硝煙戦線の魔剣使い

@CheeseVanilla

プロローグ/魔剣衝突

△▼△────





 ある日、自分が生まれた世界について知っていたらどうする?

 赤ん坊としてこの世界に生を受け、産声を上げた時。

 物心がつき、自分の周囲の世界を認識し始めた時。

 成長し外へと世界が広がり始めた時。

 

 そうやって人は自分の世界を広げ生きる世界を知っていく。

 だが、もしも自分の生きる世界を、生まれる前から知っていたら?もしも自分が生きる国がこれから歩む未来を、生まれる前から知っていたら?

 そんなあり得ない事があったらどうする?

 きっと、未来を知っていればその知識を活かして自分の人生に都合の良い道を歩み始めるのかもしれない、大切なモノを護るために未来を変えようとするのかもしれない。

 だが、例え世界を、未来を、知っていたのだとしてもそれは所詮キャンバスに描かれたモノを見て知ってそれで何もかもを知った気になっているのと一体何が違うというのだろうか?

 そうだ。

 生まれる前からこの世界を歩む未来を知っていたとして、それが本当にこの世界で起きる事なのかは誰も一言も告げていないし保証もしていない。

 だから未来を予測できる知っているなんていうのは何の意味もない、絵に描いた餅を掲げて料理が出来ると宣う様に頭の中にお花畑でもあるみたいな話だろう。

 世界なんて、未来なんて、実物はもっと複雑で混沌としていて、予想通りに運ぶことなんてなく、理屈や知識で整理された世界なんて頭の中の世界に過ぎない。

 世界は、タイピングされた文字列でもないし、描かれたイラストでもないし、0と1で組まれたデータの塊でもない。

 現実はそのどれらとも違う。だからこそそこには不自由がある。

 その不自由さこそが、面白い。何もかもが思い通りに予想通りになるのなら、何の意味もない。答えが簡単に出せるなら、探求する価値などない。

 だから、掴み処のないこの現実を、この世界を楽しむべきだ。

 完全に把握できないものだからこそ、そこには挑むべき価値がある。


 世界は何時だって不鮮明だ。

 どれほど、手を伸ばしても掴むことが出来ない。

 それが俺の思う世界だ。

 世界の、未来の知識なんて不要でしかない。



「──故に、魅せてくれお前の輝きを」



「約定者よ。さあ、手を伸ばして──この手に祈りがあるのだから」


 聖贄乙女ヴィヴィアンの託宣が厳粛に響く。

 人類の何時かの明日、その光を齎す為の約束。

 誰が果たすべき、なんて決まっていない運命が今一人の青年の運命を捉えた。





────△▼△────





───竟歴1672年、スエルニア共和国第八特区、郊外。


 世界は緋色に染まっていた。

 爆発音、破砕音、悲鳴、怒号、咆哮。

 およそ、常時では聴こえてはいけない音ばかりが世界を揺らしている。

 爆発か、それとも他の要因か今この時に至っては原因など皆目見当はつかない中、火がごうごうとこの場を我が物顔で居座っている。

 夜闇に沈んでいたはずの世界を、緋色に染める程に火の手は強まり耳を澄ませれば消火をする様に指示をとばしている声すら混じって聞こえてくる。


 だが───


「規定だ。どうか死んでくれ」


 そんなモノに耳を傾ける余裕などどこにもない。

 振るわれるのは大上段からの一撃。並みいる兵士どころか前線級の連邦騎士であってもその身駆を鎧ごと両断せしめる致命の一撃。

 それを回避できたのはほとんど偶然だった。

 先ほど切り伏せたクリーチャーの血脂に足を滑らせるような形で避けれたに過ぎない。二度目はない、そう十二分に感じさせられた望外の奇跡を手に入れた彼はそのまま後方へと跳び退く。

 距離にして数十メートル。

 鋼衛士エクィテスと成ったが故に向上した能力に僅かな驚きを覚えながらも彼はここで初めて目の前の騎士を見た。


「灰の軍服……帝国騎士ッ」


 鋼衛士エクィテスらしい騎士鎧に身を包んでいないが、それでもその身に纏う灰色と黒を基調とした軍服は目の前の青年がルクシオン帝国の人間であるのを示していた。

 そして、先ほど命を奪いかけた剣。オーソドックスな形状だが『魔剣ラーミナ』であるのは間違いなかった。今自分の手に握られているソレと同じモノだ、と。


「そういうお前は連邦軍人か……事を大きくしたくない、さっさと鎮圧に向かえと言いたいんだが」


 そう、僅かに肩を竦めて、次の瞬間には数十メートルもあった距離は踏破され彼、アルソルの胸を貫かんとする。

 回避など許さないと言わんばかりの貫殺剣、だがそれでもアルソルは反応してみせる。


「ヅゥグッ……!」


 咄嗟に出した自身の魔剣ラーミナの腹でそれを受け止める。

 ギリギリ、と耳が痛むような金属音が鳴る中で覇を食いしばりながら突進の勢いを受け止めていくアルソルを尻目に、帝国騎士はその金色の瞳でアルソルの身体を、その手に握られた魔剣ラーミナを観察していく。


「エスカリボール……」


 白い刃に青と金の意匠。

 つい先ほど前まで帝国の秘匿コンテナで眠っていた魔剣ラーミナに舌打ちながらその名を口にして、彼は剣を引きその勢いまま身体を回転させる。

 そうして放たれるのは先ほどの突きと比べなお速い蹴撃。

 回し蹴りの様に放たれたソレはアルソルの脇腹を叩き、地面を転げさせた。


「ぬぐぅ……はぁ、はぁ」


 滲み出る脂汗を乱暴に拭いながら、即座に体勢を立て直したアルソルは追撃に跳んできた帝国騎士を迎え撃つように踏み込んだ。

 放つのはおよそ六度の斬撃。

 魔剣ラーミナを手にし、鋼衛士エクィテスに成ったのはつい先ほど。だが、それでも連邦軍人として騎士となるべく積み上げた努力歩みは無駄ではなかった。

 跳び込んできたが故に足場は無い。

 鎧で受け止められない帝国騎士の身駆を六度の刃が切り裂く───否、騎士としての練度歩みが違う。

 弾き、いなし、捌く。

 踏みしめる足場がなくとも、帝国騎士は全てに対応してみせた。


「クソッ!でたらめをっ!」


「まさか、そちらも良い腕だ。その手に握るのがソレで無ければ、前線で肩を並べるのも楽しみだったが」


 着地、そして魔剣ラーミナ同士が火花を散らす。

 互いの顔を火花が、魔剣ラーミナに組み込まれている秘霊晶アムリタが、照らしていく。


「どうっして、俺を殺そう、と……!」


「言っただろう、規則だ、と」


 鍔迫り合いながら、顏を近づける帝国騎士が犬歯を剥き出しにしながら楽しむように笑みを浮かべ、それに対しアルソルを覇を食いしばる。


魔剣ソレの銘はエスカリボール。うちのマエストロらが汗水垂らして調整した代物だ。そんな虎の子を、連邦軍人に握らせるなんて許される、わけないだろう」


「だからって、殺すのか!帝国アンタらだって、そんな事の為に此処に来たわけじゃないだろ!!」


 怒号と共にアルソルが帝国騎士を押し出す。

 先ほどの様な足場のない状況とは訳が違う、だが、そんな事は関係ない。

 アルソルが握る魔剣ラーミナ───エスカリボールの刀身から、翡翠の輝きが漏れていく。アルソルの怒りに呼応する様に秘霊晶アムリタが励起していくのを感じながらエスカリボールを振るう。

 押し出された帝国騎士を襲うのは先と同じ六度の斬撃。

 だが、その威力が違う。


「慣れ、てきたか」


 つい先ほど鋼衛士エクィテスに成ったばかり。立ち上がり始めたばかりの仔馬同然、秘霊晶アムリタの洗礼によって増した身体能力と思考のズレ、致命的な隙を無理矢理に誤魔化してきたアルソル。

 だが、それも順応すれば問題はない。

 駆け始めた仔馬の様に、その力を振るい始める連邦軍人に苦笑を浮かべながら帝国騎士は対処を始めていく。

 弾く、いなす、捌く。先ほどと違い踏みしめる足場がある為、そこに回避を混ぜ込んで対処をして───


「ハアァッ!!!」


 六度目の一撃、それを弾いた刹那。

 まるで最初から分かっていたかのように、弾かれた勢いを利用して身体を回転させたアルソルの七度目の一撃が走る。

 不意打ち、と言うにはあまりにも隠しがない。

 だが、それでも想定を超えた一撃がであったのは事実なのだろう。数歩下がって回避した帝国騎士の頬に一文字の切傷と血が流れた。

 蹴りによる痛打に比べればあまりにも小さな成果、だがそれでいい。

 少なくとも目に見えるモノを先に与えたという事実がアルソルのエンジンに火を付ける。


「どうか俺の手に運命祈りよ」


 エスカリボールの秘霊晶アムリタが駆動する。

 白い刀身に翡翠の回路が走っていく。

 鎧の有無など関係ない、魔剣ラーミナを手にし洗礼を終えた彼は一人の鋼衛士エクィテス

 慣れも既に終わっている。

 

「──エスカリボール」


 構えられた魔剣ラーミナが呼応する。

 翡翠の輝きの内より溢れるのは閃光。

 赤熱した閃光が質量を得たかのように刀身を覆う。


「──ッ」


 両者の間に燃えながら倒れ込んでくる重機、それが合図だ、とでも言う様にアルソルは地面を蹴った。眼前にある燃え盛る大質量など、それこそ路傍の石かの様に一切気にすることなく。

 斬ッ、そんな音と共に重機が切り裂かれ帝国騎士の眼前へと踊り込んだアルソルに僅かに目を見張りながらも帝国騎士は今までの様に対処を。

 エスカリボールを受け止めた瞬間、帝国騎士は受けを選択肢から外した。

 他者の秘霊晶アムリタの起こす特異現象、それを受け止める為の鎧。

 それが無い今、この熱を受けるのは危険すぎる。


「閃熱か……!」


 魔剣ラーミナ越しに感じる熱量。

 周囲でなお燃え盛る火とは違う熱に帝国騎士は即座にエスカリボールの引き起こす特異現象を看破する。

 複雑なモノなら良かった。

 単純なモノなら良かった。

 帝国の虎の子のの特異現象が閃熱、鎧どころか下手をすれば魔剣ラーミナ内部の秘霊晶アムリタすら溶断しかねない。

 マエストロらに胸中で文句を吐き散らしながらも振るわれる剣技を回避する。


「悪いが、みすみす殺されるなんて受け入れられない」


 もはや状況は反転した。

 迸る閃光は反撃の狼煙とでも言う様に、突きと共に放たれる。

 閃光を飛ばす、という技量には到達できていないがそれでも刀身を覆う閃光はエスカリボールのリーチを伸ばし、先ほどまで帝国騎士が持っていた距離感を打ち砕いていた。

 だが、技量も、練度も、あちらが上か。

 放たれた突きを最低限の動きだけで回避してみせた帝国騎士にアルソルは、その手を止めない。肉体を輪切りにせんばかりに真横に振るう一文字。


「ヂィッ……!!」


 肉が焼ける。

 当たってはいない。しかし、紙一重の回避は閃光剣によるリーチの変化を見誤った事で軍服を、その下の腹部を薄く焼き切っていた。

 自身の肉の焼けた臭いに僅かに顔を顰める帝国騎士。


「ずいぶんと好き勝手してくれる」


 そう胸中で何度も吐き捨てていた言葉を口にして、その視界の端に映るモノに反応した。


「何をよそ見を──なっ!?」


 アルソルの背後、燃え盛る炎によって歪んだ金具が耐えきれなくなったのか、コンテナの吊り上げ用の重機がそのままアルソルと帝国騎士を押しつぶさんとその鎌首を地面へと叩き付けた。

 僅かの瞠目。

 しかし、自身を満たす秘霊晶アムリタの回路による充足感が、万能感と誤認するが故にアルソルは回避よりも先にエスカリボールを振るう。

 閃光剣は主の願いに応える様に、先の重機と同じく数十センチある重機の首を容易く溶断してみせた。

 次はお前だ、そう回避を選んだ帝国騎士へと視線を向けて───



「随分と大道芸が好きらしい」


 紫電が弾けた。

 それが致命的なモノだ、と気づくのと異変が起きたのはほぼ同時の事だった。

 視界の端で何かがこちらへと動き始めたのを認識し、帝国騎士へと向けていた視線を僅かに動かしたアルソルが見たのは、ブーメランの様に回転して迫る長い鉄の塊。

 虚を突かれた。

 だが、それを反射的にエスカリボールで溶断する。


「いったい、何がって、これは!」


 溶断し二つとなった鉄塊。

 それは、今ついさっき溶断した重機の首。倒れ込んできたソレは地面に転がっている筈なのにいったいどういう理屈で飛んできたのか。

 そう、思考するよりも先にが来た。

 背後からガリガリと地面を削る様にアルソル目掛けてソレは来た。

 溶断した重機の首の片割れ。まるでワイヤーを繋げて別の重機で勢いよく引っ張っているかの様に、真っすぐ寸分の狂いなくアルソルへと迫る。


「なんなんだ!」


 冷や水を被せられた様に万能感が、急速にアルソルの頭の中からかき消えていく。

 代わりにどう考えてもおかしいこの現象へと急速に対処を始めざるをえなかった。

 まるで猛牛の様に迫る重機の片割れを溶断してみせた、アルソルへと降りかかる次。

 それは一方からではない。

 先ほど溶断した筈の重機の首、二つになったソレがそのまま二方向よりアルソルを串刺しにせんと強襲する。

 ただの連邦軍人であれば、間違いなく串刺しになっていた。

 しかし、アルソルは既に騎士。熱量が増幅された閃光剣でもって先ほど以上の速度で片方を切り捨て返す刀でもう片方を叩き切る。

 そうして、その視線を帝国騎士へと向ければいつの間にか彼はすぐ近くのコンテナの上へと登っていた。


「逃げる気か」


「狙われてる側だろう、そっちが」


 その手に握る魔剣ラーミナから紫電を走らせては弾けさせていた帝国騎士の姿にアルソルは目を細める。

 二度目、三度目、と偶然は重なるだろうか?

 いや、少なくとも先ほどの不可解な重機の襲撃が帝国騎士の手によるものだとアルソルは理解している。

 故に


「うぉおおおおおっ!!!」


 何かされる前に切り捨てる。

 身体に走る秘霊晶アムリタの回路に鞭打ち、アルソルは駆ける。

 エスカリボールに収束する閃光が迸り、閃光剣は柱の様に振るわれる。


「えっ──?」


 筈だった。

 まるで崩れる砂の城の様にボロボロと、糸を解くようにスルスルと、柱の様になっていた閃光剣は途端に崩れていく。

 どうして?そんな疑問が口に出るよりも先に、腹部へと走る今までのモノとは異なる熱にアルソルの視線は奪われた。

 青と白の連邦軍人を示す軍服が赤く染まっていた。そして、アルソルの腹部に鋭利な金属片が突き刺さっている。

 痛みによる集中力のズレ、それは戦いの場では何よりも致命的な隙を生む。アルソルもまたその例に漏れる事はなかったらしい。

 空気を切り裂く様な音に気付いて顔を上げた時にはもう遅く、資材の鉄筋が横のままアルソルの目前へと迫っていた。


「がっ、ぐぅっ、うぅぅおぉおぉ!!」


 それでも反応出来たのは積み重ねてきた努力故か。

 閃光が解け、もはや閃光剣を保っていられなくなりつつあるエスカリボールを盾に受け止めて見せた。だが、どういうわけか鉄筋はその勢いを殺されておきながらもその場に落ちる、なんて当たり前を起こさない。


「どうした、まだ終わりじゃない」


「ッ」


 帝国騎士の声を耳にしたのと同時に、アルソルは気づいた。

 今受け止めている鉄筋と同じモノがさらに数本。アルソル自身というよりは今受けている鉄筋そのものへと目掛けて衝突する。

 衝撃。衝撃、衝撃、衝撃。

 一度受ける度に、大きく体勢は崩れていく。

 そうして、五本目が衝突した時にはアルソルの身体は、数十メートルは後方にあったはずのコンテナの壁面へと叩き付けられていた。


「げほっ、げほっ……」


「出力の上げすぎだな。ばかすかと放出すればそうもなる」


 そんな声が響くのを聴きながら、背中に走る打撃の痛みと今もなお圧迫する鉄筋の重み、腹部に刺さった金属片による痛みに喘ぎつつその視線を帝国騎士へと向ける。

 相変わらず、コンテナの上に陣取っている姿が……そこでようやくアルソルは異変に気が付いた。

 段々と近づいてきている。

 自分は吹き飛ばされて後方のコンテナにぶつかったのに?

 なんで距離がつめられているんだ?

 そんな疑問だが、それもすぐに気が付いた。

 動いている、コンテナが。

 帝国騎士が上にいるコンテナだけがじりじりと今、アルソルへと迫ってきている。その速度自体は先ほどまでの重機や鉄筋とは比べるべくもないほどに鈍重だが。それでも、間違いなくその距離を詰めており、このまま身動きが取れなければコンテナとコンテナでサンドイッチにされるのだろうことは火を見るよりも明らかだった。


「ま、だ、だ……俺、は」


 洗礼が無ければまず間違いなく死んでいた。

 全身の痛みに堪えながらエスカリボールの柄を握り直す。だが、まるで力が入らない。

 帝国騎士が先ほど言った様に、アルソルが力を出しすぎた事が原因だった。それは鋼衛士エクィテスとなったばかりの騎士にはままある現象、魔剣ラーミナの出力に対して制御するべき騎士が手綱を緩めすぎた結果、エスカリボールの閃光を保持できず拡散させてしまった。

 鋼衛士エクィテスとなればすぐにでも矯正されるだろうやらかし、つい先ほどそうなったばかりのアルソルが起こすにはある種必然だったのだろう。


「こんな、ところ、で……やっと、なれたんだ」


 どうして、エスカリボールが応えないのか。

 いったい、どういう特異現象なのか。

 そんな事はどうだってよかった。アルソル・リュースにとって命の危機と直結している事態であっても。


「騎士に、鋼衛士エクィテスに、なったんだ」


 胸に燃えるのはたった一つの願い。

 まだ、騎士となったのもその願いの為の一歩でしかない。

 こんな道半ばで倒れる事になって良いのか?命を散らしていいのか?

 あっていいわけがない───


「俺は死ねない、こんなところで、死ねないんだ」


 それは誰に向けての言葉だっただろうか。

 帝国騎士か、エスカリボールか、それとも自分自身か。

 いや、もしかすれば無意識の宣誓、自分の運命にか。

 ギチリ、と音が響く。文字通りこの場に釘付けにしようとしている鉄筋からか、強い圧力で壁面が破損していく背後のコンテナか、それとも今もなお迫りつつあるコンテナだろうか?

 否、ギチリ、と再度音が響く。彼の中で。

 瞬間、エスカリボールが再起動し、翡翠の粒子をその秘霊晶アムリタから吐き出していく。


「──そう、来るか」


 紫電が弾ける。

 コンテナが地面を削る音が一際大きくなりその速度が上がった。

 これから起きる事をその身体諸共潰すために。

 いったい、どういう理屈だとか何が起きたかなどを思考の端に捨て置いてのソレにより、十メートルを切り目前へと迫る。

 魔剣ラーミナが再起したからとして、それごと動けない様に鉄筋をぶつけている以上、間に合わない。間に合う筈がない。




「約定者よ。さあ、手を伸ばして──この手に祈りがあるのだから」


 だとしても、運命の歯車は彼を捉えた。


 刹那、閃光が迸る。

 閃光剣ではない、一束に収束したものではないがそれでも幾条にもエスカリボールより放射された閃光が。

 一条一条が刃となって周囲を溶断していく。

 それはアルソルを拘束していた鉄筋も、帝国騎士を乗せ押しつぶさんと迫っていたコンテナも例外ではない。

 まるでバターでも切るかのように容易く木っ端微塵に刻まれていた。

 重機が崩れ、金属が落下する音を耳にしながら帝国騎士は難なく着地し、その視線をアルソルがいた場所へと向ける。無論、コンテナの上にいた彼自体にも閃光が襲い掛かったがそれらを周囲の金属片を引き寄せ即席の足場と盾にする事で逃げ切ってみせたが、その表情は安堵のソレでもなければ警戒のソレでもない。

 ただその視線を向けて、彼を、否その背後にいる乱入者を見た。


聖贄乙女ヴィヴィアン


 膝をつくアルソル、その背後にあったコンテナはから拉げていた。

 もはや意味を無くした壁面はコンテナの中を晒しており、そこから此方を見つめる人影が一つ。


「どうやら、面倒事はここかららしい」


 それは少女だった。

 華奢な少女らしい体躯に、金糸の様で悩みとは無縁に思える美しい金色の髪。そして身に纏うのは軍服でもなければ、普通の衣服でもなく騎士が鎧を装着する時に着る様な肌に密着したモノ。

 良くも悪くも人の眼を引く姿の彼女。

 そんな彼女の姿を認識して、帝国騎士は肩を竦め改めて視線を、何とか意識を魔剣共々手放していない彼へと向け直す。


「少しやり過ぎたきらいはあるが──まあ、うちの副官がやるよりはマシだろう。もうすぐ鎮火も終わる、連れていくなら連邦側に行く事だ」


 帝国ウチに来たら、今度こそ。

 そう笑う様に踵を返す帝国騎士の後ろ姿をおぼろげな視界で見送るのを最後にアルソルは傍らで響く少女の声をどこか遠くの出来事の様に聞きながら、その意識を糸が切れた様に手放した。





────△▼△

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