第44話 許嫁になろう
煙草の紫煙が空中に溜まる。
「本当にいいの?」
志桜里は荷物をまとめていた。その傍で涙ながらに見ている香帆。
「どうして私は志桜里ちゃんと別れなくちゃいけないの?」
「お父さんのためだもん。仕方ないよ。娘はね、父親の傀儡なのよ」
もう知らない。そう言ってどこか外へと去っていった香帆。
「じゃあ、家へ帰ります、楽しかったです」
「ん。私が泣かないうちに行っちゃいな」
そう笑みを見せながら言ってくれた蛍。その蛍に深々と頭を下げて、外へと出た。
秋の寒さは体に堪えた。さっき、ラーメンを食べたばかりだというのに。
家の周辺に近付くと、自分は父親に連絡を掛けた。
「なんだ」
「許嫁の件、了承してあげる」
「本当か」
「でもその代わりに条件がひとつ、ある」
「なんだ」少々ぶっきらぼうに父親は言った。
「お父さんの町工場、見せてくれない?」
「……分かった」
思わぬ娘の歩み寄りに困惑の色を帯びた声を出した。
久しぶりの自宅に、新鮮な気持ちを覚えていた。
すると玄関にいた志桜里に、母親が迫ってきて抱きしめてきた。
「もう、勝手にいなくならないで」
「ごめん。お母さん」
「さあ。家に入っちゃいなさい」
「うん」
家に入ると父親が煙草を吸いながらコーヒーを飲んでいた。するとこちらを一瞥し、ただ一言、「大人になったな」と言った。
なんだよそれは。と思った。自分の都合のいいように物事がすすんでいるからといって、娘をここぞとばかりに大人と認める。ああ、嫌いだ。
「とりあえず、高校は北海道のじゃなくて池袋の高校に通うから」
麗美ちゃんの件もあるし。彼女を放って自分だけ運命から逃げることは許されない。
「わかった。そこは気にしない」
「じゃあ、そういうことだから」
自室に戻ろうとすると、父が「ありがとう」とぼそっと言ったのが聞こえた。それを無視して自室へと入って、荷物を放り出し、ベッドに寝転がった。
眠りはしなかった。
気づいたら電車に乗っていた。
虚しさと空虚さが心の中に顕在する。この感じ、苦手だ。
自分はいつしかから面影が無くなったように思える。
どこぞのラノベだったら、姿が見えなくなっていたところだ。
自分と言う存在を確定するには、他者から観測されるしかない。それ由縁だろう。
とか、妄想をしていた。そういえば彼は高校はどうしていたんだろう。北海道の高校に通っていたであろう藤原巧。出席日数とか足りていたのかな。
池袋駅で麗美と合流して、ともに歩きながら話す。
「駅前に劇場が出来たんだって」
「へえ。今度行ってみたいね」
そんな他愛もない話をしていると、麗美が睨みを利かしてきた。
「興味ないの?」
「滅相もない。ただちょっと疲れているだけ……」
「なんかあったの」
「いや別に」
許嫁の話をしても、彼女を心配させるだけだ。
そう思い、話をはぐらかしたのだが、その意図を汲み取ってくれたのか、「ふーん」と言って追及はしてこなかった。
これぐらいの距離感も、いいなあ。友人として。
頼れる時には、この麗美はすごく頼りになるんだから。
「私、麗美ちゃんみたいな女の子だったらなあ」
「えっ、キショ。なに急に」
「いやあ、僻み、妬み、嫉みだよ」
「怖いわ。そんな棒読みで言われたら」
そんな会話をしていたら学校に着いた。
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