第三章 孤独と絶望に胸を締め付けられ。
第29話 消えたい自分
香帆が志桜里を殺すはずだった残り十日。
今日はアイドルのコンサートに行くことにした。
そのアイドルは紅白にも出場したことのある、人気グループ。「SUITE」
アリーナの観客席のチケット、最初は取れなかったが蛍の便宜を(実際は蛍の父親のだが)図ってもらい、A級チケットを取った。
そしてコンサート当日。横浜アリーナに向かった。
そういえばと思い出す。
「私、アイドルに憧れていたんだ」
過去、メイド喫茶で辱めを受けた後、二人で話をしていたときに香帆に言われた言葉。
「だったらメイドには香帆ちゃんがなってほしかったよ」
「まあまあ、志桜里ちゃん可愛かったよ」
むくれる志桜里の頭を撫でる。すると通りかかったメイドが志桜里たちの会話を聞いていたのか、「尊かったですよお」と喋りかけてきた。
「ですよね。ほら」
「もう、分かったから。話を戻そう。どうしてアイドルに憧れていたの?」
「こんな私でも、輝ける場所が欲しかったから、かな」
「はっきり言うよ。ステージがなくても、スポットライトで照らされなくても、香帆ちゃんは輝いているよ」
断言した志桜里の言葉に、感銘を受けたのか香帆は少し涙目になった。「その言葉、すっごく嬉しいよ」
アリーナの中の通路を渡り指定席に座る。
そして数十分後。証明が消された。
サイリウムが輝く。その景色はなんと綺麗だろうか、と思った。
ステージにスポットライトが照らされた。五人分の光明だ。
「みんな~元気~!」
歓声が上がる。志桜里も白のサイリウムを光らせる。
志桜里の推しではないアイドルグループなのではないから、ひとりひとりの名前なんて知らない。それでも全力で応援しようと思った。
それが直接的じゃなくても、香帆の延命に繋がるかもなんて突飛なことを思ったから。
そんなこと、あるわけないのに。
それでも誰かを応援することで願いが輪廻すればいいななんて、スピリチュアルなことを考えたんだ。
無力だからこそ。
11
帰り道。特に楽しくもなかったコンサートを終えて、タクシーに乗っていた。
「ここで降ろしてください」
「えっ、でも東京までまだ二時間近くありますよ」
「いいからっ!」
困惑した表情の運転手が、路肩に車を止めた。志桜里は運賃を支払って、急いでタクシーから降りた。
そして走った。全速力で、一生懸命に。
涙が零れ始めた。怒りも走った。喘鳴と共に苦しみを感じた。
それでも、考えうる限りのことは尽くした。しかし誰も助けられない。香帆を助けられない。
「私のせいだっ。私がそもそも、死にたいなんて思わなければ。彼女と出会わなければ」
香帆があんなことにはならなかった。
全部自分のせいだ。
奇跡は、起きないから奇跡って言うんだ。それを痛感した。
「うわあああああああああああああああああ!」
泣き崩れてアスファルトに爪を引っ掻いた。爪が割れて血だらけになった。
もう、終わりだ。
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