第23話 お姉ちゃん


「ただいまー」

 蛍が帰宅したころには、もう深夜四時を回っていた。


「お姉ちゃん、静かに。二階で志桜里ちゃんが眠っているから」


 階段から降りてきながら香帆が言った。それに手を合わせて冗談ぽく「ごめんごめん」と謝る蛍。


 電灯をつけて香帆は店頭に並んでいる、うまい棒を手に取った。封を開けてひとかじり。咀嚼をしながらパイプ椅子に座る。


「こらこら、勝手に食べるな」


「いいじゃない。十円なんだから」


「今は十二円よ」


「むむっ。物価高か!」


 他愛もない話をしてから香帆は蛍に訊ねる。


「パパはなんて言っていたの?」


「株式介入をすることは簡単だけど、でも許嫁なんて個人的問題まで介入は出来ない、だってさ」


 掘りごたつの上の畳に寝そべる蛍。夜中の運転は体に応えたのだ。


「香帆、ちょっと軽食作ってくれない」


「いいよ。雑炊用意してあげる」


 香帆が走って台所へと向かった。

 調理の音が店頭にまで響くなか、蛍はぼんやりとしていた。

 きゅるるうと腹の虫がなく。

 それから三十分後。湯気が立ち上る卵雑炊を持ってこちらに来た。


「出来上がったよ」

「ありがとう」


 机の上に置かれた卵雑炊を銀色のスプーンで掬ってふぅふぅと口から風を当てて冷まして、一口食べる。熱々の雑炊に卵の甘味の相乗効果でより美味しい。


「香帆は料理の腕があるね」


「雑炊ぐらい誰でも作れるよ」


「いやいや、雑炊を甘く見たら駄目だよ。私なんか料理全般作れないんだから」

「いい年してそれはちょっと駄目かなって思うよ。得意料理のひとつでも覚えたら?」


「例えば?」


「例えば……カレー? とか、肉じゃが? とかそうめん? とか」

「なんで全部疑問形? あと最後のそうめんは湯がくだけでしょ」


 バレたか、とへへっと笑う香帆。その表情がとても可愛かった。



 でも、本人は蛍に気付かれていないと思っているだろうけど、香帆は人を殺そうとしている。

 実は香帆と蛍は異母姉妹で。二人は直接的には血はつながってはいない。そしてどうやら香帆は幼少期、母親からDVを受けていたらしくその影響か、心的外傷後ストレス障害を患っている。


 母親が俊介さんという四十代の実業家と結婚したとき、俊介さんの娘である香帆と蛍は出会った。当時蛍は十八歳だった。精神障害を患っている香帆に少しでも生きやすくなってもらいたいと思い、カウンセラーの道を志した。

 だけど、なにも変わらなかった。変えることが出来なかった。

 

 そしたら香帆は鬱病に近い症状も合併した。

 部屋から出てこない。その部屋の中では香帆は毎日発狂していた。

 医師からは精神病院の入院を勧められていた。

 だがを境に、発狂などのそれらの症状は寛解した。

 

 卵雑炊を完食し終えて、息をつく。香帆に淹れてもらった禄茶をすすり、次に煙草に火を付ける。


「香帆……志桜里ちゃんになにか吹き込んでいないよね」

 すると一瞬だけ香帆は無表情になったが、しかし笑みを見せた。

「なにもしてないよ。だから安心して。お姉ちゃん」


 嘘をつくとき、香帆は無表情になる瞬間がある。


「香帆は……いまとてもしんどい時期だと思う。それでも志桜里ちゃんと助け合いながらだったら生きられるんじゃない?」

「……私、殺す覚悟、出来ているから」

「どういう意味」


 蛍の眉が吊り上がる。殺すなんて物騒な言葉を使ったことに怒りが湧いたのだ。


「志桜里ちゃんね、あの子から殺害をお願いされている。だから殺すんだ」

「そんなの、お姉ちゃん許さないよ。誰かのために犯罪に手をは染めようとするなんて」


 そう厳しく言った。誰かの生死を軽々しく使うなんて蛍は許せなかった。


「ごめん……」


 素直に謝ってきた香帆に、「分かってくれればいいのよ」と言う蛍。

 でも、本当に分かっているのだろうか。


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