第11話 花言葉

 14


 翌日。志桜里は父親に叱られていた。「どうして学校に行かなかったんだ。先生が言うにはディズニーランドに行っていたそうじゃないか。お前はそうやって学費を無駄にするのか?」


「ごめんなさい」


 たぶん、麗美が担任にチクったんだ。ああ、イラつく。

 激昂が飛ぶなか、志桜里は歯がみしてぐっとこらえていた。


「もう勝手な行動は赦さないからな」


「はい……」


「分かったのなら、早く学校に行きなさい」


 頷き、弁当箱を持って学校へと行くために玄関を出た。

 夏のじりじりとした陽光が、容赦なく志桜里を叩きつける。

 ああ、なんでこんなに世の中って不条理なんだろう。

 

 自転車を漕いでいるときも、電車に乗っているときも、ずっと憂鬱だった。しんどかった。

 そして高校の最寄り駅に到着し、俯きながら歩いていた。

 麗美だってディズニーで遊んでいたじゃないか。それなのに、どうして自分だけ怒られなくてはいけないんだ。

 やはり不条理だ。

 

 教室に入るとどこかしらから侮蔑と嘲笑が聞こえた。


「あいつ、いじめられっ子なのに制服ディズニーしたんだって」


「もしかしてぼっちで? いろいろ可哀そうだな。誰か一緒に行ってあげろよ」


「そんな奴いねえって。ブスなのに」


 すとすと上履きで歩くたびにそんな揶揄が聞こえてきて、今すぐにでも鼓膜をやぶってしまいたかった。

 席に座り、机に突っ伏す。

 

 時間が、早く過ぎ去れと思った。

 

 香帆と一緒にいるときはその時間が永遠に続けばいいのに、と思っているのに。

 

 ああ、相反している。この学校と香帆の存在の価値基準が。

 涙が出て、でも誰も励ましてくれなくて。自分の愚かさに嫌気がさす。

 でも、自分より不幸な人なんてたくさんいて、そのサークルのなかに自分は当てはまらないことを知っている。

 

 窓から射す陽光が、この時ばかりは曇ったように思えた。そう、思いたかっただけかもしれないが……


 15


 下校時。花屋の前を通った。

 花粉から漂ういい匂いが鼻孔をくすぐった。

 なんていい香りなんだろう。その花は純白で白い花弁が咲き誇っていた。


「綺麗な花でしょう」


「はい……って、え?」


 その声は、香帆だった。

 手に持つバケツに花束が植え付けられている。


「その花はオオアマナって言うのよ。どう、一束?」


「でも、私には似合わないよ……」


「あなたにぴったりよ。花言葉も“含めてね”」


 そう促されるまま、志桜里は一本の花——オオアマナを持った。

 とても優美で、綺麗だった。


「花言葉、なんて言うんですか?」


 香帆はバケツを置きながら、「いつか教えるわ。そうね、あなたを殺すときとか」とか言うもんだから志桜里は苦笑した。


「花言葉が餞の言葉、ってことですか?」


「どうかしら」


「どうかしら、って……」


 そしたら香帆が志桜里を抱きしめた。


「昨日、黙って私のこと、抱きしめたでしょ」


「えっと……」


 志桜里は戸惑いながら体を固くさせた。


「どう、今日は私の部屋に来ない? 家に親いないの」


「そ……それは」


 体が離れて、そしてとんとんと肩を叩かれた。「あなたがいつか、他人を受け入れられるように、なるといいね」

 そんなこと、たぶん起き得ないと思った。


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