第二章 許嫁への道、政略結婚。
第42話 許嫁と父親の再来。
どこか下半身が重たかった。
「香帆ちゃん。乗られると重いですって……、ってえ?」
猫の花が志桜里の布団の上で眠っていた。
なんて、可愛いし、愛おしいんだろう。
でもこれ、身動き出来なくない。
すると花はニャーと鳴いて、布団から落ちた。
「危なっかしいな」
思わずそう言ってしまった。どこかぶつけてしまったところはないかな、と花を抱いて見るがどこも怪我はなさそうだ。良かった。
「もう、こら」
するとその様子を見ていたのか、香帆が「志桜里ちゃん、猫ちゃんをいじめたら駄目だよ」とか言ってくるもんだから、おいおい、と思う。
「いじめてなんかないよ」
「ホントにい?」
「もう、疑うような香帆ちゃんは嫌いだよ」
冗談交じりにそう言うと、香帆がすり寄ってきた。
「そんなこと言わないでよお。謝るからさあ」
「駄目です。帰ってください!」
「「ん」」と香帆と志桜里の声が重なる。
階下から蛍の厳しい声が聞こえてきたのだ。どうかしたのだろうか。
「お願いします。志桜里に会わせてください」
この声は……許嫁の件でもめた藤原巧だ。
「もう一度言います。駄目です。彼女はようやっとナイーブな心から平穏な心境に落ち着いたんです。それを横から邪魔しないでください」
「なんですか。その言い方。あいつを嫁にしたいんです」
居てもたってもいられなくなった志桜里は階下へ降りた。そこには、巧とどうしてか父親がいた。
だから蛍さんがキツイ声を出していたんだ。いわば虚勢を張るようなもので。
「おい、志桜里。お前を嫁に出す。準備しろ」
「そんな勝手にっ。勘当したんじゃないの」
「利用価値のあるものはとことん利用する。それが俺のモットーでな」
「何ですか。その言葉。それが娘に吐く言葉ですか」
蛍がずっと志桜里のために怒ってくれている。
そしたら上の階からやって来たのか、猫の花が父親の脛をかじる。それに「痛い」と漏らした父はその猫を蹴り飛ばした。
蛍がしびれを切らしたのか、
「警察を呼びますよ」
と言ったことで、父は舌打ちし、
「じゃあ今日は帰りますが、必ず連れ戻しますからね」
そう言い残し去っていった。
志桜里は恐怖心からすくんで、座り込んでしまった。
志桜里のその肩を優しくなでてくれる蛍。「大丈夫だから」
「私っ、私……」
「今日はもう学校を休みな。私も通勤する前にちょっと警察に行くし」
「分かりました」
「じゃあ私も学校を休んで看病するよ」
「そうね。それがいい。じゃあ、私はもう行くから」
そう言って蛍はRX7に乗り込んだ。
志桜里は体を震わせながら自室のベッドへと向かった。
瞼を閉じて、そして眠った。
「雑炊、ここに置いておくからね」
目を開けると香帆が卵雑炊を作ってくれてトレイに乗せて持ってきてくれていた。
お礼を言って、布団の上に座り、ふぅふぅと雑炊を冷まして食べる。
美味しい。優しい味付けが、心に染みる。
「私、戦わなくちゃいけないよね」
紅茶を淹れてくれていた香帆にそう言うと、彼女は首を振った。
「志桜里ちゃんは十分頑張っている。もう頑張らなくてもいいよ。私のための奇跡を起こしてくれたんだから」
「そうなのかな」
「そうだよ」
渡されたティーカップ。その中に反射する自分を見つめて、ふと笑みを零してしまう。
「私、生きてていいのかな」
その言葉に、香帆は目を見開いた。そしたら優しく抱き付いてきた。
「もうあなたが死ぬ理由はないでしょ。あなたがどうしてもっていうほど、“それを”渇望するなら殺してあげるけど。もうあなたには生きる理由があるはずだよ」
あなた、言ったじゃない。百合の花言葉は「希望」だって。そう続けた香帆の声は鼻がかっていた。
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