第6話

 「告ろうとおもいます」

 夏休みの初日、椎名に図書館のカフェテラスに呼ばれた。

 いつものような相談だと――彼や彼女に関する愚痴を聞かされるのだと思っていたのだが、後ろ向きの感情を話されるのだと思っていたのだが、今回はなかなか前向きで建設的な話になりそうだ。


 しかし、何が椎名を動かしたのだろう。行動力の化け物だけど、肝心なところでチキンな彼女がなぜ告白をしようと思ったのか。夏休みの開放感に流されるタイプじゃないだろうし、きっと私の知らないところで何かが、あるいは誰かが彼女を動かしたのだろう。お供と共にエメラルド城に行って魔法使いにでもあったのか。余計なことをしたのは一体誰なんだ。


 「いったいどういう風の吹き回し?」

 私はパンケーキにナイフを入れる。

 「......私は成長したの」

 「ふーん」

 魔法使いは石田先輩だろうな。消去法だけど。恋敵だからこそ、彼女のことはだれよりも尊敬しているのだろう。


 「それで決行はいつ?」

 「結婚は早いよー」

 「けっこうだよ。決行」

 "告白"という言葉を恥じた私も悪いな。

 それにしても、

「ずいぶんと自信ありげじゃない」

 私は少し意地悪を言う。

 「ただの選択だからね」と椎名は言う。「受け売りだけどね」

 「......よくわからないけど、椎名がいいならいいんじゃないかな」

 あーあ、ホントに可愛い。私の椎名。

 

 こんなんなら、私の言葉で彼女を変えてあげたかった。誰か分からないけど、恨みます。それは私の仕事だったのに。いいや、私がやってきたのは椎名を椎名のままでいさせるための毒にも薬にもならないことだったのかもしれない。彼女に必要なのは療養ではなくショック療法だったのあろう。ポンコツテレビみたいな子だ。


 せめて彼女の青春の欠片になりたい、そう思った。


 「決行は来週の夏祭り!!!」

 椎名は自分自身を鼓舞するように言う。

 「愚痴りたくなったらいつでも呼びなよ」

 ――ダメだったら私においで。



   〇


 

 第二章に入り、区切りが良かったのでそこで栞を挟む。

 デジタル時計は既に23:00を表示していた。この調子だと、明日には読み終わりそうだ。夏休みだから椎名でも誘って散財するのも悪くない。しかし、この前の祝勝会で既に散財している。文無しではないが、何となく抵抗がある。しばらくは図書館で過ごすか。上巻は書店で買ったが、下巻は図書館で借りよう。


 眠くなるまでの暇つぶしに、明日の予定を立てているとスマートフォンの画面が光っていることに気付く。

 ――石田先輩か。

 「珍しいですね。何かあったんですか?」

 『すまないね。夜食を買いに出かけたのだが、君の家の近くを通ったから電話してみたんだ』

 僕はカーテンを開く。部屋は二階にあるため、方角さえ合っていれば先輩を見つけられるかもしれない。街頭の下で先輩らしき人が立ってた。

 「今降りますね」


 「こんな夜中に悪いね」

 先輩は半袖短パンにビニール袋とラフな格好だった。

 「呼ばれれば何処にだって、パンだって買いに行きますよ」

 「そんな後輩に育てた覚えはないぞ」

 街頭の光は先輩の影を強調している。

 先輩が小首を傾げる度に、目尻の影は目頭に流れ、鼻梁を伝い鎖骨の窪みに溜まっていく。

 

 「いま、エロいこと考えてただろ」

 ニヤリと笑い、わざとらしく僕の顔を覗く。

 「寝る前の習慣ですよ」

 「おえー」


 少し歩こうかと、先輩は提案する。僕は彼女に従う。大抵の場合、彼女に従う。

 「受験勉強ですか?」 

 「3年生だからね」

 「その様子だと外部受験ですか」

 「うん。やりたいことがあるんだ」

 「また走るんですか」

 「まさか、もう走りきったさ」

 先輩は清々しく笑う。この人のこういうところが格好いいと思う。憧れるし、同時にまねできないと思う。

 

 「寂しくなりますね」

 「週間が月に変わるだけだよ」

 「そういうもんですかね」

 「ああ、そういうものだ」


 「携帯鳴ってるぞ」

 確かに、振動があった。誰かからメッセージがきたのだ。

 「急用じゃないですよ」

 

 30分ほど歩き、別れが迫る。

 「来週の花火大会、一緒にいきませんか?」

 「夏祭りの前日だっけ?花火大会だけ?」

 「出来れば夏祭りも行きたいです」

 受験生を遊びに誘うこと自体が申し訳ないのだが。しかし、先輩が良いというのなら願ってもないことだ。

 

 「受験生を誘うとは自分勝ってな後輩だ」

 「自分勝手な先輩に育てられたので」

 「誰のことだよ」

 と、先輩は笑う。

 

 

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