
「そもそも、わざわざ隊長一人でやる意味ありましたか?」
「矢尻撃ち込んだ、は数に入らないですから」
「俺らも座ってばっかじゃ、石像に成っちまう」
だが、そのどれもがユーリ一人で
普通なら叱責の一つも出るモノだが、内々で言うだけのソレにユーリは肩を竦めつつ、口を開く。
「そんなに座ってるだけなのが嫌なら、列ごとに練兵な」
苦笑しながらそう告げれば、ぐちぐちと不満を口にしていた部下も不満を込めた視線を向けてきた部下も全員が一瞬で鳴りを潜めた。
「一時間交代で回していけ、飯の時間と就寝時間は厳守」
「オラッ!用意しろ用意!」
「スコア付けるぞ。グループで成績悪い奴、負荷増やすからな」
まるで水を得た魚の様にユーリの指示に追加で自分たちから罰ゲームだのを出し始め先ほどまでん不満なんてどこへやら、と色めき立ち始める部下たちに呆れたようにユーリはため息をついて視線を横に立つフィオナへと向ければ額に手を抑えているのが見えた。
それに肩を竦めて手を振ってさっさと解散しろと伝える。
「やり過ぎには注意しろよ。目的地まで数日はあるんだ、やり過ぎて着いたときに負傷していたなんて事になったら、わかってるな?」
部下たちの威勢のいい返事を背に受けながらユーリは車両を後にすれば、やや速足でフィオナが追いかけてくる。
いつもなら気にしないが、足音と共に近づいてくる圧にユーリの足は無意識に早くなっていく。
「隊長。隊長!私からも色々と言いたいんだけども……!」
「クソッ、誤魔化せなかったか」
「別に誤魔化してなかったでしょっ!」
動けない事への不満が強かった部下たちに対してフィオナの不満はユーリが一人で車両の屋根に上がって戦ったことへのソレであり、身体を動かすことで退屈を紛らわせる部下たちと違って不満を解消される事はなかった。
追いかけてくるフィオナから逃げる様に、ユーリは自分の車両へと足早に向かっていった。
勿論、ここは列車であり当のフィオナもユーリの部屋についていくので逃げ場も何もないのだが……。
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「───それでは、失礼いたします」
たまさか車両の廊下へと出ていた折に顔を合わせた列車の乗員から報告を受け、俺は首を軽く解しながら窓の外を見る。
既に外の風景は共和国のソレであるが、俺達の目指していた第八特区は共和国の国土を年輪の様に区分すれば国の外縁部にあたる国土に存在する要塞都市だ。
帝国からほとんど一国まるまる横断する事になった。
だから、当然風景も帝国のソレとは打って変わったモノになる。
平野が多い帝国と違い、山や丘の多い風景ばかりが見えてくる。
「ここまで来るとクリーチャーも増えてくる、な」
共和国は西に帝国、北に連邦、そして東にはクリーチャーたちの生息圏ばかりが広がっている。第八特区はそんな共和国で最東端に都市にあたる場所で、『戦線のアークトゥルス』の舞台となっている。
まあ、そんな立地や事情からクリーチャーが都市にある
こうして列車の窓から覗く範囲では流石にクリーチャーの影一つ見えはしないが、それもあくまで第八特区から見て西側だからだろう。これが東側へと出ればその痕跡をちらほらとまではいかずともそれなりに見かけ始める事だろう。
「……なんだ、憂鬱になってきたな」
列車に揺られながら車両内で出来る範疇の練兵をして時間を潰していったがそれも最初の一日、二日でなんとも言えない空気になって身体が鉛始めそうになったがそれもようやく終わりを迎えるらしい。
先の乗員からの報告で、あと一時間か二時間ぐらいには第八特区、その軍用駅に到着するのを聴いて俺の気分はだんだんと落ち込んでいっていた。もうすぐ、原作が、『戦線のアークトゥルス』が始まる。
いや、正確に言えば原作自体には一度首を突っ込んでいるんだが、それはあくまで前日譚の様なゲーム本編で軽く触れられていた内容に関わった程度。
もうすぐ関わる本筋と違ってそこまで気にする事もなかったが……
「あっちに着いたら、連邦の動向を気にしないと、な」
他国の動向を調べる分には周囲から何か言われるなんて事もないが、やり過ぎると変にあっちで合流される上から余計なことをするなとぐちぐち言われたりするんだろう。
そういう事を考え出すと、もう今から胃が痛くなるまではいかなくともメンタルに来るものがある。
正直、俺は首を突っ込まずに主人公に全部任せて普通に任務に従事して兵舎で紅茶しばいてる方がいいんじゃないかな。原作でのフィオナの役割は普通にフィオナ本人に任せればいい気がしてきた。
「と、いう訳で後は任せた」
「……いや、何がという訳で、何を任せるの……」
凝った身体を解しながら通路へと出てきたフィオナにそう言えば、当の本人は何を言ってるんだこの人みたいな表情をこちらに向けてくる。
まあ、これで俺が何を言いたいのか察せられても困る。
「ほら、あいつらに伝令を任せる。一時間で余所にも身内にも見せれるようにシャンとしろって」
「ああ、そういう……了解」
指示、と言う事で誤魔化しつつ部下たちのいる後方車両へと向かうフィオナを見送り、改めて俺は窓の外へと視線を戻す。
まだまだ見えないが、もう目の前まで迫ってきている原作、そして三ヵ国会談が上手くいくことを祈りながら、俺は今日何度目になるか分からないため息を吐いた。
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