二の下 始皇帝暗殺計画
一方、
「失敗した!」
と悟った張良は、足に任せて逃げ出した。
「すまぬ、蒼海公。最後まで私を
始皇帝を
私は生きる。
泥水を吸ってでも生き延びて、いつか必ず
君の死は無駄にしないぞ、蒼海公よ!」
しかし、これからどうしたものか。
張良のところにも、すぐに手が回るはずだ。
もう家に帰るのも危うい。
さまざまに考えを巡らせた末、長江下流にある
その名は項伯。
項家は
それゆえ項伯は張良に深く同情し、こころよく
*
張良は
当時の中国の都市は、城壁に囲まれた城塞都市である。
ずっと壁の中にいるのは、気が
さて、
黄色い衣を着た老人が、橋を通りかかった。
と。
老人は突然
そして張良を
「そこの若造! わしの
張良は、ハッとした。
「あの老人、仙人の気と道士の骨格を持っている。ただものではない」
張良は、急いで川に飛び降り、
老人はその
が、またも
「取ってこい」
と言う。
張良は少しも嫌がらず、また取りに行って、ひざまずいて差し出した。
結局、これを繰り返すこと三度。
三度目にして、ようやく老人はにっこりと喜びの笑みを浮かべた。
「坊やに教えをさずけてやろう」
老人は、橋のそばに生えていた木を指さした。
「五日後の朝、あの木の下へ、わしより早く来て待っておれ。そうしたら、いいものをあげよう。絶対に約束を破るんじゃないぞ」
そう言い残して、老人は去っていった。
*
五日後……
老人の言葉通り、張良は早朝にやってきた。
だが、老人はそれより早く木の下に座って待っていた。
「きさま、年長者との約束を破ったな! なんで遅れてきたのだ!
また五日後、今度はもっと早くこい」
やむなく、この日は虚しく帰り……
また五日後。張良は夜の
しかし、またしても老人が先に来ている。
老人が怒った。
「若造め! なんでそんなに怠け者なのだ。
また五日後だ。今度こそ早くこい」
さらに五日後。
どんなに早起きしてもダメだ、と悟った張良は、前日のうちに木のところへ向かった。
さすがに老人はまだ来ていない。いまからずっとここで待っていればよいのだ。
待ちはじめて半時(一時間)ほど経った頃、はたして老人がやってきた。
張良は再拝(二度拝むこと。中国の礼儀作法)して、月光の中で老人を見た。
老人は皮の冠をかぶり、黄に染めた道士の服を着て、竹の杖をたずさえ、ひょうひょうとしている。
まさに真の神仙の装いであった。
張良は地面にひざまずいた。
「どうか、私に教えをお授けください」
老人が言う。
「お前は年が若いのに力が強く、骨格が清奇だから、いずれ世に出て帝王の師となるだろう。
幸いにも、今わしと出会うことができた。これは
そこで、お前に三巻の秘書を授ける。
これを読めば、奇謀神算おそらくは孫子や呉子をもしのぎ、功をなした後で身を退く鮮やかさは
韓のために
十年後、お前は必ず世に出ることになる。
それからさらに三年後、天谷城の東で、お前は一人の国君を葬るだろう。
そのとき、空き地の中に黄色い石が一つある。それが、このわしなのだよ」
奇妙な予言を残して、老人は消えてしまった。
張良は三巻の書を持って家に帰り、日夜、これを読みふけった。
その書こそ、かつて
読めば読むほど、広い広い知恵の世界へ心が開けていくように思える。
張良はその理論を学び、自ら工夫を凝らしつつ、項伯の家で静かに再起の時を待った。
*
今はまだ、一人の逃亡者でしかないこの張良。
彼がやがて、その知性と才覚をいかんなく発揮し、中国史上最高の軍師として語り継がれることになるのだが……
その
(つづく)
■次回予告■
『
その
次回「龍虎戦記」第三回
『奸臣どもの策謀』
次の更新予定
龍虎戦記 ~項羽vs劉邦~ 外清内ダク @darkcrowshin
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