三の下 奸臣どもの策謀



 趙高と李斯りしは、ともに胡亥こがいまみえた。


「今、しんの王権の存亡は、君とわたくしどもにかかっております。

 もし遺詔いしょうを守って太子扶蘇ふそを皇帝とすれば、実権は必ず他人のものとなり、君も遠国に追いやられるでしょう。

 そんなことになったら、どうして身の安全を守ることができるでしょう?

 ですから、ひそかに遺詔いしょうを書きかえ、君を帝位につけて、ともに富貴を享受したいと思います。

 この考え、我が君は、いかがおぼしめしますか?」


 胡亥こがいが言う。

「兄を廃嫡して弟を立てるのは、人倫を乱す行為だ。

 父のめいに逆らって好き勝手をするのは不孝だ。

 他人の位を奪って害を与えるのは不仁だ。

 この三つのことは、道理に逆らい、法律に違反している。

 おそらく天下は僕に服従しないだろう。僕はお前の意見には従えない」


 趙高が言う。

「いえいえいえいえ! そんなことはございません。

 小さな節度を守って大きな仕事に失敗し、ほんのちょっとの正義を気にして遠大な計画を滞らせる。こういうのを『不達ふたつ』と申します。

 絶好の機会を逃してはなりません。王権を他人に貸し与えてはいけません。

 我が君、早く御心をお決めなさい。後でいるような事態にしてはいけませんよ」


 胡亥こがいはこれを聞き、

けいらで良きにはからえ……」

 流されるまま、そう命じてしまった。


 趙高は大いに喜んだ。

 すぐさま李斯りしとともに遺詔いしょうを書き改め、

胡亥こがいに位を譲り、扶蘇ふそに死をたまわる』

 という内容を公表した。


 そして閻楽えんらくという者を使いにして、扶蘇ふその済む上郡へつかわした。

 閻楽えんらくは、この時まだ始皇帝が崩御したことを知らなかった。

 まだ始皇帝が生きているものと思い込んだまま、車の前に拝伏して勅命ちょくめい(皇帝じきじきの命令)の要旨を聞き、上郡へと馬を飛ばしていった。



   *



 上郡では――

 勅使ちょくし(皇帝が送る使者)が到着したと聞き、太子扶蘇ふそ蒙恬もうてん将軍は遠くまで出迎えに行った。

 つつしんで始皇帝のみことのりを聞くと、その内容はこうだ。


『始皇帝の三十七年、七月十三日。

 始皇帝、みことのりしていわく――

 いんしゅうの三代国家は、こうの精神によって天下を治めて、人間の根本を手厚く保護した。

 父はこうをもって人としての筋道を通し、子はこうをもって仕事に力を尽くす。

 これに違反するのは、にもとり、常識に逆らうことであって、人の道ではない。


 我が長子扶蘇ふそは、徳をとうとぶことも、土地を開拓することも、功を立てることもできなかった。

 わざわざ文書を上奏して大いに誹謗中傷し、狂った反逆行為をほしいままにした。

 父子の情のうえでは憐れむべきことのようではあるが、先祖から続く法においては許しがたい。


 ちんは、すでにみことのりして胡亥こがいを太子となし、お前を廃嫡して庶人しょじんに落とした。

 毒薬酒と短刀をたまわるから、自決せよ。


 また、蒙恬もうてん将軍は兵に足踏みをさせたまま都の外にいて、国威を元通りに正すことができなかった。

 ゆえにこれも誅殺ちゅうさつしようと思った。

 しかし、万里の長城を築く工事がまだ完成していないから、しばらく保留にして工事を監督させる。

 以上、ここにみことのりして示す。細部までよく読んでおくように』


 扶蘇ふそは、みことのりを聞いて涙を流した。

「私は常にまっすぐ諌言かんげんしていたから、深く恨んで死をたまわったのだろう。すぐに毒の薬酒を飲んで死のう」


 蒙恬もうてんが制止する。

「お待ちください。始皇帝陛下は、長い間この私に大軍30万を授けてこの土地を守らせ、殿下を軍の監督になさいました。これは天下の重大任務であります。

 それなのに今、理由もなく死をたまうというのは、おかしい。

 おそらくはいつわりでしょう。

 陛下と直接ご対面になって、事実か嘘かをよくお聞きになり、その後でお死にになっても遅くはありません」


 扶蘇ふそは言った。

「父のめいはすでに出たのだ。道理に反してはいけない。

 もしいつわりではないかと疑って直接にお尋ねなどすれば、いよいよ不孝の度を増すというものだ。

 勅使ちょくしは確かにここにいる……どうして事実か嘘かなど論じられようか」


 そして毒酒を一気に飲んで、死んでしまった。


 蒙恬もうてんは、扶蘇ふそかばねを抱いて悲しみ、いた。

 そして彼の配下にあった三軍もまた、ことごとく涙を流したのだった。



   *



 閻楽えんらくは、急いで帰ってこの様子を伝えた。

 李斯りしと趙高は、これで安心だと喜んだ。

 そして始皇帝の車を守護して、井徑せいけい九原きゅうげんを通って咸陽かんよう宮へ帰還した。


 ここで初めてを発し、始皇帝の崩御を公表した。

 改竄かいざんした遺詔いしょうをかさにきて、胡亥こがいを帝の位につけ、二世皇帝と名乗らせた。


 その九月。

 始皇帝を驪山りざん(現在の陝西きょうせい省)のふもとに葬り、数万の珍宝を埋め、宮中に仕えていた女官の中で子がいない者を、おおぜい墓の中へ殉葬じゅんそうした。


 二世皇帝を傀儡かいらいとして、李斯りしと趙高は権力を独占していった。

 天下の法律を厳しくし、百姓に残忍な暴力を振るい、大臣や公子に対してすらもみだりに誅罰ちゅうばつを加えた。

 四海(世界)は彼らを怨み、反逆の軍勢が競うようにあちこちで立ち上がりはじめた……



   *



 あるとき、二世皇帝は群臣に向かって言った。

蒙恬もうてんは長いあいだ大軍を率いて都の外にいる。

 彼の兄弟一族が都の内にあるが、それと呼応して内外から乱を起こすかもしれない。ことごとく殺そう」


「お待ちください!」

 一人の若者が声をあげた。

 彼の名は子嬰しえい

 趙高たちのはかりごとで殺された扶蘇ふその息子……つまりは始皇帝の孫。二世皇帝から見ればおいにあたる男である。


もう氏は、数代にわたって功を重ねたしんの大臣です。

 今、理由なくこれを捨てて新しい人を用いれば、群臣は心服しなくなり、士卒の心も離れてそむくでしょう」


 しかし、二世皇帝はこれを聞き入れなかった。

もう氏の九族を殺し尽くせ!」


 九族、とは……

 本人を中心として、上に四族(父、祖父、曾祖父、高祖父)……

 下に四族(子、孫、曾孫、玄孫)……

 さらに、その同世代の親族まで含めたものを言う。


 つまり二世皇帝は、徹底的な一族皆殺しを命じたのである。

 これを族誅ぞくちゅう、あるいは族滅ぞくめつという。

 他に比べるもののない、極めて残虐、苛烈な刑である。



   *



 上郡にいた蒙恬もうてんも、この話を耳にした。

「私は功をしんに積み上げること三代にわたり、いま精兵30万を統率しているのだ。謀反を起こすつもりなら、いつでも起こせる。

 それなのに義を守って軽々しい行いをしないのは、先人の教えを辱めないためだ! 先王の恩を忘れていないからだ!」


 そう絶叫するや、蒙恬もうてんは自ら毒を飲んで、死んだ。



   *



 これを聞いて、さすがの二世皇帝も、九族皆殺しだけは思いとどまった。

 しかし、蒙恬もうてんの一族を都に置いておくのも気持ちが悪い。

 そこで、はるか西の辺境、しょくの国へと追い払ってしまったのだった。



(つづく)




■次回予告■


 暴政。圧制。不正の犠牲。日に日につのる民の怨みへ、ついに火が付く時がきた。燃えたつ反乱、蜂起する賊。混沌の坩堝るつぼと化した大陸で――呑気にあくびする男が一人。

 学もなければ金もない。ちゃらんぽらんの飲んだくれ。そんな男がなりゆきで反乱軍のかしらになったからさあ大変。誰が予想しただろう? 現代まで続く漢民族、その歴史がこんなおじさんから始まろうとは!


 次回「龍虎戦記」第四回

 『劉邦おじさん、なんか、立つ』


 う、ご期待!

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