営業スマイルとさみしさ

第14話

あれから一週間経ち、平穏な日常が戻って来た。


「こんにちは、納品に参りました」

「清士郎、いつもありがとう」

「納品書です」

「そう言えばこないだ帝国軍が町に来たけどなんだったのかな?」

「あー、あの御イヌ様はお偉いさんの所のイヌだったようで連れていかれました」

「えっ?わざわざイヌのためにあんなに?」

「ええ、迷いイヌでした」


清士郎はいつもの営業スマイルをした。



「そうか……珍しいイヌだものね。それは大変だったね」

「はい、また参りますね」


清士郎は仙塚堂から出ようとしたら、主人が慌てて言う。


「売り上げを忘れているよ」

「あっ、はい、ありがとうございます!」

「珍しいね、ではまた来週よろしくね」

「はい!」


今度こそ清士郎は店を出ていった。



「わかるぞ、清士郎。オレも寂しい」

「はじめての弟子ですからね」


だいぶ大きくなった龍神は清士郎の頭から肩にかけてとぐろを巻くように乗っている。

向こうから元締めが子分を二人引き連れて歩いている。


「大吉だな」

「……」


清士郎は真顔で大吉に会釈した。



大吉は柔らかい笑みでそれを受けた、そして得たいの知れない視線を向けてくる。

熱を帯びたかと思うと殺意のような感情も垣間見える。

そのまま、すれ違っていった。


「ぞぞぞってなるな」

「はい。何でしょうね、あれ」

「なんか執着してるのは確かだな」

「ええ、気持ちが悪いです」



「清士郎の事、好きなんかな?」



「それはないですね。妻子持ちの上に愛人も全員女性ですよ?」

「はぁぁー、良いご身分な事で」

「羨ましいのですね」

「オレは珠子ちゃん一筋だ!」


そうでしたねと清士郎は笑って頷いた。

龍神と良いことと嫌なことを共有できるだけでもう充分だと思った。

そう思っていたのに、胸がしくしく痛むのはなぜだろう。



特に夜寝る前には胸がしくしくちくちく痛む。

まだ凛夏の通力を自分の中に感じるのだ。その度に凛夏をあのキスを思い出す。

やっぱりキスなんかするんじゃなかったと後悔する。

他の人ではああはならない。それはハッキリとわかった。

そのまま寝られずに朝方になることもあった。



龍神には鮭定食だったが清士郎は雑炊だった。


「どうした? 体調が悪いのか?」

「あまり寝られませんでした」

「凛夏ちゃんのことか?」

「ええ、まあ、何でしょうね」

「ついにオレの仲間だな、おめでとう清士郎」

「どういうことです?」

「それは恋だ。赤飯でも炊こうか」

「いえ、きっと自分の中から姫君の通力が消えれば忘れてしまいます」


清士郎は雑炊を食べはじめた。



「オレは珠子ちゃんを何百年も想ってるぞ。初恋の相手だ。楽しい思い出がたくさんある」

「途中、忘れかけてましたけどね。僕は人間ですから大丈夫です」


龍神は妄想の世界に入ってしまった、自分を自分で抱き締めている。

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