第49話 母の教え
志桜里は帰路に着いていた。
父親の泣く姿は今も、明確に網膜に焼き付いている。
昔から父親は泣き性な人だった。しかしいつからだろうか。厳格な父に変貌したのは。自分を律するように。厳しく娘の志桜里に接するようになった。
自宅に入ると、花が抱き付いてきた。志桜里は苦笑して、「あなたはほんと誰なんですか」と問う。しかし花という少女は微笑むだけで何も返答を返さなかった。そのことでよりいっそう疑念を強める。少し怖い存在だった。
「夕食、出来てるから食べちゃいなさい」
「ありがとう」
母親に感謝して食卓の海鮮丼を食し始める。ゆっくり咀嚼しながら、スマホを開いた。
「お母さん、少し相談してもいい?」
「なに?」
「バイト、やってみたいんだけど」
「なんのバイト?」
「ホットラインのバイトなんだけど……」
「そういうのって高校生がバイト出来るものなの?」
「えっ、どうなんだろ」
調べてみるとやはりと言っていいか公認心理士などのメンタル系の資格が必須条件だった。たしかに人の心を扱う仕事にも専門知識は有する。
「調べてみたけど難しいみたい」
「そうでしょ? ホットラインは人の命を左右する危険な仕事なのよ。助けられる命を殺さないために全力で心理技術を使う仕事だからね」
母親の的確な指摘にぐうの音も出ない。
じゃあどうすればいいんだろう。何か他に勉強できる機会を得られる方法はないのかな。
「そもそも、どうして唐突にそんなこと言い出したの?」
「私、将来カウンセラーになりたいんだ」
母は目を見開いて、唸った。感嘆を顕わしているのか。
「良い夢だと思う。そういう夢や目標は生きる糧になるからね」
そうしたら今までキッチンに立っていた母親が、志桜里の前に座った。頬杖をついて微笑みながら、「成長したのね。人間が一番成長するのは利他的な行動をするときなのよ」と言ってくれた。そして、
「もし、本当に許嫁が嫌ならばお母さんに言いなさい。何とかしてあげるから」
と志桜里の味方でいることを明言してくれた。それに「ありがとう」と感謝を述べた。
「利他的な仕事をやるときに、必要な条件なんてないのよ。その代わりにハートが大事よ」
「うん。分かってる」
「ならよろしい。頑張りなさい。挫折したり、嫌な気持ちになったりすることもあると思う。それでも生きる原動力がそれらを解決してくれるから」
母親のまるで心のノートのような道徳的な教えに、気づかされることばかりだ。
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