第一話/転生者

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 もしも俺は一度死んでいる、なんて言ったらどう思うだろうか?

 きっと、頭のおかしい人間と思われるかもしれないが、どうか話を聞いてほしい。というか話す。

 『戦線のアークトゥルス』という作品がある。

 所謂、異能バトルノベルゲームに分類される作品で前世で流行って……いたかどうかはちょっと分からない。大手タイトルと比べたら、マイナーではあったはずだ。

 もちろん、ノベルゲーというわけで複数のルートがあり、プレイヤーだった俺はしっかりと全ルートを解放し暇な時には有志がまとめてる設定集みたいなサイトを嗜む程度には好んでいた。

 どうして、ゲームの話をしたのか?

 冒頭を振り返ってほしい……そう、俺は『戦線のアークトゥルス』を下地にしたのであろう世界にある日、転生していた。


 ゲーム内の主要三ヵ国、その内の一つ。皇帝と貴族による帝政国家、ルクシオナ帝国で辺境伯の地位にある血筋の傍系にあたる家の長男。

 それが、この世界における俺の生まれだった。

 平民ではなく貴族として生まれたのは幸運だったのか、不運だったのかは断言することは出来ないが、少なくとも俺は良かったとは思ってる。と、言うのも貴族だから生活水準が高くて───前世の現代社会での暮らしと比べれば平民と貴族なんて五十歩百歩な気もするが───良かった、という理由ではない。二割ぐらいはそうかもしれないけど。

 ともかく理由としては『戦線のアークトゥルス』の世界観が大きく関わってくる。

 世界観自体は……近代に近いかもしれない、皇帝や貴族、王族が幅を利かせてたりするが。そんな世界観に異能バトルの要素が組み込まれていて、帝国貴族は否が応でもその異能バトルの部分に触れる。

 前世でやっていたゲームのそういう非現実的な部分に自分も触れることが出来ると聞いて心躍らないだろうか?俺は躍る。



 そんな世界に生まれて早二十数年。

 竟歴1672年、既に春も終わりこれから初夏へと移り変わっていくだろうこの頃

 俺はスエルニア共和国の第八特区行きの軍用列車に揺られていた。

 というのも、俺は本家の当主様に評価され帝国の騎士団へと入団し気付けば騎士隊を率いる立場になっていて、今は上から与えられた任務の為にわざわざ列車に揺られながら共和国へ向かう事になった。

 さて、軍用列車と聞けば兵士が詰め詰めの列車というイメージがあるかもしれない。

 だが、軍用列車はその種類が多岐にわたっていて、パッと思いつくだけでも五か六は種類があるモノだが、今回俺が乗車しているのは兵員輸送と共和国にある駐在軍への物資や補給品輸送の二種で編成されているモノだ。

 で、俺が乗っているのは兵員輸送の車両、その内の士官用の車両だ。勿論、士官用じゃない一般兵の車両だからといってイメージみたいな詰め詰めのモノではない。実際は簡易ベッドが並んだ二人部屋みたいなモノが並んでいる車両だ。少なくとも帝国のは、と付くけども。

 話は戻るが、帝国における士官は騎士で、騎士は基本的にほとんどが貴族の人間だ。つまり、場合によっては騎士やってる高位の貴族も利用するから、士官用の車両はそれなりのモノが揃えられている。勿論列車という都合上か通路を置いているせいで貴族の部屋というには少し手狭という欠点───一部の貴族連中の言で、普通に考えればだいぶ上等に違いない───はあるものの今回の任務で長時間の移動に使う点で言えばありがたい。

 だが、それでも、長時間過ぎると、どうしようもないが────


「──隊長、次の補給駅までまだ半日以上かかるって」


「そりゃあ、そうだろうな」


 と、そんな俺と同じ気分の奴がもう一人。

 ブロンドヘアで作ったポニーテールの毛先を揺らしながらどこか憂鬱そうに言ってきた彼女は、フィオナ・テンペスタ。俺の率いる騎士隊で副官を務めてくれている女騎士で、この列車移動においては同室でもある。

 前方車両で運転士か列車運営の兵士を捕まえて聞いたのか、報告してきた彼女に俺は肩を竦めて応えれば、そのままため息と共に入室して隣のソファーへと座り込む。

 いくら、同室で副官だと言えど、まがりなりにも部下である彼女が一切遠慮も躊躇も見られないその姿を他の騎士隊や上司共々に見られればどんな嫌味や面倒事がやってくるか分からないが、此処にいるのは俺と部屋の隅で待機している部下一名。

 いつもの光景に苦笑している部下へと視線を向ければ、それを受け退室していくのを見送ってからその視線を隣のフィオナへと向ける。


「帝国じゃないんだ。ウチが利用できる補給駅があるだけマシだろう?」


「それは……そうだけど、部隊のみんなを冠あげたら何十時間も車両にいさせるのはいやでしょ」


 俺の返答に対して、手慰みにポニーテールの毛先を弄りながら答えるフィオナに俺はもう一度苦笑で返す。

 フィオナ・テンペスタ。

 さっきも言った様に俺の副官を務めてくれる騎士である彼女は、『戦線のアークトゥルス』におけるメインキャラクターの一人だ。

 主人公とは序盤ではぶつかるが、後半は一緒に戦うそんな立ち位置のキャラであり騎士隊のを務めていた。そう、隊長だ。

 今俺が座っている立場には本来であれば彼女がいたが、この世界では俺がいる。

 この世界はあくまで『戦線のアークトゥルス』を下地にした世界でしかなく、俺の中の所謂原作知識という奴が本当に役立つかも分からない、そう俺が思うようになった要因の一つ。それが彼女だ。

 もしも俺が俺ではない別の転生者だったのなら、彼女の対場を奪ってしまったとか悲観するのかもしれないが、まあ、そこは似て非なる世界だから仕方ないと俺は割り切っている。


「隊長、今回の任務だけど……随分と無茶じゃない?」


「前回の任務からそう間を開けずに数日の長距離移動をしながらの輸送任務だな」


「現地に着いたら、駐在軍に物資の引き渡しをしてそのまま会談が終わるまで駐在軍に一時編成?みんなへの負担が大きすぎるよ」


 そういう彼女に俺は首肯を返しつつ、胸中に浮かぶ好奇心を彼女に分からぬように押し殺す。

 俺たちが向かっているスエルニア共和国、そこで今回三ヵ国による会談が行われる予定だ。それが『戦線のアークトゥルス』の舞台。

 さっきも言ったが前世で好きだったゲームのストーリーに関わる事が出来るってなればワクワクも好奇心も抱かずにいられるだろうか?勿論、これがモブとか主要人物にも厳しい様な作品や世界観だったら全力で逃避する自信があるが……。


「どうぞ、隊長……副隊長も」


「ああ、ありがとう」


「ん、ありがと」


 ティーポットやらを乗せたカートと共に戻ってきた部下に礼を言いつつ、置かれた紅茶を口にする。後方車両の部下たちじゃ飲めないだろうソレで喉を潤すのに少しばかりの罪悪感を抱きそうになるが、騎士としての特権と言う事でありがたく楽しませてもらう。嫌味を言ってくるような貴族もいないのだし。


「ん、おいしい」


「……まあ、今回の任務は無茶なスケジュールだっていうのは分かる。だけども、会談を任されてるのはウチの本家だ。普段よりかはマシだろうよ」


「ああ、オルグランフェの……はぁ、そうだといいけど」


 騎士様に用意された紅茶と茶請けの菓子に舌鼓を打って先ほどまでの辟易し憂鬱としていた表情が綻んだのも、残念ながら俺の言葉でまたため息を吐き始めるフィオナに俺は思わず視線を余所にやれば傍らの部下とたまたま目があったがすぐに視線を逸らされた。……おい、なんで逸らした。


「じゃあ、話は変わるけど。今回の輸送任務、ウチは何を運ばされてるの?」


「……失礼します」


「ん、悪いな」


 呆れた表情から一変、真剣な表情でそう口火を切ったフィオナ。そんな彼女の雰囲気に察したのか部下が退室していくのを見送り、俺はフィオナを見る。


「今回の行き先は共和国。前線への物資だっていうなら、分かるし気にするつもりもないけど、会談に必要な物資とは思えない」


 帝国ウチ含めた三ヵ国会談をするような場所にいったい何を運ばされてるのか。

 そうどこか不安の色も垣間見える視線に俺は肩を竦める。

 普通なら軍人として、騎士として、帝国の上の人間の命令に変な疑問を抱くなんて、と言われそうなもんだが、それでも今回の任務はきな臭い。

 平和会談、というわけではないが曲がりなりにも三ヵ国のお偉いさんが集まって会談する都市に、輸送任務を命じられた騎士隊の副隊長にも中身を知らせないような物資を運ぶなんて普通に何を企んでいるのか、と不安になる。

 実際、原作においても『フィオナ・テンペスタ』は帝国ウチのやらかしに上官へ抗議していた場面があったのを覚えている。

 さて、そんなフィオナへの俺の返答は


「まあ、真っ当なモノじゃあないだろうな」


「隊長は?聞いてるの、中身」


「いや、知らないよ」


 まあ、知っているけども。

 ただ、それはあくまで原作知識があるから知っているだけ。

 いや、正確に言えば確定していないがおおよそ何が入っているのかは分かってるつもりだ、たぶんアレだろうなぁって感じで。

 だから、如何にウチの副官だとしても何も言えないし、そもそも中身については俺も上から何も教えられていない。そう、だから、知らない。

 何も嘘は言っていない。下手に俺の予測を口にしたところでソレが本当なんていう保障があるわけじゃないし、もしもそれが漏れたとしたらフィオナや他の部下たちがどうなるかわかったもんじゃない。


「……そう、ならこれ以上は聞かないでおく」


「そうしてくれ」


 俺の答えにいまいち納得は言っていないんだろうな。そんな表情をした彼女が俺の前から菓子を皿ごとかっさらっていくが、俺は反射的に皿を奪い返す。

 が、手元へと戻す前に皿の上の菓子だけを持っていかれた。

 悪びれもなく俺の菓子を食べ始める副官に頬が引き攣るのを感じるが、そこは隊長として───


「づぅあッ!?ちょ、ちょっと、待って。ごめん、ごめんって……!」


「やっぱ、食べたかったわ」


 アイアンクローをかます事にした。

 

「待って、話聞いてる…!?いだっ、割れる割れるっ!」


「大丈夫だ、堅さ自慢だろ。いけるいける」


「そう、いう、問題じゃ、ないっ!!」


 ぶっちゃけ、おもしろい。

 そう、フィオナの反応を楽しんでいて、


「隊長、副隊長──」


 ジリリリリッ!!

 退室していた部下が入ってきたのと、車両に備え付けの通信機が着信音を鳴らせたのはほぼ同時だった。

 すぐに手を放せば、フィオナがそのまま部下へ、そして俺は通信機へと向かい取る。


「第三騎士隊、騎士隊長ユーリ・オルグランフェだ。どうした」


「はっ!第三騎士隊、巡回二番回線です───クリーチャーです!」


 通信機越しの報告に目を細める。

 視線をフィオナへと向ければ部下の報告もきっと同じだったのだろう、真剣な表情のままのフィオナが扉近くにあるホルダーから『魔剣ラーミナ』を取り出し始めていた。


「わかった、対応する。数は要らん、だが、用意はさせろ」


 そう指示を飛ばして通信機を切る。

 列車の外から猛禽の様な金切り声が響くのを耳にして、


「何事も無ければ、良かったんだが、な」


 願わくば、貨物に問題が起きないことを。

 そう、祈りながら自分の魔剣ラーミナを部下から受け取った。





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