四の下 劉邦おじさん、なんか、立つ



 一方そのころ、はいの県令の部下に、二人の有能な男たちがいた。

 一人は蕭何しょうか

 もう一人は曹参そうさんという。


 しんが暴虐をほしいままにして重税を課し、天下は恨み反逆して乱れようとしている……この状況を見た蕭何しょうか曹参そうさんは、ともに計略を巡らせた。


はいの県令を頭にして、反乱軍を旗揚げしよう」

「我々に賛同し力を貸してくれる強者つわものを集めるんだ」


 こうして集められた強者つわものの中に、あの樊噲はんかいがいた。

 そして樊噲はんかいの親友にして義兄である劉邦も反乱軍に招き入れよう、という案が持ち上がった。


 樊噲はんかいから連絡を受けた劉邦は、喜んではいに駆けつけた。彼の後に続く兵は数百人。なかなかに勢い盛んである。


 ところが、接近してくる劉邦勢を見た県令は、その兵力を見て驚き、狼狽ろうばいしはじめた。

 蕭何しょうか曹参そうさんを呼びつけ、県令はつばを散らして責めたてた。

「お前たち、だましたな!? わしを補佐するなどと言っていたが、本当は他所よそから軍勢を招き入れ、わしからはい県を奪おうと企んだのだろう!」


 不安と怒りに駆られた県令は、蕭何しょうか曹参そうさんを処刑場に引き出して斬るよう命じた。


「いけません! 蕭何しょうか曹参そうさんはい県のかなめですぞ!」

 と、周囲の人々が声をそろえて命乞いをしてくれたため、ひとまずその場は、処分保留ということで収まったのだが……



   *



 その夜。

 蕭何しょうか曹参そうさん、そして同志数十人は、はいの城壁をムリヤリ乗り越えて、外の劉邦に会いに行った。


 彼らが言う。

「県令は頭が悪い。ともに大事を議論するに値しません。

 劉公、あなたの勢力は大きい。

 今、時流に乗ってはいの城を攻め取り、しばらくこの地に人馬を駐屯させて義兵を起こし、諸国の軍勢を招き寄せれば、四方の勢力が共鳴するように応じます。後には天下を取ることもできるでしょう」


 劉邦は戸惑とまどい、頭をいた。

「うーん、まあ、そういうことなら、あなたがたで計略を巡らして、はいの城門を開いて県令を殺してくださいよ。

 その後、賢くて徳のある君主を立て、今度は人望を大切にすればいい。そうすりゃ、しんへの反乱なんていう大事業も、きっと成就じょうじゅするでしょうぜ」


 蕭何しょうかは静かにうなずいた。

「城の中の住民たちは今、心乱れて不安がっています。手紙を矢にくくりつけて城中へ射こみ、人々に利害を説き示したなら、必ず内紛が起きて、一日も経たずに城は落ちるでしょう」


 そこで、その夜、手紙を作って城中へ射こんだ。

 その手紙の内容は、こうだ。


『天下はしんの過酷な法律に長いこと苦しんできた。

 民衆は安らかに暮らすことができなくなり、それゆえ、あちこちで豪傑たちが立ちあがった。

 我は今、義を唱えて仲間を集め、おおやけの会議を開いてはいあるじを選び直し、各地の反乱軍諸侯に呼応して、ともに大事を為そうと思う。

 もし君たちがこれを読んで投降するなら、余計な殺戮さつりくをせずに済む。

 だが君たちが天命に逆らうなら、城が陥落する日に、玉石と一緒に焼かれることになるだろう。

 その時になって後悔しても、どうすることもできないぞ』


 城中の民衆はこれを見て、ひそかに議論した。

「劉邦は、人相や性格が人並外れていて、天授の威厳を持っているそうだ。

 それが今、兵を引き連れて城を囲んでいる。蕭何しょうか曹参そうさんさえ、すでに投降してしまった。城がもし打ち破られたら、我々はみんな殺されるぞ。

 こうなったら、我々も早く投降して、災いをまぬがれよう」


 こうして、民衆は役所を急襲して県令を殺し、城門を開いて投降を願い出た。



   *



 狙い通り、あっさりとはいの城は落ちた。

 劉邦勢と一緒に入城した蕭何しょうか曹参そうさんは、すぐに城中の主だった人々と相談し、こう結論した。

「劉邦をはいの県令にして、民を治めましょう」


 劉邦は固辞した。

「俺ェ? いやいや! そりゃいけない!

 今、天下は乱れて諸侯が国々に蜂起している。こんな時に良くないあるじを立てたら、そりゃ民衆にとって害ってもんだ。

 俺は徳も薄いし、才覚はおそまつだし、たぶん民を治めることはできないよ。もっと賢くて徳のある人を選んで県令にしなさいよ」


 しかし民衆は、みんなそろって劉邦を取り囲み、口々にうったえる。

「劉邦さん、うわさは聞いてますよ。あなたには世にまれな才覚があって、大いにたっとくなる運命なんだって。しかも、卜筮ぼくぜい(占い)でも『劉氏の末っ子が最も吉』と出たんです。

 あなたがもし県令になってくれないなら、我々はみんなこの街から逃げ出します」


 こうまで言われてしまっては、もう断り続けることもできない。劉邦は、ついにはいの県令を引き受けた。

 以来、劉邦は沛公はいこうと呼ばれるようになった。


 蕭何しょうか曹参そうさん樊噲はんかいらは、はいの長老たちを引きつれて、劉邦の県令就任を祝った。

 そして新たに旗印を立てた。

 真っ赤な旗……赤帝の印にならった旗だ。


 それから10日が過ぎる間に、はいじゅうの若者たちが集まってきて、劉邦の軍勢は三千人にも膨れ上がった。


 かくして、一介のなまけものに過ぎなかった劉邦は、あれよあれよという間に立派な反乱軍の頭に成りあがってしまった。

 そして、同時期に反乱軍として立ちあがった陳渉ちんしょうと友好関係を結び、ともにしんを討とうと動き出したのである。



(つづく)




■次回予告■


 先駆ける陳渉ちんしょう。動きだす劉邦。暴しんを打ち倒さんと義兵反乱あいつぐ中で、いま一人の英雄が立ちあがる。

 若くたくましき肉体に鬼神の如き力を秘めた、中国史上最強の武将。遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 天下無敵、抜山ばつざん蓋世がいせい、これぞ戦神、項羽なる!


 次回「龍虎戦記」第五回

 『戦神項羽、ここに立つ!』


 う、ご期待!

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