第26話 事故、そしてオオアマナの花言葉を告げるとき。
7
再びホテルへと戻って、しばし休息をする。
だが横ではお土産用に購入した韓国キムチを食している香帆の姿があった。
それを見咎めるようにじとっと見る志桜里。
「それ、お土産用だよ。今食べるやつじゃないよ。蛍さんに食べてもらおうよ」
「分かってるけど。我慢できなくって……!」
「我慢できなくって、じゃないよ。もう、じゃあいいよ」
んふふ、とまた幸せな顔面を見せた。その表情を見ることが好きな志桜里にとって幸福な瞬間だった。なんと可愛いのだろう。
「そういえばさ、もうずっと付けてくれているね。その簪」
「え? ああ……」
香帆から前に貰った百合の花を髪に巻くことで簪のようにしているもの。
「だって、これは……私と香帆ちゃんのキズナじゃないの」
「キズナ?」
志桜里は頷いた。「こんなこと言うの、すっごく恥ずかしいけれど、私が香帆ちゃんと離れているときも、あなたのことを感じられる物だから」
香帆は目を見開いていた。そうしたら、「じゃあもう大丈夫だね」と言ったような気がした。それぐらい声が小さかった。
なにが大丈夫なのだろう。
私を殺すことに覚悟が出来たということなのか。
それとも、殺さなくてもいい、志桜里は独りで生きていけるということなのか。
まあどちらにせよ、志桜里は殺害されようとするし、それが叶わなくても自死を選ぶ。
“よっぽどの理由がない限り”
ホテルから出て景福宮へと向かった。
旅行プランは二泊三日のつもり。よっぽどのことが無ければ、だが。
自分が殺されるまで残り二十日。まだそれだけもあると思うか、たったそれだけしかないと思うかは曖昧で、判然としない。
歩いて向かっていると少年の声が路地裏から聞こえた。
「何だろう……」
志桜里がその現場へ行こうとすると腕を掴まれた。「あなたは行っちゃだめ」
「え?」
「私が代わりに行ってくる」
そして香帆が現場へと駆けて行った。
しばらく、と言っても十分ぐらいだが彼女の帰りを待った。
だが一向に帰ってこない。しびれを切らして志桜里もその路地裏へと行くと、壁際に沿って喘鳴を漏らしている、香帆の姿があった。胸にはナイフが突き刺さっている。
「どうしたの!」
「志桜里ちゃん、私は大丈夫だから……」
アスファルトにどんどん血液が浸み込んでいく。志桜里は慌ててハンカチで香帆の出血部分を押さえた。
「ねえ、もう痛くなくなってきたかも……だから大丈夫だよっ」
だが彼女はまだ息苦しそうだ。顔面は蒼白で。志桜里にはどうすることも出来ない。
いったい、誰がこんなことをしたんだ。怒りが沸々と湧いてくる。
「そういえば、覚えてる? 前に言ったオオアマナという花の、花言葉を教える約束」
「覚えてるよ……」
香帆はすると満面の笑みを見せた。
「オオアマナの花言葉は『純粋』と『潔白』。いつか、あなたがもういじめられないために、あなたの性格の『潔白』が証明されるといいな、って思ってさ」
志桜里は大粒の涙を流した。
「それに、オオアマナはユリ科の植物だしね。百合って(ガールズラブ)での直喩でも使われるでしょ。だからね、そういうこと」
「そういうことって、どういうこと? ちゃんと言葉にしてよ」
香帆は、掠れた声で「一生大好き」と言った。そして固く目を瞑った。
志桜里はてんぱって香帆の体を揺らした。
すると韓国の警察と救命隊員が路地裏に到着した。
香帆が搬送されていく。その姿を遠目で見ることしか出来なかった。それぐらいショックな出来事だったのだ。
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