とあるアプリで出題されたテーマから紡がれるストーリ

砂坂よつば

知らない部屋からの脱出

 ふと目が覚めた、何も音がしない。

静かだ。まだ夜中なのだろうか、ベッドから起き上がり辺りを見渡すと……。

そこは自分の部屋ではなかった。

隣の部屋だろうか。誰かが何か叫んでいる。

音のする方へ壁に耳を当ててみた……。


「出せーー!!ここから出しやがれーー!!


一体どういう事だ?

俺は、この知らない部屋からきっと明日も明後日も出られないのだろか。


 隣の部屋から声の音量がたそがれ始めた。それもそうだろう。

誰だって1時間以上も叫べば、疲れてしまう。

聞いているだけの俺でさえ疲れて来た。

壁から耳を離し、ベットに戻り少し横になった。

枕の下に手を入れると何かが手に触れる。

それを掴んで、仰向けになった。

起き上がり、胸の前で手を開くと小さく4つ折りに折られた紙切れを手に入れた。

紙を広げるとこんな文章が書いてある。


『過去の自分へ こんにちは。

知らない部屋にまた来てしまったんだね。

どうすればいいのか、何をしたらイイのかわからないだろう。大丈夫さ周りをしっかりみて判断するんだ。君なら出来るさ!冷静になれよ!そうだ。大事なことだから覚えててくれ、【黄昏】にはくれぐれも気をつけろ』


【黄昏】には気をつけろ、どういうことだ?

謎が深まった気がする。

だけどこれだけははっきり分かった。

俺は一度この部屋に来たことがあるらしい。


 未来の俺はこの部屋から脱出したのだろう。

だったら奇跡をもう一度起こして、また脱出すればいいだけの話だ。

紙切れの文章にはヒントがある。

まずは部屋の周りを見ることから始めよう。

ベットは部屋の中央に置かれている。特筆したレイアウトではない。

一人暮らしを始めたばかりの、友人の家に遊びに行った時がそんなレイアウトだったなぁと思い出した。ぐるりと一周して分かった事、この部屋には窓がない。

おかしい、おかし過ぎて笑えない。

不自然過ぎる部屋のレイアウトの箇所に俺は、疑問を抱くのだった。


 この部屋についてもう少し冷静に調べてみる。

ベットを部屋の中心に枕側を【北】の方角と仮定して、壁にカーテンレールが埋め込まれている。オレンジ色のカーテンがかかっている方角が【西】だ。

何故西だと思ったかそれは、カーテンの色である。

オレンジ色は「黄昏時たそがれどき」を現している。

黄昏時を調べるとすぐに答えが出るが、ここでは調べる手間を省く為説明しよう。


『1日のうち日没直後、雲のない【西の空】に夕焼けの名残りの赤さが残る時間帯』


と言うことだ。このカーテンを開けても残念なことに白いどこにでもある壁だったので、俺はこの部屋には窓がないと判断できた。あとの方角は簡単だ。

北の反対は【南】であり、西は【東】だ。

ありえない話だけど未来の俺にもし巡り会えたら


「お前のおかげで脱出できたぜ」


……なんて恥じらいながら感謝の言葉を述べるだろうな。


 そんな事を考えていると


 『踊りませんかー♬踊りませんかー♪』


隣の部屋(【東】の壁)から再び声が聞こえて来た。

何を思ってか今度は––––


『踊りませんか〜♪うふっふぅ〜♪踊りませんか〜♫』


と大音量で歌い出した。しかもそのフレーズだけエンドレスに。

頼むから静かにしてくれ。

俺は【南】の方角にある机に向かい、折りたたみ式のパイプ椅子に座り、見つけた鞄の中にあるはずと信じて脱出する為のヒントを探していた。


 鞄の中にヒントが書かれた紙切れを発見した。

真っ黒に塗りつぶされて、中央に4つ白い点が描いてある。

指で点と点を結ぶと歪なひし型に見える。

下の点の位置が上の点と左右の点に比べて異常に下の方に離れて描いてある。

もしかして全ての点と点を繫げることが間違っているのだろうか。

もう少し鞄の中を探してみよう。

すると内ポケットからもう一枚半透明の紙を発見した。

先ほどと同様な位置に白い点が描かれてその点の隣には

『α(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、δ(デルタ)』

と文字が書かれている。

これはギリシャ文字だ。意味がありそうだな。

とりあえず、2枚の紙を重ねるとピッタリと4つの点が重なった。


 俺は思い出した。昔、小学生の時遠足でプラネタリウムに訪れたこと。

同じクラスで友達のあいつは、やたら宇宙や星座のことが詳しくて、俺に一生懸命教えてくれたっけ?


「南十字星っていう星座、日本ではあまり見えなんだよ。ボクさ、大人になったら絶対見に行くんだ!!」


あいつ今頃どうしてるだろう。

小学生を卒業して俺は、私立の中高一貫校へ入学したからあいつとは小学生を卒業してから春休みに一度会ったきりでそれ以降全く会っていない。

あぁ、なんだか久しぶりに会いたくなった……。


 昔の記憶を思い出していると、よく親父に言われた言葉がある。


『過ぎたことをいつまでもくよくよ想っても現実いまは何も変わらねぇ。だったら未来に進しかなねぇんだよ!!』


それに対して俺は……


「親父に何が、わかる!?俺が……俺がどんなに悩んでいても、俺の話を聞こうとしないで何でも勝手にホイホイ決めやがって!!ウゼェんだよ!」


顔を合わせる度に親子喧嘩して家を飛び出した。

だけど当時の俺は中学生で進級がかかった大事な時期だった為、御袋おふくろがすぐに警察に連絡してしまい俺はものの数時間で、居場所がバレて補導され家に戻された。

親父が軍人、御袋が警察官だと正直気が休まらなくてツラかったなぁと、知らない部屋にいながら過ぎた日を想うのだった。


 南十字星のような4つの点が紙切れ以外にも発見した。

それは机が置かれた【南】側の白い壁だ。

白い点ではなく今度はわかり易く黒の点が4つ描かれている。

俺は、4つの点を十字に指でなぞり中央にあたる部分を力を込めて押してみた。

ズボッ!?壁に穴が空いた。

壁をなぞっている時から見ためとは裏腹に違和感があった。

壁をペンキや漆喰で塗っている感じとも違う、これは紙で貼られたタイプだ。

それでも人差しだけで簡単に壁を突き抜けるほど、俺は武道派のアニメキャラの真似事なんて出来ない、ただの凡人だ。モブキャラに近い存在だと俺は自負している。

では壁はどうして空いてしまったのか。

答えはまだわからない。

わかったとしても判断するにはまだ早い。

現段階では穴は一つだ。俺はまだ南の壁に先ほどと同じ黒い点がないか探して見ることにした。見つけ次第、指に力を込めてみようと思う。


 南の壁一面を舐め回すように黒い4つの点を探しては指で穴を開けていく作業をして、ようやく3つめの穴を開け終えてしばらく経った頃、俺は束の間の休息を取っていた。休憩を取っている場合ではない気がするが、目と指の疲れが半端ない。


「俺も歳だな(苦笑)」


なんて独り言を呟くと……


『20代前半の若者が何を言っとるんじゃバカもん!?』


「えっ?!な、何?誰!?」


部屋の辺りを見渡しても姿が見えない。


『あぁ、こっちこっち。お前さんが穴を開けた場所を覗いてみろ』


言われるがまま覗き込んだ。すると隣の部屋が見える。

マネキンや石像がずらりと沢山置かれ、まるで美術館のような部屋だ。


『そっちじゃない、ま〜っすぐを覗くんじゃよ』


声のぬしは俺が見てる場所がわかるらしい。

素直に従い覗くと、真実の口のオブジェがパクパク口を開け閉めしている。


『お前さん今の部屋から出たいだろう』


「もちろん」


『簡単じゃよ。部屋から出るには何がいるのか考えてごらん』


そう言って真実の口のオブジェは目を閉じて話さなくなった。

それと今更ながらわかったが事がある。

南側の壁の中央付近にだけ、はじめから木の板やコンクリート等で部屋と隣部屋の間は塞がれていない。酷い欠陥住宅のような部屋の構造になっているのではないだろうか。


 そう思うと真実の口のオブジェが言った事がヒントであり、この部屋からついに脱出出来そうな兆しが見えてきたような気がして他ならない。

真実の口のオブジェから言われたことが頭から離れない。


『部屋から出るには何がいるのか』


俺は思考を巡らせ、そして閃めいた。

この感情はとても言葉では言い表せないほどココロオドルような気持ちだ。

小学生の時、図工の授業でも似た感情があった。

何を作ろうか。どんな作品を、どんな絵をえがこうかと心躍らせながら考えたもんだ。

同じ学年で隣のクラスにいるPTA会長の娘が、友達と休み時間に廊下で話しているのを偶然聞いてしまった。

生徒達が授業で作った作品を無断で学校側が、地域のコンクールに応募することがあるらしい。

入選された生徒は担任を通じてこっそり教えてくれるらしいのだが、俺にはピカソのような天才的な才能なんて持ち合わせていなかったので、賞を獲ることはなかった。

だけど、勉強よりも俺は芸術に触れている方が楽しかったんだ。勿論日曜大工もその中に含まれる。

今から俺は脱出する為に〔ドア〕を作ろうと思う!


 ドアを作ると決めた俺は、真実の口のオブジェや石像の置いてある部屋に移動しようと思い、南壁から4つめの黒い点を見つけ指で穴を開けた。

そしてその中心には隣の部屋(オブジェ部屋)との壁が一切ないと判断した俺は壁紙を蹴破り、見事移動することに成功した。

成功したがこのオブジェ部屋にはドア作りに適した材料はあるのだろうか。


 そう思い部屋の探索をする。

マネキンに混じって聖母マリアの石像を発見した。

マリア像の両目からスーッと赤い血の涙が流れている。

この涙の理由を数年前にネットで知った。

どうやら「災いの前兆」や「世界で起きる未来が悲劇であることを伝えている」らしい。

もしかしてこれから俺に災いや悲劇がやって来るのだろうか……。

そう思うと途端に手が震え出した。

落ち着け俺、まだ何も悲劇や災いなんて起こっていないだろ。


 オブジェ部屋にもカーテンはあった。

【東】の方角に壁に埋め込まれたカーテンレール、そして上から緑色、真ん中は黄色、最後に白色といったグラデーションに色がはっきりと分かれることなく上手い具合に混ざりながら変わって行く綺麗なカーテンがかかっている。

このカーテンを作った職人は凄いなぁと感心していた。

カーテンの両サイドを持って左右に開けてみる……。

俺の予想通りこの部屋にも窓はなかった。


「この部屋にもないんだ」


一体このカーテンは何を表しているのか、そして何故窓はないのか。

いくら考えてもわからないがこれもヒントなのだろうと俺は開けたカーテンを閉める。

数体いるマネキンとそれに混じって一体のマリア像の方へ体を向くと、目線が皆、俺の方に向けてられている。体中がゾクと震え上がった。

マネキン達から背を向けた瞬間動いている気がするのは俺の思い過ごしだろう。

半信半疑で俺は再びカーテンの方へ向き直って、3秒数を数えてみる。


「1、2、3」


その瞬間、マネキン側へすぐに振り向く。


「!?マジ……かよ」


数体のマネキンが僅かに動いていたが、マリア像は動いてないようだ。

このまま振り向かずにいたらマネキン達に押し潰されてしまうところだったのか?

ん?ちょっと待ってくれ。なんだか知っているぞ!

あれだ!あの遊びによく似ている。


小学生の時だ。俺の記憶だと低学年の頃、クラスで小学校のグランドを使って放課後、暇な奴ら集めてよく皆んなで遊んだっけ。

その時よく遊んでいたのが【だるまさんがころんだ】だった。

じゃんけんで負けた人は鬼になってグランドから靴箱へ向かう壁の方を向いて、目を瞑り数を数える。

鬼以外はグランドへ散らばる。

鬼の近くに行くか、遠くに行くかは自分で決める。まぁ大抵の人は遠くに行くんだろうけど、俺は毎回中間くらいの距離をいつもキープしていたな。

ルールはいたってシンプルなんだけど、この遊び「忍耐力」と「俊敏さ」が勝つだよな確か……。

つまり俺はマネキン達から【だるまさんがころんだ】ゲームに強制参加したってことかーーーー!?


 子供のようにマネキン達が俺とだるまさんがころんだゲームを楽しでいるような感じは……。

1ミリもない、そりゃそうだろう。

マネキンだもんな。無表情から急に笑顔になっていたらそれはホラーなんだよ。

いや、勝手に動いている時点でもうホラーか(苦笑)


数を数えては振り返る、そして動いた人を指名する。

指名された人は鬼のそばに行き捕まったことになる。

ひとりまたは数名の度胸ある人が鬼の背中にタッチし、捕まった人を鬼の側から解放するという、簡単なルールだ。

しかし、この場合……マネキン達一人ひとりに名前はないので、どうしよう。指差しでいいのか?

何か個別判断できそうなものはと、マネキンから目を離した瞬間だった、1体のマネキンがスーッと動いたのを俺は横目で見逃さなかった。


「お前、動いたよな」


そう言って人差し指を動いたマネキンへ向けた。

するとマネキンはガタガタと震え出し、その場で胴体や頭、手足がバラバラになって崩れた。

しばらくその様子をじっと見つめ元に戻る気配のないマネキンをみて、子供のようにゲームを心から楽しんでいたのは俺の方だったようだ。


 部屋の隅に高く高く積み上げられていく、胴体と頭、手足がバラバラになったマネキン達。

だるまさんがころんだゲームの攻略がわかった俺は1体、また1体と次々に動いたマネキン達を指差していく。残り1体になったマネキンと俺の一騎打ちになった。

もうすぐ勝負が決まるだろう。


「だ〜るま〜さんが〜〜ころ〜〜んだ!!」


振り向くとマネキンは俺に近づきながら自らの左腕を外していた。

あのマネキン何をしようとしているんだ。

壁側に向き直しもう一度


「だ〜るま〜さんが〜……」


ビュン!?

言い終わる前に俺の横を何かが飛んで来た。

そして壁に刺さっている。


「なんだよ!?危ねぇな!……う、腕」


真っ直ぐに伸びた指先の第二関節辺りまで垂直に壁に刺さっている。

振り向くとマネキンの左腕がなかった。

あいつ自分の腕を投げやがった!?

自分が最後だと理解しているのかマネキンはルールを無視してでも勝ちたいらしい。


「そっちがその気なら俺には奥の手があるんだよ!」


そう言いながら俺は高く上げた手をゆっくり下ろしてマネキンに向かって人差し指を差した。


 鋭い眼差しで俺はマネキンを睨みつける。一歩でも動けばあいつの負けだ。

目を逸らすな、じっと見続けるんだ。

先ほど言った奥の手とは俺の中で2つある。

1つは今実行中だ。じっと相手の目を何秒、いや何分間も見つめること。


だるまさんがころんだゲームでコレをやられたら、相手に相当なストレスというダメージを与えることができる。ましてや変なポーズをとっているとなお効果抜群だ。


ゲームとは関係ないが生きている人間で、見つめられる側に耐えれる人はそう多くないと俺は思っている。

実際、俺が他人から見つめられたらせいぜい5秒程度が限界だ。

それ以上はどうしてか恥ずかしくなってしまい目を逸らしてしまう。

同性、異性関係なしに目と目を合わせるのが苦手である。俺の精神的な問題であり相手は決して悪くない。

話をゲームに戻そう、相手はマネキンだ。

何分間でも耐えられてしまいそうだな。

俺の【忍耐力】とあいつの【忍耐力】どっちが上だろう……。


 そんなことを考えている間も微動だにしない。

あれから数分間経ったと思う、正確な時間はわからない。

オブジェ部屋に時計という便利なモノが見つかっていないので、俺の感覚で約10分経ったということにしょう。

それでも相手がマネキンだけあって動かない。

俺とマネキンの忍耐力は五分五分ごぶごぶかもしれない。

らちが明かないので2つめの奥手を使う時が来た……。

俺は深く深呼吸して、自分を落ち着かせる。

壁に向き直しそして浅く空気を吸い込み


「だるまさんがころんだ」


と“早口“で言い終わると同時にすぐマネキンの方へ振り向く。

マネキンは右足を一歩前に出していた。

右手が左足首を掴もうして左足が少し床から浮いている。

グラグラと揺れる胴体カラダ、一歩踏み出した右足で、頑張ってバランスをとっているがその右足さえもフラついている。


 俺は勝利を確信し、人差し指をマネキンに向かって指差しゲーム終了の言葉を放つ。


「お前、さっきから動いてるんだよ!観念しやがれ!!」


バラバラと胴体どうたいと頭、手足が崩れ出す最後のマネキン。


「よっしゃぁああ」


ガッツポーズを取った俺の右手が突然、月の光のようなやわらかな光を放ち出した。


 「えっ!?は?どういうこと!?」


 突然、光出した右手は少しづつ身体からだ全体を覆っていた。

動揺して俺はパニックを起こすんじゃないかと思っていたが意外に受け入れている自分がそこにいた。

ゲームに勝った者に渡される賞品か?

だとしたら“ドア“が欲しかったよ。などと余裕ぶっているのは勝利したことに対しての優越感に浸っているだけである。

強制参加とはいえマネキン達とだるまさんがころんだゲームをしたことは忘れたくても忘れられない不気味で不思議な体験であることは間違いないだろう。


 静けさの戻ったオブジェ部屋を久しぶりに俺は探索し始めた。

久しぶりという感覚は可笑しいはずなのに、ついさっきの出来事から今だ興奮状態の解けない俺の脳がそうさせている。

未来からの手紙に書いてあった俺の言葉を思い出せ。


『冷静になれよ!』


そうだ、冷静を取り戻せ。優越感に浸り興奮状態から目を覚ませ。モブキャラに戻るんだ!!

俺は目を瞑り深呼吸した。すると身体を覆っていた光は身体の中に入って行きあっという間に消えてなくなった。あの光は一体なんだったのだろう。

RPGでいうバリアーみたいなモノかななどと中学2年生じゃない、21歳の俺は中二病なことを考えていた。


 探索した結果。オブジェ部屋にはマネキン達(崩れてしまった)や石像の他に乱雑に床の上に置かれた絵画をいくつか発見した。


一つ一つ絵画を見ていくと……。

有名な画家がえがいた作品であることがわかった。

黄色い背景に黄色の花瓶その花瓶の中に、数本の向日葵が描かれ、作品全体がほぼ黄色い〔ひまわり〕や秋晴れを感じさせる、人の何倍にも積まれた稾が描かれた〔秋、積みわら〕などが見つかった。


本物であるはずがない。本物は世界一厳重な防犯セキュリティーが設置された場所に保管されているに違いないと俺は思っている。どれも複製画だろう。

それでも絵画を使ってドアを作るには無理あるように感じる。

悩んでいると、他の絵画の中でも一際大きいサイズの絵画を見つけた。

俺は少しづつゆっくりゆっくりと部屋の【東】の壁へ寄せていく。

部屋の【西】側に乱雑に置かれた他の絵画はとりあえずマネキン達のいる【北】側へ追いやることにしよう。

二つ、三つと小脇に抱え移動させていく。

最後の一つ青紫が綺麗で月がとても映える、ドビッシー作〔月の光〕は【西】側の壁の方へ残したままにした。


ようやく片付いた一際大きい絵画を【東】の壁に立て掛けた。

白くてまるでそこに元々存在していた様に部屋に溶け込んでいる。

ハンマースホイ作の〔白い扉〕もうこれがドアの代わりでいいじゃないかと思った。

立て掛けた絵画を見て自分の目を疑い、何度も目を擦る。

二つの扉の内絵画の中央に開いた扉の先に小さく描かれた部屋が見える。

それは身に覚えのある部屋だった。


 見間違うはずがない、この絵画と同じ見た目は白いドア。

だけどドアの下の方に黒いシミが付いているのが俺の部屋である証だ。


小学生の時、図工の授業で絵を描いていた。

授業終了のベルが鳴り担任が––––


『時間内に完成出来なかった生徒ひとは宿題です。持って帰って家で完成させてから“明日“提出して下さ〜い』


と生徒全員に聞こえる程の大声で言った。

俺は完成することが出来なかったので宿題になってしまった。

家で色付けを水彩絵具していた時、使っていたバケツが真っ黒に汚れていたので、水を洗面所で替えようとして何かに足首が引っ掛かり転んでドアの方に水をぶちまけた。

仕事で両親は家に居なくて、俺一人だったのでどうすればいいか分からずしばらくの間途方に暮れた。

このままにしておいたら親に叱られることは目に見えていたので、悩んだ結果……。

脱衣所へ行きバスタオルを取りに行った。

持って来たバスタオルは真っ白で床を拭くと黒に変わった。埃りもおまけで付いてきた。

汚れゆくバスタオルを見て俺の顔は真っ青になって半べそをかきながら床を拭く。

床の水をいくら拭いても拭い取れずにいた。

それもそのはずドアにかかった水がポタポタと雫になって床に落ちるからだ。

それにようやく気づいた俺は––––


「ドアから水が落ちてんじゃん!?」


と言いドアの方を必死に拭いた。

汚れ切ったバスタオルで拭いたのとドアが水を吸ってしまいシミになったのである。

仕事から帰ってきた御袋はその床拭きしている光景を見て絶叫し、こってり絞られた。

説明したけど理解されなかったのでひたすら謝っていたらなんとか許して貰った。

その後は宿題を無事に終えることが出来だが、床を拭いたバスタオルはゴミ箱行きになったらしい。


どうにも腑に落ちない。どうして俺の部屋が描かれている?

複製画とはいえ、〔白い扉〕という作品に黒いシミなんて描かれていないのを俺は思い出した。


その絵から黒く伸びた影が出てきた。それはだんだん伸びていき、手の形となって俺の目の前に現れ、Tシャツを掴んだ、払おうとしても影の力が強く俺は絵の中に引き込まれてしまった。


目が覚め周りを見渡すとそこは俺の部屋だった。


「夢だったのか!?」


ドアを開け部屋を出た瞬間、黒い影が俺の横を通った。

そのすれ違いざま影はボソっと呟く。


『良かった……間に合った。お帰りなさい。過去の俺』


End



※お題リスト※

【静寂に包まれた部屋】、【きっと明日も】24‘9/30

【たそがれ】24‘10/2、【奇跡をもう一度】24‘10/3

【巡り会えたら】24‘10/4、【踊りませんか】24‘10/5

【星座】24‘10/6、【過ぎた日を想う】24‘10/7

【力を込めて】24‘10/8、【束の間の休憩】24‘10/9

【ココロオドル】24‘10/10、【涙の理由】24‘10/11

【カーテン】24‘10/12、【放課後】24‘10/13

【子供のように】24‘10/14、【高く高く】24‘10/15

【鋭い眼差し】24‘10/16、【やわらかな光】24‘10/17

【忘れたくても忘れられない】24‘10/18、【秋晴れ】24‘10/19

【すれ違い】24‘10/20

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とあるアプリで出題されたテーマから紡がれるストーリ 砂坂よつば @yotsuba666

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