第28話 高級回転寿司、そして覚悟を。
9
「志桜里ちゃん」
体を揺らされて目を覚ます。
「まさか、三日間ずっと眠っていたの?」
「……はい」
起きあがる志桜里。
「気晴らしにお寿司でも行こうか」
「えっ……でも」
「志桜里ちゃんがずっと悲しんでいたら香帆に怒られるからね」
「分かりました……」
憂鬱な気分はそのままで、蛍と一緒に階下へと降りて、家屋から出る。そして駐車場に止まっているRX7に乗り込んだ。
「格好いい車に乗ってるんですね」
「そうでしょう。私のお気に入りの車なんだ」
そう言ってハンドルを撫でる蛍。
「じゃあ行くよ」
車がゆっくりと発進する。何度かギアを操作しているのを傍から見ながら、すごく格好いいななんて思っていた。
自分も免許を取りたいな、なんて。
そして着いたのはコインパーキング。そこに車を止める。ここはどこかと聞くと、
「銀座」
と言った。
「ぎ……銀座?」
「銀座の高級寿司は美味しいわよ」
「私てっきり回っている寿司だと」
「香帆と約束したんでしょ。回らないお寿司に行きたいって。大丈夫だから。金銭面は」
「ん? どうして」
「香帆の持っていた財布は親族、つまるところ私に渡されたから。その中に十五万円が入っていてね。そしてメモも。『志桜里ちゃんと一緒に使うためのお金です』って」
「そうなんですね」
すると上機嫌になった蛍。そんなに興奮しなくてもと思ってしまう。
引き戸を開けると「いらっしゃい」と言われた。
座席に座って少し値段が怖いが時価と書かれたお任せコースを二人そろって注文した。
そしたらものの数十分で、板に乗った寿司が卓の上に乗せられた。
早速赤身から食べようとすると、蛍に止められた。
「こういうお寿司は食べる順番があって。まず味の薄い白身から食べて、そのあと時計回りに食べていくのよ」
と蛍に言ってくれたおかげで恥をかかずにすんだ。かんぱちやえんがわを食しながら、舌鼓を打つ。
「ねえ、やりたいことノートって何なの」
志桜里はむせこんでしまう。蛍の方を見ると表情に陰りを帯びていた。
最初は話をはぐらかそうと思っていた。しかし、蛍の顔色が真剣なものに変わったのを見て考えを変えた。「香帆のバッグに入っていたのよ。そのノート」
「私が、香帆ちゃんに殺される前にやりたいことをまとめたノートです」
「どうして、香帆だったの? その……殺害されようとする人が」
「ツイッターのDMで募集したら、連絡をくれて」
ふーんと頷きながらとくにその点を咎めることはなく、マグロを口に入れている。そして咀嚼しながら、「あなたは大事なことを忘れているわ」と言った。
「何ですか。それは」
「あなた、いま死にたいって思っている?」
「……」
「あの子が死にかけることであなたは気付いたんじゃないの? 誰かにとって大切な人が死んだらその誰かは、とても傷付き悲しみに暮れることを」
「はい。十分分かりました。自分ってなんて浅はかな選択をしてしまいそうになったのだろうって後悔しましたから」
「それとあと何個、やりたいことは残っているの?」
「六個です」
「そのなかに香帆がやりたがっていることも含まれるの?」
「はい」
「じゃあ代わりにやってあげて。それであなたの、彼女への意識が変わるはずだから」
「分かりました。あと、香帆ちゃんの容態は?」
「植物状態よ。滅多なキセキが起きない限り、目を覚ますことはもうないだろう、って」
「そうなんですね」
かといって自分に何かできるのだろうか。
自分の力なんてしょせん微力だ。
それでも、やらないといけないことはあるのだ。たとえそれがどれだけ困難でも。
きっとそれは香帆の力になること。奇跡を起こすことに繋がるのだから。
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