スキヤキと記念日
第4話
家に帰ってしばらく平穏な日々が続いた。
「おっ!わたあめか? 今日はスキヤキだな」
「はい。ロン様のお好きなしらたきも、たくさん入れましょう」
龍神はこの嫁のような青年の笑顔にときめいた。もし女の子だったら結婚していただろう。
「なんかの記念日だっけ? 清士郎の誕生日や出会った日記念日は終わったよな」
「今日は心を失った記念日です」
「急に食いにくくなったな。あんなこともう忘れろよ」
清士郎がここに住みはじめて、町の元締めにお金を請求されてボコボコにされた日から六年たったらしい。
そうして龍神の許可をもらい隠してあった金貨と清士郎の母の形見を手放した日だ。
金貨一枚で筋を通してもらい、元締めと約束を取り交わした。それで暴力がおさまり、この町に住む権利まで得られた。
それから清士郎は金が全てだと思うようになった。
「ふふふ。あの組の財産を越えるまで忘れるなんて出来ません」
清士郎はニッコリ微笑んで言う。
「そうか、根は深いな」
出会った頃の清士郎は純粋で良い子だっただけに悲しい。
「ぎゃーぎゃー」と壁に吊るしてある木の鳥が鳴き声をあげた。
「誰か来た、お客さんかな?」
玄関の引戸を開けると、あま色の髪に翠の目をした可憐な少女がいて、清士郎に気がつくと抱きついてきた。
いつかのお姫様だった。
「やはりあなたは輝いて見える、きっとこれは恋だわ!」
「はあ?」
輝いて見えるのは神通力が目で見えているせいだ。
「あなたは運命の人です」
「いや、違うと思います」
「奥さんがいても、二番目でも良いので私をこの家に置いてください」
「イヤーすごいべっぴんが二番目とかスゴいな清士郎。というか奥さんって誰だ?」
「ロン様、しっ!」
清士郎は人差し指を鼻と口にあてた。
「何ですか? このしゃべる蛇は?」
「この娘、オレが見えるのか?!」
姫様は不思議そうに龍神の尻尾を掴んだ。
「ロン様に気安く触らないでください! 神様ですよ」
「いや、良い。娘、もっと触れ合おう」
ニカッとして龍神は姫様に飛びついた。
姫様は龍神を受け止めた。
「この方が神様?」
「そうだ。水を司る龍神だ」
姫様は龍神をじっと見る。
「私のペットにしましょう」
「娘、オレの話聞いてたか?」
清士郎は龍神を取り返し、肩にのせた。
「なんて失礼なことを! この家にロン様を敬えない者は住む資格はありません!」
ピシャンと玄関の引戸を閉めて鍵をかけた。
戸を叩いて「清士郎」と名前を呼んでいる。
「何なんでしょう、あれ」
「スベスベの柔けぇ手だったな。久しぶりに女人に触れたぞ」
龍神は鼻の下を伸ばして悦んでいた。
「だったらロン様にあげます! 晩ごはん作りますね」
清士郎は「心を失った記念日」のスキヤキを作るために厨房に引っ込んだ。
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