第25話 ついてない奴にはついてない奴なりの生き方っていうのがある

「大変申し訳ありませんでした」


 俺に頭を下げているのは所轄の刑事さん。

 あの後、駆けつけた警察官に当然のように逮捕されたのは俺。

 いつものパターンです。

 いや、今回は怪我もさせてたし、完全に冤罪って訳でもないけどね。

 そして連れてこられた近所の警察署で、ちょっと偉めの刑事さんに謝られているところだ。


「よくあることなので気にしないでください」


「え?」


 警察としては、誤認逮捕がそんなしょっちゅうあって堪るかって思うかもしれないが、実際にあるんだからしょうがない。


「俺の方こそ、手錠を壊してしまって申し訳ないです」


 暴れたんじゃないぞ?

 いつものことなので大人しく従っていたんだけど、パトカーで移動している最中に頭を掻こうとしたら、真ん中の鎖がちぎれちゃったんだよね。


「いやいや、手錠は人間の力では壊れないので。アレは劣化でしょうね。本物の凶悪犯罪者の時じゃなくて、我々も助かったくらいです」


 そうかー、俺のせいじゃなかったかー(棒)。

 それにしても今回は方だ。

 なんと言っても被害者が逃げずに証言してくれたお陰で、朝を待たずに帰れそうだからね。

 未来ちゃんに感謝しないと。

 刺されて、誤認逮捕までされたのに、ついてるって何だろう……。


「それで、犯人はどうなりました?」


 実は誤認逮捕も悪いことばかりではない。

 この後、警察は俺の話を完全に信じて有利にことを進めることが出来るからね。

 これは前の職場でもそうだったんだけど、変な疑いを掛けられた後にお詫びとして有利な契約になったりするのだ。

 疑われたからといっても激高したり、帰ったりせずに笑い話にでもして関係を築く。

 ついてない奴にはついてない奴なりの生き方っていうのがあるのだ。


「運ばれた病院で無事に逮捕されました。まあ、あの怪我では自力で逃げるのは難しいでしょうね。両手の指はグチャグチャで腕も肘の辺りまで骨折していたらしいです。過剰防衛の線もありますが、状況から見るに犯人は明確な殺意を持っての犯行。訴えてきても通らないでしょうね」


 いや、俺は本当に何もしてないんだけどね。

 店長が自分で刺して自爆しただけなのだ。

 この後、何をしたのか聞かれても返答に困るな……。


「えっと、千葉県警の平松警部に連絡はして頂けたでしょうか」


 ホウレンソウ、これ大事!

 話しておかないと後で怒られるからね。

 いや、平松警部だから、たぶん話しても怒られるんだけど……。

 この忙しいのに何してるんだ、って。


「はい。その話もしなければと思っていたところです。斎藤さんは千葉で起こってる事件の被害者でもあったんですね。あのコンビニの店長がブラックローズの関係者だとは思えませんが、調査はしてくれるそうです。殺人未遂事件なので元より家宅捜索には入る予定でしたが、本庁からも応援が来て、より大規模なものになりそうですね」


 ついてないのはコンビニの店長もか。

 もし偶々ブラックローズに知り合いでもいたら、死刑の可能性まであるからね。

 同情の余地はまったくないが……。





「斎藤さん!よかった、会えた。待ってたんです!」


 本日二度目の出所、いや出署で、娑婆の空気を堪能しようとしたところに未来ちゃんから声を掛けられた。

 後ろには母親、もいる……。


「ああ、未来ちゃん。大丈夫?ショックだったでしょ?」


 もし一歩間違っていれば自分が刺されていたのかもしれないのだ。

 まあ店長は俺を未来ちゃんの恋人か何かだと勘違いして激高しての犯行だったみたいだけどね。 


「そうですね……。あんな怖い人だったなんて……。本当にありがとうございました。斎藤さんがいなかったら大変なことになっていたと思います。それとごめんなさい。斎藤さんが警察に連れていかれる時、ちゃんと説明できなくて……」


 いい子で困るね。

 母親に似て……。


「いやいや、ちゃんと説明してくれたからこうして出てこれたんだ。ありがとね」


「あのっ!斎藤君は中学の同級生だった、斎藤春道君なの?」


 ここで小泉が話に入ってきた。

 名前から思い出したのかな?


「そうだけど……」


「あ、よかった。合ってた。中学の頃と全然変わってて、わからなかったよ。20年近く会ってないよね?同窓会にも来なかったじゃない。寧ろそっちがよく私のことわかったね」


 あれ?なんかこの話、最近どこかでしたような?

 デジャヴってヤツ?


「未来ちゃんを見た時に似てるって思ってたからさ。ああ、やっぱりかって感じだったかな?小泉……、あれ?佐藤?佐藤ってことはの娘?」


「そうそう。未来はリュージと私の子供なのよ」


 うっ、頭が……。

 この小泉明日香こいずみあすかは俺が中学校の三年間、片思いだった女子だ。

 そして佐藤隆司さとうりゅうじも同級生。

 佐藤はあまり学校にはこないような不良だったが、女の子にモテた。

 いや、不良だからモテていたのだろうか。

 学年で一番の美人といってもいい小泉と、学校一の不良の佐藤。

 気が付いたら二人はつき合っていて、俺の淡い恋は終わりを告げた……。

 別の高校に進学した後、すぐに小泉が妊娠をして高校をやめたというを聞いていた。

 それ以降は封印していた苦い記憶だったが、まさかこんな再開を果たすとは……。


「へー、そうなんだ……。佐藤は元気?」


 美人な奥さんと可愛い娘。

 俺とは違って最高に幸せな奴だな……。


「うん、死んだ。未来が3歳の時にね。もー、それから大変だったんだから。実家からも縁を切られてて、女手一つで未来のことここまで育てたんだからね。すごいでしょ?」


 幸せ、じゃなかった……。

 しかも、そんなあっけらかんと……。

 3歳ってことは小泉が二十歳くらいの時か?

 俺はまだ大学に通ってた頃だ。


「すげえな。それは本当にすごい……。でも佐藤は何で?」


「冒険者だったの。知ってる?あのダンジョンに行ってお金稼ぐ人達。ある日、ダンジョンにいってそれっきり……。もー、とんだ大馬鹿野郎よ!」


 冒険者だったのか……。


「ああ、それで未来ちゃんが……」


 ん?

 なんか小泉の後ろで、未来ちゃんが必死に何かサインを送ってきている。

 首を振ったり、人差し指を唇に当てて見たり……。

 これは……、バントか?

 しかも、直前まで打つ構えをしていて、ボールが来てからバントに切り替える感じですね。

 俺はこれでも元野球部、サインには詳しいのだ。


「未来?あ、そういえば未来とはどこで知り合ったの?前から知ってたのよね?」


「初めて会ったのは2週間くらい前かな?冒険者ライセンスを取る初心者講習で一緒になったんだよ」


「なんで言うんですかーっ!!」


 ビックリした。

 未来ちゃんが急に大声を出した。

 え?

 そういうサインだったよね?


「ちょっと、未来!冒険者ってどういうことなの?お母さん何も聞いてないわよ?」


 やっぱ、そういう感じか……。

 学校にも内緒、親にも内緒、困った子ですね。


「言ったら反対するでしょ!大学行くためにお金が必要なの!」


「それぐらいのお金はあるっていつも言ってるでしょ!アルバイトももうしなくていい!アンタは勉強に集中しなさい!」


 親子喧嘩が始まってしまった。


「嘘だよっ!この前もう新しくお客さんがつかなくなったって泣いてたじゃん!それにそのお金使っちゃったらお母さんの老後はどうなるの?」


「バカ!指名が入らなくても、厨房でもなんでも仕事はするんだから!他の仕事だっていい!お母さんまだまだ働けるんだから心配なんかしなくていいの!それになんで冒険者なの?冒険者はダメ!絶対にダメ!」


 佐藤、ダンジョンで死んでるんだもんな。

 まあ、そうでなくても親なら冒険者は反対するか。


「まあまあ小泉、落ち着いて。感情的にならずに未来ちゃんの話も聞いてあげよう」


 でもバントはここから。

 解決とまでとはいかないだろうけど、未来ちゃんが次の累に進める様に後押しするのが俺の仕事だ。

 そういうサインをもらったからね。


「小泉じゃない!春道は黙ってて!」


 ピシャっと言われた。

 バントってした本人はアウトになるんだよね……。


「実は俺も親に反対されてるんだよね。冒険者になるの」


「は?」


「え?」


 この前はアパートの保証人にはなってくれたが、早く別の仕事を見つけろと言われている。

 俺も未来ちゃんのこと言えない、悪い子なんです。


「その話、今関係あるの?」


 小泉にキッと睨まれる。

 ちょっとしたジョークなのに……。

 でもこっちを向いた。


「兎に角、ここで騒いでいてもしょうがないから場所を変えよう。晩飯まだでしょ?その辺のファミレスにでも入ろうぜ。奢るから。な、娘を助けたお礼に食事くらい付き合ってくれよ」


 こう言われたら断れないだろう。

 また冤罪で捕まるのは勘弁だし、お腹がいっぱいになればイライラも収まるかもしれないからね。



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