第26話 動いていないから動いていないように見えた
「へー、六位食品ね。私でも知ってるってことは、お金は持ってそうね。未来、デザートも頼みなさい。お母さんはジャンボパフェよ!」
「お母さんっ!!」
近くのファミレスに入り、席に着いて一段落したころ。
そこでお前は何者なんだという話になったので名刺を渡した。
まあウチの会社は名前だけは知られてるからね。
金は持っていないが、ジャンボパフェぐらいなら……、って1500円!?
……俺も頼んどくか。
一人だと恥ずかしくて注文できないからね。
こういうの食べて見たかったんだ。
「いい?未来。持ってる男っていうのはお金を払うのが嬉しいの。奢りたいって言うんだから奢らせてやればいのよ。でもどうせならファミレスじゃなくて、もっと高いお店にすればよかったわね」
俺は持ってないからうれしくないんだが?
「喧嘩してたんだから、高いお店はダメでしょ。あ、俺もジャンボパフェ食べてみたいから、未来ちゃんも遠慮しない注文してね」
ファミレスならいいってことはないけどね。
少しくらいなら騒いでも追い出されないだろう。
「斎藤君。ずいぶん変わったわね」
呼び方が斎藤君になった。
中学の時は女子からも春道って呼び捨てだったから、さっきはすごく懐かしく思えたんだけどね。
「そうか?」
ガリ子には変わってないって言われたし、すぐに俺だってわかったみたいだったけど……。
「大人になった、のかな?昔だったら、言い合ってる人をみても『うるさい、やめろ!』ぐらいだったと思うよ?それが間に入って一緒に話を聞くなんてねぇ」
見た目の話でなく?
「小泉は変わらないな……」
中学生の頃から垢抜けた雰囲気を持つ女の子だったからね、
なんとなく夜のお仕事をしているのが察せられてしまうのが寂しいが……。
「あのっ!お母さんと中学校の同級生ってことは、お父さんとも同級生ってことなんですよね?私のお父さんってどんな人でした?」
「未来……」
デザートメニューで顔隠しながらこちらをチラチラ窺っていた未来ちゃんが、意を決したかのように聞いて来た。
佐藤が亡くなったのは3歳の時だってさっき言ってたな……。
流石に覚えてはいないんだろうね……。
「一言で言うなら不良、かな?」
それから食事が来るまでの間、昔話で盛り上がった。
俺が一方的に佐藤に嫉妬してただけで、佐藤自体は気の良い奴だったからね。
一生懸命といいところを思い出して伝えましたよ?
︙
︙
「未来ちゃんはまだダンジョンに入る準備をしてる段階だから、ゆっくり話し合うといいと思うぞ」
食後、やはり今日だけでは話し合いに決着がつかなった。
でも、小泉は先程の頭ごなしに反対していた様子は見受けられず、未来ちゃんの話をちゃんと聞いてくれていた。
さっきの佐藤の話が効いたのかもしれない。
未来ちゃんは父親の影を追って冒険者になろうとしているのだろうか?
「そのクランとか言う話をされてもお母さんにはわかんない。事実としてお父さんはダンジョンで死んでるんだから、安全だなんて話はとても信じられないでしょ?他の仕事じゃダメなの?」
「昨日までは別にそれでも良かった。バイトが嫌になった時にお父さんのことを思い出して、冒険者がどんなことしているのか知りたいって思って、それで次のアルバイト気分で冒険者をしてみようって思ってたの。……でも今は違う。私が危なかった時、助けてくれたのは冒険者の斎藤さんだった。しかもお母さんとお父さんの同級生の。これにはきっと何か意味がると思うの。だから私、冒険者になる。もう決めた!」
小泉が俺を睨む。
お前、なんてことをしてくれたんだと……。
いや、俺が冒険者になったばかりの素人だってことは未来ちゃんも知ってるはずだぞ?
冒険者だからって、困ってる人を助けたりする理由にはならないからね?
そこに意味はないのだ。
「兎に角。さっきもその斎藤君も言ってるように、お母さんを納得させるまでは絶対にダンジョンに入っちゃダメだからね。それだけは約束して頂戴」
「……ねえ?斎藤さんと一緒でもダメ?」
なんでそうなる?
俺は素人ですよ?
あ、また睨まれた。
「そういう問題じゃないでしょ!」
「さっきのすごかったでしょ。速すぎて動きが見えなかったって、お母さんも言ってたじゃない」
速すぎて動きが見えなかったんじゃなくて、動いていないから動いていないように見えたんですね、わかります。
「……春道。アンタこの後予定あるの?」
また名前呼びになった。
これは怒ってらっしゃるのでは?
︙
︙
「お待たせ、乗って」
一旦解散して、駅に集合と言われたのでノコノコやってきました。
そこにタクシーで現れた小泉に、言われるままに乗り込んだら……。
「わっ。ずいぶん着飾ってきたな……」
髪もすごい巻き巻きしてる。
いい匂いがするし……。
「そ。これから出勤だから。アンタの話はお店で聞くわ」
出勤……。
この格好でこの時間からと言うことは、やっぱり夜のお仕事なのか……。
「えぇ?あんなことがあったのに未来ちゃん一人にしていいの?」
「もう犯人も捕まってるんだし、そこまで子供でもないでしょ。本人が仕事に行けって言ってたし、普段より元気なくらいだったんだから、大丈夫よ」
そういう問題か?
いや、でもそこまで口を出すのもな……。
なんか俺のせいでもあるっぽいし。
ショックを受けてないといいけどね。
「え?お店?今向かってるの?」
「そう。同伴出勤ってヤツ。お酒は飲めるでしょ?」
ふぇー。
人生初の同伴出勤ってヤツなんですが?
向かってるのはキャバクラか?
若い頃は上司に連れられて行ったことがあるけど……。
今の課長になってからは、そういうこともなくなったね。
良かったのか、悪かったのかはわからんが……。
「飲めないことはないけど……」
大丈夫だろうか。
今の状態で飲んだら、本日3度目の警察のお世話になったりしない?
口を付けるぐらいにしておこうかな?
「安心して。今日は娘を助けてもらったし、お代はなしで大丈夫よ。でも次からはファミレスじゃなくてお寿司とかにしてね」
今日は、とか次、とか言われましても、ね……。
あるんですか?
そんなことを考えている内にタクシーはどんどん都心の方へと進んで行く……。
︙
︙
「ここよ」
一等地に立つ高そうなお店……。
本当に支払いはいいの?
これだけいい店ってことはボッタクリや美人局ってことはないだろう。
そもそも今日は何の話で呼ばれたのかもわからないしね。
本当にお礼でお酒を飲ませてくれるだけなのかな?
「お邪魔します?」
席に案内されたけど、ヘルプについた娘達はすぐに小泉に追い返されてしまった。
ちょっと残念。
「で?未来とはどういう関係なの?」
短刀直入。
しかし何もないのだ。
「一回あっただけだけど?本当に初心者講習で初めて会って、次にあったのが今日で店長に腕を掴まれてるところだった。で、送るよってなって、家の前まで行ったら小泉に会って、店長に刺されたんだよ」
今日も含めてまだ2回しかあったことがない。
「そんな感じじゃなかったでしょ?ずいぶん親しそうだったし。キラキラした目で、私のこと送り出してわよ?アンタなら私を説得してくれるってね。本当のことを言いなさいよ。帰って未来に話を聞いて、今のが嘘だったら警察に行くからね」
3度前の警察出動はまさかのそこか……。
まあ親としては心配か。
こんなおっさんと娘が親しくしてたらね。
でもそれも冤罪です。
「本当だから落ち着いてくれ」
「本当に?アンタ、中学の時、私のこと好きだったでしょ?それで遂げられなかった思いを娘と……、なんて考えてないでしょうね?」
俺をなんだと思ってるんだ?
いや、それより……。
「そんなわけないでしょ。確認してどーぞだ。っていうか知ってたのか?」
「そりゃそうでしょ。よく私のこと見てたし。まあアンタだけじゃないけどね。3年間も見続けてきたのはアナタだけでーす」
うっ、恥ずかしい……。
「小泉は学年一の美少女だったもんな……」
見た目だけでなく、こうして何でも言うハキハキした性格で明るい子だった。
男女問わず、みんなが小泉のことを好きだったはずだ。
「ちょっと、過去形にしないでよ。今でも美少女です!あと、その小泉ってやめて。ここではキョーコって名前なんだから」
未来ちゃんが佐藤未来と名乗ったことを考えると、小泉は今も佐藤姓のままなのだろう。
小泉明日香ではなく、佐藤明日香。
それが今の本名か……。
その後は俺の話を聞くって言うよりも、小泉、いや、キョーコさんの愚痴を聞く感じになった。
ペースの早いキョーコさんに釣られて、俺も酒を飲んでしまったけど、まったく酔うと言うこともなかった。
もしかしたら、ステータスの補正で酔っぱらわないのかもしれない。
ただ、何かあってはマズいので、家まではタクシーで無事帰宅を果たした。
ちなみにお金はいらないと言われていたが、キョーコさんが席を外した隙にお店のママさんにお願いしてお支払いをした。
お金を貯めないといけない時期に自腹を切らせるのは悪いからね。
普通の料金でお願いしますと言ったのだが、ちょっとお高めでしたね。
実はかなり稼いでいない?
ダンジョンコインを換金していなかったら危なかったぜ。
いや、換金していてもタクシー代も含めて危なかったんだけど……。
お酒を飲んだら風呂に入るのは危ないんだっけ、と思いシャワーだけにしたが、シャワーも危なくない?
今日3度目の警察の出番はなかったようで、安心して床に就いた。
︙
︙
「おい、警察だ。開けろ!」
ドンドンドンっと、ドアを激しく叩く音で目が覚める。
ええー、出番あったじゃん。
そう思い、目を開けて時計を見ると日付は変わっている。
もう朝だ。
本日一度目の警察の出勤ですね。
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