第5話 キーボード弾きたい

 『EXCEED』に加入した翌日の放課後、俺は『OVER』でバイトをしていた。今日もあんまり人がこないなぁ。そんな事を思っていると、オーナーの大間さんはにたにたしながら俺のところに来た。


「どうかしました?」


「麻倉くんさ、バンド組んだみたいだね」


「そうですけど・・・、って何で知ってるんですか?」


 オーナーにバンドを組んだことはまだ話していないはずだ。どこから情報が漏れたのだろうか。


「そ、それはな・・・」


 オーナーは「口を滑らした」と言わんばかりの表情をしている。絶対に何か隠していると思う。


「ちゃんと話してください」


「この前、青いギターケース背負った女の子いたでしょ?」


「いましたね」


「その子と連絡先交換して麻倉くんとバンド組んだって教えてくれたんだ」


 わざわざ由那はオーナーに連絡したとは・・・。それもそうだが、連絡先を交換していたなんて。


「でもよかったじゃん。麻倉くんバンド組みたいって言ってたし、それにギターボーカルの子は学校一の美女って呼ばれてるんでしょ?」


「そうなんですかね?」


 俺は由那が学校一の美女と呼ばれている事を知らなかった。確かに、そう言われても違和感のないくらい顔とスタイルが良いと思う。改めて、大変なバンドに加入してしまった。本当にそう思う。


「だって、文化祭の時ギターボーカルの子を見に他校からたくさん男子が来たんでしょ?」


「去年文化祭行ってないんでわかんないです」


 そう言うと、オーナーは言葉を失っていた。しぃうがないだろ。学校に友達がいないんだから。そんなことを思っていると、


「こんにちわー」

と言って制服姿の由那が店の中に入ってきた。


「あら、一条さんじゃない! スタジオの予約してた?」


「ちょっと海斗くんに用があって・・・」


「俺に?」


「そう。時間大丈夫?」


「いいわよ。空いてるスタジオで話していいよ」


 オーナーはなにか企む表情を見せた。オーナーは余計なことしかしないからあまり関与してほしくないな。


「あ、ありがとうございます」


 俺は受付を出て、由那と一緒に空いているスタジオに入った。


「急にきちゃってごめんね」


「ううん。大丈夫だよ。用ってなにかな?」


「あのね、私・・・」


 由那は少し不安げな顔をしながら話始めた。何を言われるのだろうかと考えると俺まで不安になる。


「ギターじゃなくてキーボードやりたいの」


 なんだそんなことだったのか。そんなに深刻そうな感じで話すことじゃないのに。そんなふうに思っていると、


「やっぱりダメだよね」

と凹んだ様子で言った。


「い、いいんじゃない。キーボード弾いても」


「えっ、いいの!?」


 そんなに驚くことだろうか。そもそも、由那は何で俺が否定的な意見を言うと思ったのだろうか。


「俺はいいと思うよ」


「じゃあ、キーボード弾きながら歌うね」


「他のメンバーにはそのこと言ったの?」


「うん、乃亜と美沙には昼休みに話したんだー。放課後、海斗に話そうと思ったら教室にいなかったからここに来たのー」


「LIMEで送ってくれたらよかったのに」


「こういうのは直接話したほうがいいかなって思って・・・」


「そうだったんだ」


「これで今年は後夜祭に出れるかもしれない」


 由那はどのような曲を作りたいのだろうか。キーボード、ギター、ベース、ドラム、これらの楽器でどのようなサウンドが作り出せるのか、俺は全く想像がつかない。


「由那ってピアノ弾けたんだ」


「うん、本当はピアノのほうがギターより得意なんだ」


「そうなの?」


 俺は驚いた。この前、スタジオから漏れていた音を聞いた時とても上手いなと思ったのに。


「ピアノは幼稚園の頃からやってたから自信があるんだー」


「そうなんだ」


 曲作りもピアノでやるのかな? そんなこと思っていると


「海斗はどんな感じの曲作るの?」

と聞いてきた。


「まだ全く考えてない」


 作ってみたいという気持ちはあるが、どのようにして作ればいいのか全くわからない。


「由那はどんな感じの曲作るの?」


「私はバラードを作りたいなーって思ってるの」


「いいね」


「ありがと。そんなに曲作り難しく考えないでね」


「うん、頑張ってみる」


 そう言ったからにはちゃんと曲を作らないと行けない。俺にプレッシャーが伸し掛かる。


「なんかあったら、相談してね」


「ありがとう」


 とりあえず、自分なりに頑張ってみて、ダメだったら由那に連絡しよう。


「伝えたいこと伝えられたし、私帰るねー」


「気をつけてね」


「うん、ありがとー」


 そう言って、由那はスタジオから出て行った。

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