第47話 町工場

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 花なんて友人いただろうか。そんな疑問を抱きながら、その花を自宅に招いた。

「ただいま」

「あっ、お帰りなさい。今日はお友達を連れてきたのね」

「うん。そうなんだけど……まあ、いいや。で、お父さんはまだ帰ってきてないの?」

「いつも通り残業よ。社員が少ない町工場だからやる仕事はたくさんあって重責なのよ」


 お父さんが一生懸命に働いている光景を想像する。仕事は大変だ。それがなおのこと斜陽企業の社長となったらしんどいだろう。銀行からの貸し付けを返すことに頭を使って。取引先に頭を下げて。家族のために頑張ってくれていると思う。そのことを認めたから自分は許嫁になるのだ。本当はそんなの嫌だ。香帆ちゃんとずっと一緒にいたかった。だけど自分はもう子供みたいなことを言ってられないのだ。父を憎んで親は憎まず。矛盾しているようで、その言葉は真理をついている。


 先に夕食を食べちゃいましょう。そう言ったお母さんには悪かったが、今日は先に父の町工場に見学をしたかった。


「先に食べていて」

 花が「どこに行くの?」と訊ねてきてお前はいったい誰なんだ、とか思いながら「お父さんの町工場だよ」と言った。


 花が何かを言いかけたが無視して、志桜里は外に出た。秋の夜はやはり体に堪える。

 自転車に跨って、一駅隣のねじ工場へと向かう。

 そして着いたらちょうどその工場から出てくる人がいた。


「そろそろ倒産かな」

「俺ももうやめようと思ってんだわ。この会社に未来はないだろ」


 そう言って大笑いする。そんな従業員の姿に一言申したくなったが、自分にその資格がないことを知っている。だから無視した。

 工場の中に入ると錆びた鉄のような臭いが鼻腔を刺激し、ずずっと鼻詰まり起こした。

 すると何かしらの機械でねじを作っている父の姿があった。

 懸命に打ち込む姿に、見惚れていた。

 そう言えば、まだ自分が幼いころ、父のことが好きだったな。


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