第25話 カンジャンケジャンと韓国キムチ

 朝、志桜里は玄関前にいた。

 秋晴れのなか、涼しい風が肌をぬぐう。


「ん、いい気持ち」


 今日は香帆と一緒に韓国へ旅行に行く日なのだ。


「カンジャンケジャン。サムゲタン~」


 駄菓子屋の店内では、旅行バッグのなかに衣服をしまいながら香帆が変な唄を歌っている。


「ちょっと。変なの唄わないでよ」

「それぐらい楽しみなの! もう、放っておいてよ」


 すると家屋の前にタクシーが止まった。香帆はそのトランクに荷物を入れて、後部座席に乗り込んだ。志桜里も乗った。

 羽田空港までの道すがら、香帆はポケットの中から花札を取り出した。


「これで一緒に遊ぼうよ」

「いいよ」


 三十分間花札で遊んで、それから配点を計算する。


「私の圧勝だね」


 ニコニコっと小馬鹿にするように笑いかけてくる香帆。それに腹が立ってむくれる志桜里。そんな様子に、香帆はますます上機嫌だ。


「そろそろ到着いたします」


 タクシーはロータリーに止まった。

 運賃は香帆が支払ってくれて、外に出る。

 眩しい陽光が射した。そのとき、手で顔を覆った。


「なにしてんの。早く行くよ」


 志桜里が頷いて、羽田空港へと向かった。


 ♰♰♰


「韓国、来たああああ!」 


 空港ロビーで両手を上げて叫んだ香帆。


「ちょっと、うるさいって香帆ちゃん」


 すると香帆は上気した顔で、


「だって韓国だよ。ウジョンとか、ヨン様とかがいるかもしれないじゃん」

「いやいや、それって田舎の人が東京に憧れる幻想の一例みたいなものじゃん。そんなの無いよ。あと、ウジョンはどうして呼び捨て?」

「まあまあいいじゃない。それ、行くよ」


 スマホの翻訳アプリを起動させた香帆は、通行人のひとりになにかを訊ねている。


「カンジャンケジャンと韓国キムチの美味しいお店が、ここから数メートル先にあるらしいんだって」

「分かった。でもその前にホテルにチェックインしようよ」


 旅行バッグを持ってタクシーに乗り込んだ。そして一時間ほどしてホテルに着いた。

 どうやら旅行費用やホテルの代金は志桜里が過去に渡した三十万円を用いているらしい。

 ホテルに着いて、ロビーでチェックイン。鍵を渡されて、部屋に向かい荷物を室内の中央に置く。それからふっと一息つく。


「ちょっと、休憩してないで早く行かないとタクシーがどっか行っちゃうよ」

「そうだね」


 ホテル前で待ってくれているタクシーに乗り込んで、さきほど香帆が言っていた韓国キムチとカンジャンケジャンが美味しいと言っていた店に向かった。

 その店に着く。なんと行列がなしていた。「どうする? 他の店に変える?」と香帆に窺うが彼女はこの店に固執した。


「だって、また翻訳アプリ使って店を探すの、骨が折れるんだよ」

「たしかにそうかもね。分かった。ここの行列に並ぼう」


 またタクシーの運賃を払った香帆と一緒に行列の最後尾に立った。


 中もかなり混雑しているのか、なかなか列が動かない。


 店の風貌を見てもいたって普通な韓国料理店なのに、どうしてここまで人気なのだろうか。不思議だがきっと料理がかなり美味しいからに違いない。


 それから二時間。もう足が痛みによって棒のようになっているなか、やっと志桜里たちの番が来た。席に座ると酸っぱい匂いがした。きっとキムチの匂いだろう。


 食べたかったカンジャンケジャンとキムチを注文した。それから十五分ぐらいで品物が届いた。それを小皿に盛り付けてシェアしながら食べる。


 ケジャンとは韓国料理のひとつで、生のワタリガニを塩、漬け込みダレに浸けて熟成させた料理。カンジャンとは韓国語で醤油味のことだ。

 風味豊かなカニ料理を食べながら、なんと香帆は、


「このあと南大門市場に行かない?」


 なんて言い出したもんだからびっくりした。この子、本気?


「食べ物ばっかりじゃないの! それよりも景福宮や南山タワーに行こうよ」

「え~」

「え~、じゃないよ。韓国料理ってただでさえ味が濃いのに、満腹まで食べちゃうと胃もたれしちゃうよ」

「むむっ、確かにそうかも」

「ほんと、馬鹿なんだから」



 でも、そんな香帆が愛おしいんだよな。


 

 

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