第39話 麗美と猫
志桜里と駅で別れ、麗美は帰宅しようと夜道を歩いていると、ニャーと鳴き声が聞こえた。
その鳴き声の方を見ると、段ボール箱のなかにいた猫。
「可愛い」
猫を抱っこして体の匂いを嗅ぐ。捨てられたのは最近だろうか、そんなに臭くはない。
「どうしよう。私のマンション、ペット禁止だし」
スマホを操作して志桜里に連絡を掛ける。
「あっ、もしもし。わたし、麗美だけど。悪いんだけどちょっとお願い聞いてくれない? 猫拾っちゃってさ。できれば預かってほしいんだけど。ほら、あんたの家、一軒家じゃない。はあ⁉ 今は友人の家に、しかも駄菓子屋に泊っているだって? じゃあ無理かあ」
落胆する麗美。猫の頭を撫でながらどうしたもんかと考える。
「えっ、その友人さんに聞いてくれるって? ありがとう。じゃあ自宅のマンションの前で待ってるから。OKもらえたら来てくれない?」
お願いね、と言って通話を切った。
それから数十分後。志桜里から連絡がかかってきて猫を預かってくれるそうだ。
すると黄色のスポーツカーがマンションの前に止まった。
運転席から降りてきたのは白いニットにスポーティーな腰元までのパンツに、すらりと伸びた足先。
助手席から出てきたのは志桜里だった。
その志桜里にこそっと耳打ちする。
「あの人、かっこいいね」
「蛍さんって言うんだ。カウンセラーで、私の憧れの人でもあるんだ」
「そうなんだ」
猫を見せると、蛍と言う人は動物病院に連れて行くから、二人はちょっと待ってて、と言って猫をサイドシートに座らせ、車に乗り込んだ。
「家に上がろうか」
マンションのエレベーターのスイッチを押す。
「いやあ、猫、可愛かったですね」
「ほんとね」
「おっ、口角上がってますよ。ニヤニヤしちゃって。もう女の子なんだから」
「あんたが言うとキモイ」
「ええ、そんなあ」
そしたら二人して大笑いしてしまった。何でもないこの瞬間、幸せを噛み締めていた。
他愛もないそんなこの時間が、出来るだけ長く続けばいいのに。
笑っていたらエレベーターの中からカップルが出てきた。その人は不審そうにこちらを見てくる。思わず表情がこわばってしまった。
「夜にあんだけうるさく笑うなって―の」
「ちょっと聞こえるでしょ」
怒られちゃいましたね、なんて澄ました顔で言ってくる志桜里。そんな志桜里の肩を小突いて「うるさい」と言った。しかし実際近所迷惑だっただろう。
エレベーターに乗り込み、最上階のスイッチを押す。
そして最上階に着くと、少し歩いて自宅に入った。
「あんたが麗美を引き取りなさいよ!」
「だまれ。なんだ愛人が出来たぐらいで。五月蠅いぞ」
父親と母親の口喧嘩。それが猛烈に恥ずかしかった。自分の家庭の恥部をさらけ出しているのと同じ意味だからだ。志桜里は目くばせしながら囁いてくる。
「私、外にいようか?」
「大丈夫だから。ちょっとお母さん、お父さん、お客さんだよ」
怒気交じりにそう言った。こういう家庭内の不和を“友人”に見せてしまうのは嫌だ。だからこそ、もう喋るなと警告し、自室へと志桜里を招き、鍵を閉めた。
「本当にごめん」
「なんか、いろいろ複雑なんだね」
複雑。その一言で片づけられるのは、少し嫌だった——。
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