第三話/魔剣

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 青銅の怪鳥ステュムパリデスにとって、鉄の蛇列車は仕留めるには難しい獲物ではあるが同時に仕留めることが出来れば大いに腹を満たすことが出来るそんな獲物だった。

 ある程度の周期で決まったルートを通っていく鉄の蛇列車

 そのほとんどは微塵も食指が動くことがないが、時折現れる個体はその尻尾側に己が最も好んでる輝く石アムリタをため込んでいる事がある。他のモノと比べてみても肥え太っている様には見えず、外見からはソレが溜め込んでいるのかはてんで分からない。だが、溜め込んでいるヤツに限っては自分の鼻がよく利く。

 それを見れば唾液が滴り始め、欲さずにはいられない。

 そんな本能で、青銅の怪鳥ステュムパリデスは列車を襲っていた。

 だが、そんな列車に限って、否、だからこそか。輸送の秘霊晶アムリタを求めて襲撃してくるクリーチャーを撃退する為の護衛が列車には乗車している。

 無論、そのだいたいが普通の兵士であり雑兵同然であるが、そういった抵抗によって気が付けば列車を取り逃してしまう、なんて経験を青銅の怪鳥ステュムパリデスは何度もしてきている。普通であればあまりにも失敗する襲撃に気力を削がれて別の獲物を狙い始め離れていくものだが、青銅の怪鳥ステュムパリデスは襲撃をやめることはなかった。


 理由?

 そんなものは単純だ。

 奪い取って手に入れた獲物を味わう、その時得る事が出来るのは腹を満たす充足感、それに加えて腹とは別のモノが満ち満ちていくから。

 そんな、青銅の怪鳥ステュムパリデスではなくとも一度は覚えがある理由。

 もう一度ソレを味わいたいから、シンプルな理由がそこにはあった。


 だから、今回もそうだ。

 求めて求めるが故に、鉄の蛇列車を襲撃しようとした。

 そうして出てきたのは一人。しかも今まで見たような鉄の鱗で覆ったような人間ではない。異様な雰囲気を察知はしたが、たった一人なら容易いと少しばかりの期待外れに嘆きながらも襲った。

 だが、そんな自分を裏切って、自分に傷をつけた。

 今まで見た事のないソレを打ち負かして得られる獲物はいったいどれほど甘露なのだろうか。



 そう、思っていたはずだった。






「《漆磁妖鳴バンシー》」


 列車の音、風が吹く音、青銅の怪鳥ステュムパリデスの嘶き。

 どれも喧しいモノばかりだった。

 だが、そのどれよりもこの一言だけが静かに響いていた。

 瞬間、訪れたのは少女の甲高い悲鳴、否、断末魔。

 ユーリではない、青銅の怪鳥ステュムパリデスでもない、ましてや待機している部下たちやフィオナのモノでもない。

 哭き叫んでいるのは、カレトヴルッフ。

 溢れ零れていた翡翠の粒子が、黒く染まり紫の雷となって弾けていく。それはカレトヴルッフが励起してから起きていたそれらとは比べるべくもないほどに広く、大きく、強くなっていた。

 そんな黒い紫電で築かれた檻の中でユーリは自分目掛けて一直線に突っ込んでくる青銅の怪鳥ステュムパリデスを静かに見ていた。

 もはや隠す気すらない罠、普通に考えれば避ける、それはクリーチャーであっても変わらない。溜め込む秘霊晶アムリタによる影響で普通の動物よりも大きく強くなろうともその根底にあるのは動物としての本能。

 本能が喧しくかき鳴らす警鐘に従って、クリーチャーであろうともわざわざ突っ込むわけもない。青銅の怪鳥ステュムパリデスもそうだ。


───キェィアアアアアッ!!!


 避けない。

 避ける必要はない。

 罠ごと打ち砕いて勝利する。

 全ては勝利の甘露に酔う為に。


 本能をそれ以上の執着で飛び越えて青銅の怪鳥ステュムパリデスはユーリへと迫る。

 そう、ユーリの立つ車両の両端、屋根に取り付けられた開閉部より弩弓を構えている兵士の姿が両の眼で捉えていたとしてもこの速度であれば当たる筈もないのを知っているから。


「撃てッ!」


 フィオナの指示が飛ぶ。

 残り距離にして五メートル。

 青銅の怪鳥ステュムパリデスであれば一瞬で詰められるその距離で放たれた矢尻。

 それが尾羽の先に触れるかも分からない時にはユーリの身体を青銅の怪鳥ステュムパリデスの嘴が貫くだろう。


───ギィェアッ!?


 絶叫。

 それはユーリの口からではなく、青銅の怪鳥ステュムパリデスの嘴から放たれた。

 青銅の羽毛で覆われた胴体を二方向から串刺す二つの矢尻。ワイヤーが取り付けられたそれは差し詰め拘束用のモノだろう。

 一撃目の時にカレトヴルッフで胴を切り裂かれたのと比べれば大した痛みでもないが、それでも当たる筈がないと信じていたソレは青銅の怪鳥ステュムパリデスへ大きな動揺と痛みになって襲い掛かっていた。だが、それも一瞬の事。即座に身を翻して一度離れようと青銅の怪鳥ステュムパリデスは動く。

 動こうとした。

 どういう事だろうか、先ほどまで常人では捉える事すらできない俊敏に動くはずの身体は文字通りこの場に釘付けにされたかのように鈍重となって動かない。


───ギィイイイッ!?


 いままで起きた事のない事態に青銅の怪鳥ステュムパリデスは混乱する。

 自分であれば鉄の蛇の身体はともかく、このワイヤーごと鉄の鱗を着込んだ人間の五人や六人は軽々と持ち上げることが出来るというのに。

 この棘が原因なのか?

 違う。そもそも、どうしてこの棘が刺さったのか!

 そんな疑問ばかりが出てくる。


「正直に言えば、一回目で充分だった」


 そんな困惑する青銅の怪鳥ステュムパリデスを余所に、ユーリは目を細める。


「お前の体内に、カレトヴルッフの秘霊晶アムリタの粒子が残留した時点で条件はクリアしていた。二回目はまあ、ほとんどおまけみたいなモノだった」


 黒い紫電が弾ける。

 それはいつの間にか、ユーリとカレトヴルッフだけでなく、青銅の怪鳥ステュムパリデスの胴体、先ほど切り裂かれた傷口からも零れ出ていた。


「お前は青銅だからな。正直、カレトヴルッフと相性が悪かった。だから、仕込みをさせてもらった。斥力と引力が……って、言っても分からないか」


 そう自嘲する様に笑うユーリは、いつの間にかカレトヴルッフから片手を離しており自由になった方の掌を青銅の怪鳥ステュムパリデスへと突き出せば。

 動けなくなっていた青銅の怪鳥ステュムパリデスはまるで吸い込まれるように矢尻が突き刺さった時と変わらぬ体勢のまま、ユーリの下へと引き寄せられ動いていく。

 自分の身体が自分のモノでなくなった様なその状況に青銅の怪鳥ステュムパリデスの眼が大きく見開かれ、同時に僅かなチャンスを掴まんと青銅の怪鳥ステュムパリデスは目の前へと迫ったユーリを殺そうと身体を動かす。

 だが、動かない。


「今、お前の体内に潜り込んだカレトヴルッフの秘霊晶アムリタの粒子と、撃ち込んだ矢尻を媒介にしてお前が溜め込んでる秘霊晶アムリタを反応させてる」


 そんなユーリの言葉を引き金にでもするかのように、青銅の怪鳥ステュムパリデスの傷口から零れ出ていた黒い紫電が、それ以外の部位からも零れ出ては弾けていた。それは撃ち込まれた二つの矢尻も例外ではない。

 まるで肉体の内側で黒い紫電が暴れまわっているかの様に傷口以外の部分から弾け出てはついでと言わんばかりに青銅の怪鳥ステュムパリデスの象徴とも言うべき青銅の羽毛を砕き弾いていた。


「撃退、と言ったが……お前みたいな手合いは変に執着してくるからな」


 ここで仕留めておく。

 何でもないかの様に言いながら、その掌が青銅の怪鳥ステュムパリデスの胴体へと触れる。少し前まではその名の通り青銅の羽毛で覆われていた身体も、今この瞬間も溢れては弾けていく紫電によってボロボロと崩れ見るも無残な有様を晒している。

 血が滲み出ている羽毛の下の地肌に触れながらまるで触診でもする様に掌で胴体を探っていく。


「『晶器』を無くしてもクリーチャーはすぐに死にはしない。勿論、秘霊晶あるは溜め込めなくなるし、いままで得れたエネルギーを賄えなくなるから他の、普通の動物みたいな食事でそれを補わなきゃいけない。だから、基本的に『晶器』を無くせば消費に供給が追い付かなくなって数週間ももたない」


 探るのは一際強く反応している部位。


「お前の中の秘霊晶アムリタを食って他のクリーチャーが成長しても困るから、確実に『晶器』は潰す。その上で終わらせる」


 見つけた。

 掌越し、青銅の羽毛が禿げた肉越しに、ユーリは目的の内臓を捉えた。

 晶器に溜め込まれている秘霊晶アムリタがカレトヴルッフに反応して一際強く黒い紫電を発して青銅の怪鳥ステュムパリデスの体内を焼き焦がしていく。

 苦悶の絶叫が響く。

 だが、どれだけ焼き焦がしても青銅の怪鳥ステュムパリデスは死なない。何故?ただ単純に、火力が足りない。

 焼き殺すには火力が足りない。どれだけ、目に見えて派手であっても、カレトヴルッフの起こす特異現象は、この黒い紫電ではないから。

 故に、最後の一撃はそれ以外にない。


「焼け切った。なら、さようなら」


 青銅の怪鳥ステュムパリデスの体内を焼いていた黒い紫電が消えたのを感じ取ったユーリが、大上段からの一撃を振るう。

 動けなくなっている青銅の怪鳥ステュムパリデスにはもはやそれに反応する事も出来ず、その身体を僅かに残っている青銅の羽毛諸共両断された。





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