第3話

 今日も張り切って行きましょう!

 なんて、嘘。ただの鼓舞。虚勢と作り笑い。

 

 今日は水曜日。

 水曜日に目覚めた私は悲哀でいっぱい。

 年中暇人の唯ちゃんは委員会だし(メンタルケアをしてくれる親友を暇人なんて言ってはいけませんね)、なにより水曜は陸上部が休み。


 なぜ文芸部の私が陸上部を祝日を残念がるのか?まあ、良いじゃないですか。どうせ後で分かります。嫌なことは後回しにしましょう。


 普段占いや恋愛本ばかり読んでいるからか、日付やその日のアイテムに一喜一憂してしまう。一見、論理や文脈のないように見えても、その実、論理や統計が含まれているものだ。風吹けば桶屋が儲かるってやつです。例えばそう......。ああ、やだなあ。


 クラスメイトに別れの挨拶をして、重い足取りで階段を下る。すれ違う友人達にバレないように笑顔を作る。意外とバレない。私は笑顔の天才なのだ。日曜生まれの快活で陽気、優しい子ども。


 靴箱で靴を脱ぐ振りをして、上履きのまま外に出る。誰も見ている訳でもないし、迷惑になる訳じゃない。

 こういう積み重ねなのだろうか?いいや、これは流石に気にしすぎか。


 「ハンプティ・ダンプティー塀に座った、ハンプティー・ダンプティー転がり落ちた......」

 小さく口ずさみながら、旧校舎1階に向う。

 旧校舎1階奥――文学部部室。

 

 いつもは楽しい廊下なのに、水曜の廊下は最悪だ。足が重い。少し前に足首まで濡れたような不快感がある。手前の部屋は物置が続いているので、ガラスに自分の姿が映る。毎度驚くのだけれども、内心とは裏腹に平気そうな顔をしている。


 静かに扉を開ける。

 水曜日になんて目覚めるべきではなかったのだ。


 一樹先輩が窓に肘をつき、窓の外の体操着の少女と話しをしている。

 体操着の少女――石田琴音先輩。一樹先輩の一つ上で、私の2年先輩。すらりと背が高く、かなりの美人だ。美人特有の冷たい表情、情緒の薄さにより多くの人は冷たい人、と評価するらしい。しかし、私が見る限り、水曜日の彼女を見る限り、ころころと表情が変わる気さくで楽しそうな人だ。


 美人な上に真面目。陸上部に所属する彼女は部活が休みの日は旧校舎と体育館の裏で短距離走の練習をしている。先輩が言うには高校生活は陸上に専念したいそうだ。そう、一樹先輩告って振られているのだ。振ったのなら、あんな楽しそうな表情するなよ。部活を選んだのなら、捨てたそれを寄越せ。口だけじゃないか。捨てた振りじゃないか。


 胸がキリキリする。

 劣化した扉は、半分以上引くと大きな音がする。まだ三分の二。音はしない。帰ろうか。また胸がキリキリする。もしかしたら、一樹先輩はまた告白するかもしれない。そして、今度こそ......。


 私は扉を引ききる。

 案の定、不細工な動物の鳴き声のような音が響く。

 「あれっ?三月ちゃん」

 石田先輩は私に手を振る。


 「ハハ......」

 私は出来る限りの笑顔を作り、振り返す。ちゃんと笑えているだろうか?

 頼むぜ笑顔の天才。


 「それじゃあ」と言って、石田先輩は窓の縁に置いたストップウォッチを掴み、練習に戻る。


 「綺麗な人ですよね」

 走っている石田先輩に惚けている先輩の心を言葉にする。

 「ああ、おまけに努力かだ」

 「でも、そんなにみてたらセクハラになりますよ」

 「応援だよ。いかんせん今週が決戦らしい」

 「またフラれにいくんですか?」

 「大会だよ」

 先輩はばつが悪そうだ。


 「見に行くんですか?」

 「ああ、祝ってやろう」

 やろうって、私も行くことになってる。

 それにしてもこの人は何にも分かっていない。この人は努力すれば報われると思っている。きっと、彼にとってはそうなのだろう。ただ、皆が皆そういうわけじゃない。どんなに頑張ろうと報われない人は報われない。


 こんなことはいいたくないが、石田先輩は残念だけど表彰台に立てない。報われない私が言うのだから間違いない。

 

 

 

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