第二章 戦う少女 

第19話 十円パンを食べに大阪に

 1


 夏が暮れ、秋になった。もうしばらく、夏の暑さを堪能したかったけれど、自分にとっての“最後の”夏はあっけなく終わった。


 もう残り、生きる猶予は一か月。今日は学校を休んで大阪へと向かった。


 志桜里の恋人という関係の、志連香帆と一緒に。


 奮発して購入した東海道新幹線のグリーン席のチケット。だから座り心地はよかった。


 お弁当をキヨスクで買って、それを開封して食べる。その間も、食後も外の景色を気にしていた。そんな様子を見ては香帆が「どうしたの?」と訊ねてくる。


「いや、左富士を見たくって」


 志桜里は富士山を見るのも今回の旅行で楽しみにしていた。


「もうお子様だな」


「香帆さんも見たくないですか?」


「香帆『さん』って……」


「ん?」


「いや、なんでもないよ。私はしょっちゅう大坂と東京を往来しているから、そんなにかな」


「そう……」


 そしたら志桜里のスマホに連絡が入った。相手は自宅の固定電話だった。思わず思考が固まってしまう。


「どうしたの?」

 と、香帆がスマホを覗き込んでくる。画面に『自宅』とあるのを見て、「出なくていいよ」と言って通話を切る。


「私、このままでいいのかな」


「大丈夫だよ。なにがあっても私が付いているから」


「ありがとう……」


 横から富士山が眺めることが出来た。それに圧巻してしまう。


「出来るだけ。あなたの夢を叶えさせてあげるから」


 香帆はどれだけ優しいのだろうか。


 そして、そんな優しさに甘えてしまう自分はどれだけずるいのだろうか。狡猾ではないと思いたいけれど、香帆に依存し、利用しているのは事実だ。それだけは変わらないのだから。



 大阪の梅田駅に着いた香帆と志桜里は、さっそく電光掲示板を見た。その理由はこの梅田駅は魔窟と別名にあるほど、迷いやすい駅だからだ。


「この駅の東口に十円パンの店があるらしい。行きましょ」


 香帆が掲示板で見つけた場所に向かう。


「でもどうして十円パンなの? 大坂だったら食の都なんだし、なんでも美味しいものはあるでしょ。焼肉とか」


「学生が、はしゃぎながら食べるものに憧れがあったんです。ほら、放課後とかに立ち寄って、喋りながら食べて、みたいな。そういうの素敵だなって」


「志桜里ちゃんって、普通の学生生活が送りたかったんだね」


「え……」


 確かにそうかもしれない。いじめられていて、友人もいないし別の学校の香帆しかいなくて。放課後に映画を観たり、こうして出店に立ち寄ったりは出来なかった。

 そうしたら香帆は笑ってきて、「私が満足いくまで楽しませてあげる。でもひとつ、条件があるわ」と言った。


「何ですか?」


「その敬語と、さんづけは辞めてね」


「……わかった。香帆ちゃん」


 幸せなそうな笑みを、香帆は見せた。


「んふふ、幸せ」


 これだけで幸せになるだなんて、どれだけ安上がりなんだろうか。


「じゃあ早速行こうよ」


 香帆に手を引っ張られて足早に東口へと目指す。



「はい、一枚五百円ね」と店主のおじさんが言いながら渡す。


 香帆が「奢ってあげる」と言ってくれたのでそれに甘えて買ってもらった。

 アツアツの十円パンを手に持って、パクりと食べる。中に入っているチーズと甘い生地がベストマッチだ。


「美味しい。これ、韓国発祥なんですってね」スマホで十円パンについて検索しながらそう言った香帆。


「そうなの。どう、香帆ちゃん。この味、幸せを感じるでしょ?」


「たしかに幸せ。生きててよかった」


「それはオーバーだよ。香帆ちゃんはずっと生き続けるんだから」


 すると少し涙目になっている香帆の瞳が、こちらに向けられた。チーズが熱かったのだろうか。


「本当に、志桜里ちゃんは死ぬの?」


 志桜里は俯き、こくりと頷いた。「うん、死ぬよ」


「世の中には、この十円パンに負けないくらいの楽しいことがたくさんあるんだよ。それでも?」


「私の決意は固いよ。だってどうせ生きていたって許嫁にされるんだし、いじめられるし、本当の意味での自由なんてないんだから」


「自由が欲しいの? だったら戸籍から抜ければ済む話じゃない。今は十八歳で成人だよ。クレジットカードだって作れるし、マンションだって借りられる。なんだってできるんだよ」


 志桜里は香帆を睨みつけた。「説教がしたいの?」


「そうじゃないの。この世界がどれだけ美しいもので満ち満ちているか、知ってもらいたかっただけ。殺す分には殺すよ」


 殺す、という言葉が異常に軽かったように思えた。それでも、そこを追及できなかった。また十円パンを食べる。


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