第6話 青春してるね
受付に戻ると、オーナーはソワソワしている様子だった。
「オーナー、なんでそんなに今日は落ち着きがないんですか?」
「いやぁ、あんな可愛い子とバンド組んでるって聞いてさ、麻倉くんも青春してるなぁって思ったんだ」
だからといってそんなにソワソワすることないと思うが。
「まさか、私のことをキモいと思ってないだろうな?」
自覚症状あったんだ。でも、思いましたなんて言ったらこのスタジオを辞めさせられるかもしれない。そうなると、新しいギターが買えなくなってしまう。とりあえず誤魔化そう。
「そこまでは思ってないですけど・・・」
「そこまでってどこまで思ったんだ?」
判断ミスだった。いっそのこと何も思ってないと言おう。
「な、何も思ってないです」
「それならよろしい」
これでなんとか、オーナーがいつも通りになった。そんなことを思っていると
「実はね、私も学生時代バンドを組んでいたんだ」
とオーナーは学生時代の話を始めた。
「男子四人の中に私一人の五人組だったんだけどね、あんなキラキラしたバンドじゃなかったの。だから、ついつい興奮しちゃったの!」
そんなことで興奮するオーナーのことを不意にキモいと思ってしまった。
「そんなことよりも、麻倉くんのバンドは何の曲やるの?」
「オリジナルソングをやる予定です」
「へぇ、曲作るんだ。私はコピーバンドだったからオリジナル曲を文化祭でやるなんで想像がつかないよ」
「俺もです」
コピーバンドだったら、みんな知っている曲をやれば盛り上がるが、オリジナルソングはどのような盛り上がりをするのか全く想像がつかない。
「まあ、一条さんみたいな子が歌ってたら勝手に盛り上がってそうだけどね」
「そうですね」
「いいなぁ、人前に出るだけでお盛り上がるなんて」
「オーナーのバンドは盛り上がらなかったんですか?」
「そんなこと聞かないでよぉ」
そう言われて、俺は失礼な質問をしてしまったと思った。
「すみません」
「まあ、聞かれたから答えるけど、あんま盛り上がらなかったよ」
本当に失礼なことを聞いてしまった。オーナーに学生時代のことを聞くのはやめておこう。
「まあ、やった曲がさ、ちょっと世代じゃなかったからさ・・・」
「なるほど」
「『安心地帯』ってバンドの曲をやったんだけど。私たちのバンドは盛り上がると思ったんだけどね」
オーナーはしみじみと振り返っていた。
「『安心地帯』のコピーやってたんですね」
「知ってるの?」
「知ってますよ」
『安心地帯』は八十年代にかけてヒット曲を連発した北海道出身の五人組バンドだ。
「麻倉くんって昔の曲聞いてるのね」
「七十年代、八十年代の曲はそれなりに聞いてます」
「『メチルレットの心』とか『LOVEの予感』って知ってる?」
「もちろん。いい曲ですよね」
この二つの曲は『安心地帯』の中でも特に人気のある曲だ。
「そうだよね。やっぱり私の感性は間違ってなかったわ」
さっきまでのしょんぼりした様子から変わっていきいきとした様子になった。とりあえず、機嫌が良くなって安心だ。そんなことを思っていると、
「麻倉くんも曲作るの?」
と聞いてきた。
「一曲作らないといけないみたいです」
「大変だねぇ」
オーナーが由那に俺のことを話したから作曲することになったのに。なぜ、こんなに他人事でいられるのだろうか。
「まあ、作曲とか編曲で悩むことがあったら私や竹沢くんに聞いてよ」
竹沢拓哉は『OVER』でバイトをしている大学生だ。七十年代のフォークシンガーみたいな髪型をしていて少し話しにくい雰囲気をしている。実際、俺は挨拶をする程度でちゃんと話したことは一度もない。
「竹沢さんって曲作ってるんですか?」
「そうみたいだよ。私も詳しいことは知らないけど月一でライブハウスに出たりしてるみたいだよ」
「そうなんですね」
バンドを組んでいると聞いていたが、ライブハウスに出てること知らなかった。ライブハウスに出ているという事は相当腕があるのだろう。俺には到底できそうにもない。
「今度聞いてみたら」
「そうしてみます」
そうは言ったが、多分俺から話しかけることはないだろう。だって、変なことを聞いて怒らせてしまったら、取り返しのつかないことになりそうだからだ。
「竹沢くんも七十年代、八十年代の曲は好きだと思うから話合うんじゃないかな?」
「大学生がそんな昔の曲聴きます?」
偏見だか、大学生は流行りの邦ロックを聞いているイメージがある。昔の曲は周りの影響がない限り聞かない気がする。
「髪型からして七十年代のフォークソングとか聴いてそうだけどね」
オーナーは笑いながらそういった。髪型で聴いてそうな音楽を判断する人を初めてみた。そんなことを思っていると
「俺の話、してるんですか?」
と厳つい声が背後から聞こえた。
恐る恐る後ろを向くと、そこに立っていたのは竹沢さんだった。
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