第19話 右大臣家の別邸
あーあ、また負けちゃったよ。
今日は無敵だと思ったのに。
ひんやり体を冷やす池に浸かりながらぼんやり思う。
これ以上どうしたらいいのだろうか。
考えてきた手はすべて絶たれたし、何をやっても歯が立たず、八方ふさがりである。
幻術にかけられなかっただけましだと……主の命令に背いて、本当にそんなことが言えるのか。あの方のお役に立ちたいのに、無力な自分がとても悔しい。
息が続かなくなり、我に返る。
あまりにもみじめな気持ちのまま、水面に顔を出した時、何かがばさっと頭上から降ってきた。
「わっ!」
重く覆いかぶさったそれがなにかわからず突如として暗くなった世界にぎょっとするも、それが狩衣だと知る。
「……は、隼!」
「去れ」
一言そんな言葉が聞こえ、見えたのは忍び装束になった隼の後姿だった。
池から這い上がり、ようやくかぶせられた狩衣の意味に気付く。
自身のまとった忍び装束に黒い雫が滴り落ちていた。
「あ……」
慌てて狩衣で頭を覆うと甘い果実の香りがした。
情けをかけられたことが情けないが、このままここにはいられない。
この色がすべて落ちる前にここから出ないと……
「くっ!」
慌てて身を隠すも足をくじいてしまったことに気付く。
冗談じゃない。
これでは塀も飛び越えられない。
とりあえず木に登ってそこから……
「急いで……」
渡り廊下を急ぎ足で女房たちが走る様子が目に入り、ますます身動きが取れなくなった。
なにか、あったのだろうか。
正門のある方に向かっているように感じた。
「いや、それどころじゃない」
こちらはこの隙に……
「右大臣さまがいらっしゃるみたいなんだ」
「……え」
ぼんやりしていて気付いていなかった。
たまに隼のそばに現れるつかみどころのない美形な男がそこにいた。
名は確か……
「白藤です。翡翠さま」
万事休すだ。
「大丈夫。隼は月子姫さまのまわりの準備を手伝うことになっていますから、しばらくは戻ってきやしないよ」
まったくもって大丈夫なはずがない。
癪ではあるが隼の狩衣で頭を覆い、できるだけ顔が見えないよう務める。
「隼の恋人と一度話してみたかったんだ」
「こ、こ……ち、違います……」
どこからどう見たらそうなるのだろうか。
「どちらにせよ、その恰好のままではうろうろさせられないね。隼め、女の子相手にいつもなんてことをするんだ」
ごめんね、と手を引かれる。
行ってはいけないと思ったが、月子姫に会えるチャンスなのではないかと頭の片隅でふと思ってしまったため、動けなくなった。
まるで導かれるようにそのまま彼について、右大臣家の別邸に足を運ぶことに成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます