第43話 ラーメン店、そして許嫁への決意。

 夕方。蛍が帰ってきた。


「DⅤの相談を警察にしてきた。それで少しは牽制が出来ると思う」

 蛍が真面目に言った。それに志桜里は頭を下げた。


「ありがとうございます」

「まったく、許嫁とかほんと古いのよ。今は明治でも大正時代でもないのよ」

「今でも部落や集落とかでもそういう風習があるそうだけど、時代逆行だよねえ」


 香帆がそう言って、抱きかかえていた猫の匂いを嗅ぐ。


「夕食はラーメンでも食いに行くか。志桜里ちゃんを励ますために」


 自分は恐れ多いと断ったが、断固として行くぞー、という想いを持っている二人。

 それはありがたいんだけど……


「じゃあ準備して」

「はい。ほら行くよ、志桜里ちゃん」

「ええ……」


 そう言いながらもしぶしぶ志桜里は着替えて、ラーメン屋は駐車場のないことも多いから電車で行くことになった。西武池袋線に乗って数十分。とある駅で降りて、それからこってりらーめんが有名な場所に行きつく。


 ちょうど三名座れる席があって、それに座ってこってりらーめんを注文する。


「この店、注文から十分足らずで届けられることで有名でね。ほらほら、言ってるそばから届いた」

「すごい。美味しそう」


 あらかじめ麺をゆがいて作り置きしていたのか、三分ちょうどにらーめんが運ばれた。

 どろりとした濃厚こってりスープを見ては、減退していた食欲も推進される。とにかく美味しそうだ。

 ずるずると麺をすする。頬が緩んでしまう。


「どうしたの?」

「ほっぺたが落ちそうなくらい美味しいです」

「そんなに……! はまってますねえ姉貴」


 そんな三者三様の会話をしていると蛍の隣の席に座ってくる、髪型がちりちりに左右に広がっているやませみみたいな男がいた。


「お姉さんたち、後で一緒に遊びませんか?」

「ええ。ナンパ? お姉さん、もういい年だよ」

「何歳ですか」

「二五かな」

「まだまだ十分若いっすよ。俺も二一歳で大学生なんで」


 すると蛍は魔性の笑みを浮かべて、


「大学生ぐらいが私を捕まえられると思ったら大間違いよ」


 補足だが、蛍さんもめちゃんこ可愛い。そんな余裕な発言をしている蛍に、気落ちしたのか、「分かりました」と言って大学生は去っていった。


「蛍さんモテるんですね」


 誇らしげな顔を見せて、「まあねえ」と言ってくる。ちょっと疎ましかった。


「もう、そんな自慢しないのお姉ちゃん」

「ごめんねえ。あっ、志桜里ちゃん。らーめんに紅ショウガを乗せたら美味しいわよ」

「あっ、そうなんですね。って、話をはぐらかさないでくださいよ」

「ぐへへ」


 やべえ、蛍さんのぐへへが可愛いすぎないか。

 完食し、ラーメン店を出ておぼろ月を見る。

「綺麗だねえ」

「ほんとですねえ」

「綺麗」

 三人は感傷に浸っていた。綺麗だな。ほんと。

 夜風にあたりながら月を見るこの時間が、とても愉快なものだった。

 

 駄菓子屋に帰ってくると、「よお、志桜里」と昔よく聞いた声が棘になって胸に刺さってきた。

 藤原巧だった。スーツを身に付けている。

 彼はまず蛍さんに頭を下げた。


「お願いします。出待ちみたいなことしたことはまず謝ります。それでも、志桜里に話をさせてください」


 蛍は悩ましい顔を見せたが、それでも溜め息を吐きながら「わかった。二階で話をしておいで。どう、志桜里ちゃん」とこちらにその提案はどうかと訊ねてくる。それに許可を出し、巧と一緒に自室へと向かう。


「お茶とか出せないと思う」

「別にいいよ。こんな時間に押しかけた俺が悪いんだし、ってか、気にしなくてもいいよ」


 そう言って笑う巧。


「で、実はな、もう端的に言うが俺はお前のことが好きだ。でも許嫁に異常にこだわっているのがお前のお父さんでな。やっぱり地元の町工場は経営が苦しいらしい。そこで何とかして俺の親父の会社から献金、はたまた援助をしてもらえないかと模索しているみたいだな」


「そうなんだ」


 そこで疑問に思ったことを聞いてみる。


「私が居てもいなくても。献金とかだったらやってもらったらいいじゃない」


 巧は顔をしかめながらも、「そうなんだけどなあ。実際は会社経営というのは損得勘定で動いているのが常識だ。金をやることでもメリットがない、そんな会社にそんなことはしないわけよ」


 やはり大企業の跡取り息子とだけあって、経営学というものを骨の髄まで叩きこまれているなと思った。


「だから頼む。俺もおじさんには世話になったんだ。こんなの嫌だとは思うけど」

 そして彼は言った。お前も自分のお父さんには世話になっただろ、と。


「ごめん。確かにそうかもしれないね。分かった。だけど、高校を卒業をするまでは待ってくれない?」

「それって……」

「あなたの嫁になってあげる。政略結婚なんか死んでも嫌だとは思ったけど、自分の親はやっぱり無下には出来ないよ」


 深々と巧が頭を下げた。「ありがとう」

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