第20話 白藤と藤の花と恋文

 白藤と名乗る男は本当に不思議な男で、ひょうひょうとしているようで頭が切れるように見える。


 それでいてまったく何を考えているかわからない。


 とにかく一言で言えるのは、顔がいいということだけで、そのほかは読めない。


 着崩した姿でいつもふらふらと現れる印象だ。


 どういった位で、この屋敷ではどういう立場の人間なのか。


 建物内を我が物顔で堂々と歩き、頬を染めた女房たちが頭を下げる姿に違和感を覚えた。


 そして、如月きさらぎという月子姫の女房のひとりに事情を説明し、わたしをどうにかしてやってくれとお願いしていた。


 狩衣をかぶり、必死で身なりを隠すわたしはさぞかし怪しいと思う。


 顔を隠して生きなければならないお姫様たちの苦労を今さら知ったような気になる。


「はじめまして、翡翠さま。わたくしは如月と申します。あら、それは……隼さまの……」


「そう。昼間っから逢引をしていたみたいでね。隼のやつ、不義理にもおいていってしまったんだ」


「まぁ、隼さまの……」


 如月が頬を染めたため、ぎょっとする。


「ちょ、逢引ではありません! 誤解を生む物言いはおやめください!」


 さきほどからなんなのだろう一体。


「わたくしは、月子姫さまの筒井筒であられる光陽さまの使いのもので、月子姫さまに文を受け取ってもらいたくここへきている所存です」


間違っても隼に会いにきたわけではない。 


「丁寧な文を送って会いに来ているものだから、てっきり隼のいい人なのかと思ってしまったよ」


「ふ、文ではなく、あれは予告状で……」


「毎回熱烈な文面を送っているそうだね」

「え……」


「あの隼が文を、それはもう面白い光景が目に入るからね」


「ひ、人違いでは……」


「そうだね。隼にはたくさん他にも熱い文は届いているけどね。それでもいつも隼が唯一持ち去る文があったあとに君がやってくるから」


「………」


 絶対この人、わかっていてからかってきているのだろう。


 わたしが光陽さまより託されてここに来ていて、なおかつ一向に立ち退こうとしない隼に予告状を送っているということ。


「普段は見ることがないのだけどね。今日は藤の花がついていたものだから、わたし宛なのかと開いてしまったんだ」


「え……」


 藤の花と聞いて、嫌な予感がした。


 昼間、同じ花を見たばかりだ。


「わたしの名は白藤だからね。悪気はなかったんだ。そうしたらね、白昼堂々と忍んであなたを押し倒しますと書かれていたものだから、なんて熱烈な文を書かれるお方なんだろうと感動してしまって……」


「ちょっ!」


「まぁ……」


 頬を染め、両手で覆った如月とは別に開いた口が塞がらないどころか血の気が引くのを感じる。


(お、おもち丸……)


 そういえば自分は歌人なのだと得意げに話していたような……


(やられた……)


 今までどんな予告状を書いてくれたのかはわからない。


 でも、今聞いた話しからして、隼を動揺させるほど衝撃的な文章をつづっていることは間違いないのだろう。


「あ、いや、いいんだよ。隼はよくモテるのになかなか羽目を外そうとしない。好きなだけ押し倒してくれてわたしは構わないんだよ」


「い、いえ、わたくしが構います。むしろ……大問題です……」


(恥ずかしすぎる……)


 心の底からさきほどまで恩人だと感謝の気持ちでいっぱいだったおもち丸を恨みたくなる。


 押し倒すなどと発言したうえでどの面下げて乗り込んできたというのか……いや、そんな風に思われていたのかと想像しただけで気が遠くなりそうだった。


「さぁ、如月。着替えさせてやってくれ。あたたかくなってきたとはいえ、大切なお嬢さんに風邪をひかれてはたまらないからね」 


「え、あ……わたくしは……」


「わたしは月子姫を呼んでくる」


 情けは無用。


 このまま去るつもりでいた。


 けれども、その名前を聞いてしまってはひくわけにはいかない。


 叫ばれたら叫ばれたときだと覚悟を決め、覆っていた狩衣を外す。


 如月が瞳を大きく見開き、息をのんだようだった。


「このような醜い姿ですが、あるお方に仕えた身。月子姫様に害を与えないということを誓います」


「おやおや、驚いたね。なんとも美しい髪だ。……瞳も」


 醜いだなんて、とんでもないと白藤さまは笑った。


「武器もさきほど隼と闘った時にすべて使用してしまっており、今はこの身ひとつです。確認してもらっても構いません」


「はは、大胆な娘だね」


「はっ? 確認なら隅々まで隼に調べてもらえばいい。わたしが触れたらあいつに何を言われることやら」


「だ、だからそういう意味では……」


「それでは、あとは任せたよ、如月」


 それだけ言い残して彼は出て行き、残された如月だけが頭を下げていた。

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