第36話 魔女には慈悲を、神には懺悔を。

 ふと、麗美のことが気になった。

 確かに、彼女の号令で自分はいじめられ、苦しい毎日を送る羽目になった。

 けれども、それに賛同した他の愚弄な生徒の責任全てを押し付けられるのは、間違っている。なにも彼女ひとりが悪いわけじゃないのだ。

 放課後。職員室に行ってみた。担任の先生にそれとなく訊いてみた。


「あの橘麗美ちゃんのお家ってどこなんですか?」

「どうしてお前がそんなこと気にするんだ」

「いやあ~ちょっと色々あって」


 そしたら何かを察したのかノートから切り離したページに住所を書いてくれた。志桜里は担任に感謝の気持ちを伝える。


「いいか。問題は起こすなよ」

「分かってます」

 失礼しますと述べて退室した。


※※※


 八王子に住んでいるんだ……

 八王子周辺の地区は来たことが無かったので新鮮な気持ちだ。


「あんた、何してんの?」


 刺々しい声が響いた。すると雷鳴が彼方から聞こえた。

 声のした後ろを振り向くと、麗美が立っていた。


「麗美さん……」

「もう一度聞くわよ。何しにここにいるの」


 ただの散歩ってわけじゃなさそうだし。そう言って麗美はポケットからカッターナイフを取り出した。それを向けてくる。


「今すぐ消えなさい。じゃないと殺すわよ」


 志桜里は殺すという言葉を聞いて唖然としてしまったが、すぐに真剣な顔をして見せ、両手を大きく広げた。「どうぞ」

 麗美は舌打ちして、三メートル前方から駆けて行って志桜里の胸に突進した。


「痛っ」


 志桜里の口の端からその呻きが漏れ出る。鋭利なカッターナイフの刃は深く志桜里の胸に刺さっている。麗美は後ずさりしながら喘鳴を吐き出し、座り込んだ。

「どうして死なないのよ」

「過去の私だったら死んでいるでしょうね。あのときはあなたのせいで、希死念慮に囚われていましたから。でも今は違います。愛する人が出来て、年上の友人も出来て、生きる意味を見つけ出せたんです。死んでる場合じゃないんですよ」


 刺さっているカッターナイフを抜いて、ふぅと息を吐く。それを地面に捨てて、麗美の体を抱きしめた。


「ちょっと……離して――」

「出来心だったんですよね。分かりますよ。それがあんなことになって、今度は自分が責められて意味が分かんないですよね。大丈夫だから」


 麗美は静かに嗚咽を漏らし始めた。「あんたがそれを言うのは、ズルい」

 よしよしと頭を撫でてやった。彼女はしばらくの間泣き続けた。


 雷の音が轟く中。

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