第7話
なかなか返信が来ない。
本でも読んでるのだろうか。であれば流石文学部部長と言いたい。ただ、可愛い後輩のメッセージにはいち早く既読を付けるのも部長の役目だ。そんなのは私のわがままなのだが、今の心境で言えば若干苛立ってる。ドキドキしてる?さっさと返事しろ!!
先輩には先輩の用事がありますから、出来た後輩の椎名ちゃんは気長に待ちます。そもそも、送ったメッセージは「夏祭り行きませんか?」の一文だ。私にとっては狼煙であるけど、先輩にとってはただの遊びに誘われただけだ。
緊張するのはまだ早いのではないだろうか?
可哀想だけど、先輩を夏祭りに誘う人はいないだろうし、基本暇な人だ。私が断られることはないのではないか。だったら、今緊張すること自体非効率的だ。これはステージ選択画面で、本編は始っていないではないか。なんなら出来レースと言ってもいい。
当日はどうしよう。なにを着よう。美容室は?いつ告白すればいい?振られたら?付き合ったら?考えるべきことは無限にある。私がすべきは当日にどれだけ完璧な――過去最高の椎名三月をもってくるかだ。
化粧は派手じゃない方がいいか。リップにとどめるとしよう。口紅は先輩には刺激が強すぎるだろう。そうだ!浴衣でいこう。浮かれすぎかなあ。まあ、いっか。
スマホに通知がくる。
あえてトーク画面は避けていたので、ホーム画面に横長の吹き出しにメッセージが表示される。
〈すまない。その日は予定がある〉
ん?、はあ。
どいうこと?
いやまあ、そういうことだよね。
はぁ~。バカみたいだなあ。
バカだなあ。惨めだ。
......早く返信しなきゃ。
悔しいとかそんなんじゃないけど。
やばっ。泣きそう。
私は〈了解!〉となんでもない振りをして、返信する。
それから唯ちゃんに連絡をする。
「唯ちゃああんーーーー。うわあああああ殺してくれええええええ」
〇
「奇遇ですね。先輩」
「......椎名のお友達か。奇遇だね」
勿論奇遇などではない。この男が図書館に顔を出すのは前もって把握ずみだ。こんなことはしたくなかったが、待ち伏せさせてもらった。
私がわざわざ30℃越えの炎天下に参じるのには理由がある。この男と話さなければいけない。いけ好かない奴と話さなければいけない。
立ち話もあれですし、お茶でもどうですか?なんて適当なことを言って、近くのカフェに誘う。どうせ、暇なんだろう。いや、違ったな。椎名のお誘いを断るほどお忙しお方なのだった。そんなお方が私のお茶に付き合ってくれるとは実に恐れ多い。
初めて入ったカフェだが、平凡な外装に反して、古民家風のノスタルジックな作りだった。コーヒーの香りが我々を席に案内する。
窓辺の席だ。
十字の窓枠が真新しい図書館を4分割している。
香りがホットコーヒーを注文させる。なんというか、この香りを絶やしてはいけないような気がするのだ。店主はカウンターで静かに我々の準備が出来るのを待っているようだ。思いのほか歴史のある店なのかもしれない。ここに来る人々、歴史が透明な幽霊となり、香りに姿をかり、我々を歓迎しているのだろう。
「......良い店だ」
先輩の注文が決まったらしい。
この意見に関しては同感だ。意外に話があうのかもしれない。
雰囲気を読んだのか、店主が注文を聞きにくる。
ご注文はお決まりでしょうか?と店内の雰囲気を壊さない最小限の紳士な声だ。
勿論、私はホットコーヒー。
この店の香りの一部になれるほどの光栄はないだろう。
「ホットコーヒーをお願いします」
「僕はメロンクリームソーダください。あっ、ストローは大丈夫です」
この男とは話しが合わなそうだ。
「一つ、恋愛について考えを聞かせてくれませんか?」
「恋愛相談ではなく、恋愛についての議論か」と先輩は行って、ニヤリと笑う。「嫌いじゃない」
「では、人は何をもって恋に落ちると考えます?」
私はコーヒーを一口のみ、質問をする。
「いろんな要素はあるだろうが、キーワードは"運命"ではないだろうか」
「ほう。運命」
「偶然よく合うだとか、共通点だとか"運命的"な要素によって人は恋に落ちるんじゃないかな。それが稚拙であろうと、"運命"などと大層なものではなくても、人は誇大化して物語にするのだと思う」
先輩は緑の海で白い浮島で遊びながら考えを述べた。
「そうですね。確かに全ての物語には"運命的"な出来事があり、恋に落ちますものね。一目惚れは駄作です。考えを放棄していると言ってもいいでしょう」と私は言う。「しかし、この"運命"という刹那的な出来事はそれほど重要なのでしょうか?それは物語の技法であって現実はそうではないと思います」
「ここからが君の主張だね」
「ええ、人は"慣れ"によって人を好きになるのではないでしょうか」
「......」
「時間に置き換えても良いのかも知れません。過ごした時間といって良いのかも知れません。日常の一部だからこそ失いたく無いのではないでしょうか。家族だってそうです。最も長く過ごしているからこそ、大事なのです。失いたくなくなるのです」
「ただそれだと――君が言った通り、僕達は家族が最愛になってしまう。ストルゲーもまた恋愛となってしまうんじゃないか」
「それは論の話です。ですが議論ですからその通りですね」
「では二つを合わせて、恋愛には2つの段階があり、一つは偶然の出会い、次に時間による愛着。これであれば、家族愛は除外することができる」
「流石です。脱帽です」
「もう少し練れば真理に近づくような気がする」
先輩は探求スイッチが入ってしまったようだが、私の1つの要件は済んだ。あるいはもう一つの要件が刻々と迫ってきている。
「さて、お会計をしましょう」
「もう帰るのか?」
先輩は話し足りないと言った風だ。
「長居も悪いですし、外で話ましょう」
相変わらず炎天下。
おまけに蝉も鳴いている。
この通りを歩いて入れば、彼女に会えるだろう。これは彼と彼女へのサプライズだ。
「暑いな。異常気象ってやつか」
「ええ」と私は適当に返す。
もしかしたら、珍しく家で塞ぎ込んでいるのかもしれない。だとしたらそれは運命だ。
ああ、そうだ。と私は言い、十字路で議論の続きを話す。
「私達は運命だなんだって、キャラクターを演じますが、残念なことに私達は現実を生きています。現実は人間の思惑と行動から形成されるのが大抵です。そこに神が介入する隙間なんてほとんどありません。皆が皆、互いの掌で踊りもつれ生きているのではないでしょうか」
「......」
「先輩、少し屈んでください」
「?」
「顔をこっちに下ろすんですよ」
先輩は不思議そうに、しかし指示に従う。
私は向かいの信号に背を向け、先輩の顔を私の顔で隠す。
向こうの信号下では、椎名がポカリと口を開けて、こちらを眺めている。それから、口元と目をわなわなとさせ、踵を返し走り出す。のだろう。残念だけど、私の角度ではその様子が見えない。ホントに残念だ。
「ゴミが付いてました」
「ああ、そうか」
「あれ?椎名じゃないですか?」と私は演技を始める。「もしかして私達がキスしてるって勘違いしたのかもしれないですね」
「なっ!」
先輩は椎名を追いに走り出しそうになる。
「赤ですよ先輩」
「......」
しばらくして信号が青に変わる。
「物語もいいですが、現実もみて上げてください」
そんな捨て台詞を吐き私は帰路につく。
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