夜明けの空を君と 冬の空✕れもん✕午前三時

 冬の透き通った空を君と見上げる。


 ああ、なんてこの世界はきれいなんだ。真っ白なこの世界に君と一緒に溶け込んでしまいそうだ。


◇◆◇


 午前二時、踏切に望遠鏡を担いでやってきた。もう待ち切れない。つい二時間前までは雪が降っていたこの真っ白な世界に一人、取り残される。


 腰にはラジオ、肩には望遠鏡、背中には大きなリュック。この世界はどこまでも静かだった。


 そんな中、この真っ白な闇とも言えないような不思議な世界に一筋の光がやってきた。


 君は僕を見つけると駆け寄ってきて笑顔で話しかけてきてくれた。


「ねぇ、ねぇ早く行こう! 」


「よし、行くか」


 一分も無駄にできない。人生は一瞬なんだ。僕らは急いで踏切を渡ってまっすぐに歩きだした。 


 真っ白な道に二組の足跡が自ずと浮かび上がってくる。君もその華奢な身体に大きな荷物を背負って、僕と肩を並べて歩いている。


 僕らが目指しているのは歩いて二十分くらいの公園だ。待ち合わせを踏切にしたのは、君がどうしても待ち合わせしてから一緒に行きたいと言ったから。

 

 急な雪のせいで少し動くのが遅くなってしまった。それでも、長居しなくなったから風邪を引かなくてすむようになったかもしれない。


 君のマフラーと髪がふわふわと揺れている。白い雲が口から吐き出される。すこし赤い君の頬がこの真っ白な世界にとても映えて見える。


 空を見上げればもう、満天の星空が広がってきている。該当の明かりも少なくなってきた。


「きゃっ」


 君がバランスを崩して転びそうになる。


「おっと」


 既のところで支えた腕は想像よりも細くてびっくりする。でも、僕の彼女だもんな。


 まっすぐ、まっすぐ歩いていく。


 そしてついに公園についた。僕らが来たこの公園は町が見下ろせるようになっている少し高台のように鳴っている場所だ。


 雪が薄く被っているベンチの上に望遠鏡とリュックを置いて、そのまま公園の奥の夜景が一番見やすいところに行く。


「うわぁ」


 真っ白に化粧をさせられたこの世界は電柱や家の明かりと相まってクリスマスツリーのように見える。


 さっきまでの雪は嘘だったかのように地平線の彼方まで透き通った空が見通せる。夜景を見た後にそのまま空を見る。


 夜景の光がそのまま鏡写しされているようにそこには満天の星たちがあった。


 思わず隣りにいる君の手を握ってしまう。その手は手袋をしてなかったからか、とても冷えていた。でもその冷たさは僕にコレが現実なのだと教えてくれる。


「これてよかったね」


「そうだね」


「でも、本番はここからだよ! 」


 そう言ってベンチの方に駆け出し、望遠鏡を取り出す。いま思えばここは寒い冬の公園なのだ。素手で望遠鏡を取りだろうと空いたならば、冷えた金属が肌を刺す。


 僕はリュックから手袋を差し出して一緒に準備をする。三脚を広げて鏡筒をつけて、接眼レンズをつけて・・・・・・


 そうして望遠鏡の準備ができた。レジャーシートを雪の上に敷いて、一緒に座って星を見る。雪の上にレジャーシートはだめだったかなとは思いつつも、君が隣りにいるだけで冷たい感触も忘れてしまう。


 二人でそれぞれの好きな星を探す。僕らの望遠鏡はそこまで性能が良くないので、きれいに見えるのはせいぜい惑星だ。僕は木星、君は土星を探した。


 土星のほうが遠いから結構難易度は上がる。でも、君はどこまでも真剣に望遠鏡を調節している。

 

 木星の位置を確認したら倍率が低いもので見て、どんどん倍率を上げていく。そして焦点を調節する。ミリ単位の作業なのでとても時間がかかる。


 それに地球も、惑星もどっちも動いている。だから倍率を高くしたら秒速何ミリメートルかのスピードでどんどん左から右にずれていく。この間に調節をするのも至難の業だ。


 僕ら二人だけのとても静かな世界。午後三時にもなると結構冷えてきた。でも、君の背中から伝わる温かさは僕を元気づけた。


「ねぇ、レモンティーでも飲まない? 」


「えっ、本当! 飲みたい飲みたい! 」


 僕は君の手が少し震えていたので魔法瓶からあったかいレモンティーを渡した。


「あっち! 」


「大丈夫? 」


「ふ〜ふ〜 うん、大丈夫」


「良かった〜」


「うん、あったか〜い。ありがとう! 」


 君のこの笑顔が見られるなら何百杯でも極寒日にレモンティーを持ってくる。そう誓った。


「良し! 合わせれたよ! 」


「本当! 」


 君はすぐ後ろを振り向いて僕の望遠鏡を覗き込む。そこには縞模様まではっきりと見える木星が写っていた。


「わぁぁぁぁ すごい! 」


「でしょ! 」


「やっぱり天才だわ」


 改めて思ったが君は本当に可愛い! こんなに趣味があう彼女を持ってしまって本当に良かったのだろうか。そんな事は考えても仕方ない。男友達にはいつか謝っておこう。今を楽しめてれば良いんだ。


「私も出来たんだよ! 」


「えっ、本当!? 」


 君の望遠鏡を覗き込むとそこにはちゃんと土星が写っていた。輪っかまでもが鮮明に。二人で顔を合わせて笑い合った。


 少ししもやけになって赤くなった君の顔が本当に寒そうたったからなんだか抱きしめてしまった。


 なんだか君も同じことを考えていたようで一緒になった。


 望遠鏡でお目当てのものを見たから、後は明けゆくこの空を君と一緒に見ることにした。流石にレジャーシートに座り続けるのは大変だったので、ベンチに座り直した。二人であまり雰囲気のかけらもない防寒用毛布を被った。


 午前五時。望遠鏡を覗いていたら一時間半はすぐに過ぎていくものだ。あと一時間で夜が明ける。


「ねぇ、知ってる? 」


「なに? 」


「夜明けに会いたい人って『いちばん大切な人』なんだって」


 もう、照れてしまってなにも言えない。


「ね、大好きだよ」


「うん。僕も、大好きだよ」


 夜明け前はこの世界で一番暗い時間帯なんだ。でも、そんな闇の中に一番眩しい光が差し込んだ。


 夜明け前の空が一番暗い。でも、夜明けの空が一番明るい。


 こんな景色を君と一緒に見れて僕は幸せだ。


「また一緒にこの景色を見ようね」


 そうやって二人で約束した。

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