第二話/クリーチャー

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 クリーチャー。

 この世界の、『戦線のアークトゥルス』における敵。

 生まれつき秘霊晶アムリタから生成されるエネルギーをため込むことが出来る特殊な器官を有する超常の怪物たち。その起源は詳細不明。


 クリーチャーについて端的に説明するならば、こういう説明となるだろうか。

 これだけ聞けば、クリーチャーは人類の敵という印象を受けるかもしれないが、クリーチャーの本質は普通の動物と何ら変わらないモノだ。違いがあるとすれば先も言った様に体内に秘霊晶アムリタを貯蓄する器官を有していて、そこより供給されるエネルギーでより強くより大きくより長く生きる、そういう特徴を持った生物に過ぎない。

 彼らはその普通の動物以上の体躯となった身体を動かす為に秘霊晶アムリタを取り込みたい、そう考えて秘霊晶アムリタを求めているだけ。たまたま、秘霊晶アムリタによって得られるエネルギーを利用しているのが人類であり、それを求めてクリーチャーと人類がぶつかり合っているだけに過ぎない。

 と、世界の外から見れば、なんとでも言える。現実、この世界に生きる彼らからすれば同じリソースを奪い合う敵以外にはない。




「ずいぶんとデカいな」


───キィエェエァアアアアアッ!!


 走り続ける列車、その屋根で一人佇むのはユーリ・オルグランフェ。

 帝国軍人を象徴する灰と黒の軍服が風ではためく中、片手に魔剣ラーミナを携えて列車の横へと視線をやれば、列車と並走する影が一つ。

 翼を羽ばたかせ甲高い鳴き声を響かせる猛禽。

 目測でおよそ十メートル弱。列車と比べれば車両の半分もないが、鳥として見ればあまりにもデカすぎる。

 これこそがクリーチャー。

 秘霊晶アムリタを取り込み変異した身体はその羽毛を青銅のソレへと変化させてなお、空を飛んでみせる青銅の怪鳥ステュムパリデスはユーリへと視線を向ける。

 両者の会合はそれで充分だった。


「───運命祈りはこの手に」


 紫電が弾ける。鞘から引き抜かれた魔剣ラーミナ、その内に組み込まれた秘霊晶アムリタから翡翠の輝きが零れていく。駆動した秘霊晶アムリタにより漆黒の刀身に翡翠の回路が走る。


「カレトヴルッフ」


 魔剣ラーミナによって洗礼された鋼衛士エクィテスが目覚める。





────△▼△──── 





「で、状況は?」


「ハッ、現在列車に並走しながら飛んでいる様で、様子見と言った所でしょうか」


 列車の通路を進みながら傍らで携帯用の無線機を背負った通信兵へとそう問いかければ返ってきた内容に目を細める。


「飛行型か、面倒だな」


「周囲に都市、いや集落とか村は?」


「二、三時間ほど、少なくとも地図には」


「なら、出来る限りさっさと処理する。列車はこのまま走らせてろ」


 ここで迎撃せずに撒こうと考えたところで、クリーチャーが消耗して周囲の村やら街やらを襲うなんてのはまったく許容できない。

 別段、ここが既に共和国領内余所んちであってもソレは関係ない。

 というよりも、むしろ帝国じゃない場所で不祥事が起きたら会談に悪影響しかでない。それなら、こうして列車を襲われたので対応しました。で、終わらせた方が百良い筈だ。


「た、隊長!流石にそれは許容できかねます!いくら、隊長でも……!」


「隊長、これは私も同じ。流石に列車を走らせて対応なんて」


 後ろで部下とフィオナが何か言ってくるがそれを黙殺して、傍らの通信兵に視線をやる。明らかに後ろの二人同様にこちらを止めようとする表情だったが、すぐにそれも諦めたようで俺が求めてる情報をすぐに吐いてくれた。


「恐らく、コンテナ内に積んでいる燃料用の秘霊晶アムリタが目的かと……今もそこから付かず離れずの様で」


「そうか、コンテナ、となれば、テンペスタよりも俺が行くべきだな」


「隊長ッ!」


 フィオナの戦い方は、コンテナの中身を守りながら飛行型のクリーチャーを相手するには到底向いていない。それはフィオナ自身も理解しているからだろう、声を荒げるのは部下だけで、当の本人は押し黙っている。

 きっと振り返れば、苦虫でも噛みつぶしたような表情をしている事だろう。

 だから


「援護射撃とそっちの指示は任せる」


「……了解」


 ここに列車運用の部隊だのがいなかったら、あからさまに私不満ですが?なんて雰囲気とか出してそうな気がしてきて、この後の機嫌直しが大変そうだ。

 紅茶や菓子だけじゃあ、どうにもならなそうだ……なんて、思いながら俺は今いる車両を出る為に扉を開けて────






 揺れる列車の上、風が軍服の裾を引いていくが戦闘にはなんら支障はない。

 普通なら騎士鎧を着込んでいくのが良いんだが、結局それも後方車両のコンテナの中。それにフィオナを下がらせた以上、鈍重でやり合うのは違う。

 視線を横へとやれば、列車に並走しながら飛んでいる鳥が一羽。

 所謂、青銅の怪鳥ステュムパリデスというクリーチャーで、名前の通り青銅化した羽毛が特徴的な怪物だ。帝国でもたまに見かける。

 あちらもこちらを認識したのか、甲高い猛禽らしい鳴き声で威嚇してくる。

 パッと見た限り、まだ被害という被害は出てないらしいし、それならさっさと終わらせよう。

 柄へ添えていた手をそのまま握り、


運命祈りはこの手に───カレトヴルッフ」


 撃鉄スイッチを口にして、魔剣ラーミナを引き抜く。

 瞬間、身体の内側から焼ける様な感覚が走る。


 弾ける紫電。

 粒子状の秘霊晶アムリタが空気中へと零れていく。

 魔剣ラーミナによって洗礼を受けた肉体に回路が走る。

 肉体が兵器へと変わっていくのを感じる。


「はっ、一撃離脱ヒット&アウェイか?」


 こっちの変化に気づいたのか、青銅の怪鳥ステュムパリデスが大きく列車から離れる様に弧を描いて飛んでいく。

 逃走?違う、青銅の怪鳥ステュムパリデスは執着が強い。

 一度獲物を定めれば、簡単に諦めない。それこそ他のクリーチャーが獲物の前にいようともその邪魔者を叩きのめしてから獲物にありつく、そういう習性だ。

 と、なれば、俺を敵と認定したのだろう。どうするつもりかはわからないが、恐らく距離を取ってから一撃を入れて列車から落とす魂胆だろう。


 弧を描くように列車から離れていった青銅の怪鳥ステュムパリデスもある程度のところで旋回を始めたのが見える。

 構える。

 カレトヴルッフから出ては弾ける紫電が視界の端に映る。

 刹那、青銅の怪鳥ステュムパリデスが迫る。それはさながら弾丸、いやサイズを考慮すればミサイルと形容した方が良いかもしれない。瞬き一つも致命的、そう断言できる程の速度。

 常人が受ければ実に前衛的なオブジェが出来る事だろう。


「問題ない」


 衝突。

 あっという間に寸前へと迫っていた青銅の怪鳥ステュムパリデス。その直撃を避けるように敢えて踏み込み、カレトヴルッフをその首から胴体へかけて叩き付ける。


───ギィアァアアッ!?


 頭上からけたたましくあがる悲鳴に舌打ちつつ、体勢を整える。背後へと視線をやれば、そのまま抜けていったようでやや離れたところで旋回する青銅の怪鳥ステュムパリデスの姿が見える。

 列車に置いていかれない様に楕円形に旋回しているのを見るに、今ので懲りるどころか敵意を沸き立たせているのだろう。


「主人公なら、一撃で仕留めてそうなんだがな」


 カレトヴルッフ自体の特異現象はそこまで攻撃性があるわけじゃない。

 それこそ、主人公のソレと比べると地味だ。

 特異現象って何かと聞かれると、まず魔剣ラーミナには精錬された秘霊晶アムリタが組み込まれている。秘霊晶アムリタは精錬を経ると一定の微振動を起こすようになり、人間の生態エネルギーと結びつくことで空気中の微粒子上の秘霊晶アムリタと反応して『あり得ない事特異現象』を引き起こす。

 つまり、魔剣ラーミナとは特異現象を引き起こす為の魔法の杖で俺達魔剣ラーミナ洗礼侵食を受けた鋼衛士エクィテスはそんな魔法の杖を起動する為の装置。


「まあ、言い方は何であれ。使い潰されるわけじゃないから、誰も気にしないだろうけど」


 例えば、火を出したり、風を出したり、光を出したり、見た目からして派手な特異現象を引き起こす魔剣ラーミナは多々ある。

 『戦線のアークトゥルス』の主人公の持つ魔剣ラーミナもそういう類で、直接的な攻撃力のあるモノだ。

 俺のは、まあ、起動すると紫電が弾けるけど、それはあくまでおまけみたいなもので───


「こんな場でやり合って、輝くもんじゃないんだがなッ!!」


───ギェアアア!!


 そうこう言ってる内に、二度目の襲撃。

 青銅を削りながら紫電と火花が明滅する。

 同時に頭上直ぐで響く金属同士の不協和音に思わず耳の一つも塞ぎたくなるが、片手で受けれる程人を辞めた記憶もない。

 大きく弾くように飛んでいく青銅の怪鳥ステュムパリデスの背を見送りながら身体を捻る。一撃目と違ってやや牽制気味のソレでほとんど表面を削るだけで終わってしまった。


「仕掛けるなら次か」


 カレトヴルッフに意識をやれば、先ほど以上に紫電が溢れては弾けて、秘霊晶アムリタの粒子がそれの影響を受けては翡翠から黒と紫へと明滅する。

 視界の端、というか今いる車両の端の方で動いてるモノが見えた。と言っても、動いてるのは俺の部下で車両にある点検用のハッチから首から上だけを覗かせている。

 流石に俺と違って鎧兜を付けている様で、そんなこちらの状況を覗く兜越しの視線とかち合った。


───キィアアァアアアッッ!!


 青銅の怪鳥ステュムパリデスの嘶きが響く。

 視線を部下から切り、そちらへと向ければやはり。

 先ほどよりも大きく旋回し十二分に距離を取ったうえで真っすぐ、こちらへと突っ込んでくる姿が。

 スピードは一切緩む様子もない。パッと見た限りに体勢はこのまま下手をすれば俺どころか車両の方へとぶつかってしまうのではないか、と思えるほどの突進姿勢。

 このまま俺へとぶつかるにせよ、列車へと突っ込むにせよ、回避を選択するべきだろう────


「《漆磁妖鳴バンシー》」

 

 だから、その選択は不要だ。

 紫電が弾ける。

 妖精の悲鳴が走る。





────△▼△

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