第16話 ★正義の冒険者【朝日恵】その2

SIDE:朝日恵あさひめぐみ(人気ダンジョン配信者)

※主人公以外の三人称視点となります。



「結局、昨日の地震は何だったんですの?」


 昨日はあの後休憩も入れずに地上までの強行脱出となった。

 まあ強行と言っても、モンスターはほとんどおらず、ただただ歩いただけだったけど……。

 地上に付いたのは深夜を過ぎていたけど、道中の配信はかなりの視聴者数だったのでプロデューサーはご機嫌だったけどね。


「原因はわかんないんけど、やっぱりモンスターはリポップしないみたいだね。ニュースを見た限りだとしばらくは本部に入れないみたいだよ」


「……」


 そのまま全員で近くのホテルに泊まり、アタシが目を覚ましたのは昼を過ぎてからだった。

 どうやらシノブは早起きしてニュースを見ていたようだ。

 今は事務所に移動してこれからの方針を決める会議が始まるのを待っている。


「お待たせしました」


 マネちゃんとプロデューサーが入ってくる。


「どうでした?」


 二人は協会本部に寄ってから来たのだ。

 状況を教えてくれとヨーコが詰め寄る。


「どうしたもこうしたもないよ。本部ダンジョンは閉鎖。復旧の目途はなし。まだまだ調査中だってさ」


 プロデューサーがヤレヤレと言った感じで答える。


「エリはどうなります?」


 ヨーコの心配はそこだ。

 エリザべスは猫の様な見た目だが、モンスターなのには変わりはない。

 外には連れ出せないのだ。

 普段はダンジョン内にある預り所に預けていて、今回も外には出せないので同じように預けてきたんだけど……。


「そのまま本部ダンジョン内で預かってくれるそうです。移動するなら順番待ちで2週間は掛かると言われました。すでに申し込みが殺到しているみたいですね」


 マネちゃんが答える。

 従魔を別のダンジョンに移動させるには認可を受けた専用の護送車と護衛が必要だ。

 地上ではスキルは使えないので従魔は言うことを聞かなくなる。

 前に移動の様子を見た限りでは、一応アタシ達のことは認識してはいるようだった。

 それでも檻の中で小さくなってこちらに寄っては来なかったし、他の人達のことは威嚇してヨーコの制止にも耳を傾けなかった。

 従魔であるエリザベスはまだいい方で、普通のモンスターは死ぬまで暴れ続けるので移送は難しいと聞く。

 海外だと逃げられて大きな被害が出たと言うニュースもしばしば見るので、協会としても半端な対応は出来ないのだ。


「予約すれば面会はOKらしいから、動画を撮りに行こう。それとこれ、次の動画の企画書ね。エリが動かせないから思い切って別のペット捕まえに行こうよ」


 会える、と聞いてヨーコが安心したのも束の間……。


「……なんですかこれ?千葉?しかも、わざと傷つけてから治すんですか?」


 再びヨーコの顔が曇る。


「ええ?しかも2階層のドーベルドッグって、一番弱いヤツじゃないですか。せめてシルバーウルフにしましょうよ」


「どうせなら40階層まで行ってケルベロスがいいですわ!」


 40階とか本部のダンジョンでも言ったこともないでしょ。

 溜息をつきつつ、アタシも企画書に目を通す。

 ……酷いヤラセだ。

 簡単に言えば千葉ダンジョンの2階層で瀕死の状態で放置されていたドーベルドッグを見つけたヨーコが、哀れに思ってテイムして回復スキルを掛ける、といったストーリーだ。

 【魔物使い】には自分の従魔を回復できるスキルがある。

 なので怪我を治すには必然的にテイムする必要がある。

 それはいい。

 問題なのはそれを計画的にやると言うことだ。

 浅い階層では魔石すら大した稼ぎにならないので倒したモンスターを放置すると言うことはままあるだろう。

 でもそんなモンスターを都合よく見つけることは出来る訳がないのだ。

 つまり仕込むと言うこと……。


「シノブもメイコもわかってないねー。それじゃ劇的じゃないでしょー。効率を無視して弱いモンスターをテイムする。ヨーコが見せる慈愛の心に視聴者は心を動かされる訳よ」


 コイツ……。

 ヨーコにとってエリザベスは初めての従魔ではない。

 前の従魔は戦闘中にヨーコを庇って亡くなっている。

 しばらくは新しい従魔をテイムすることを拒んで探索を続けていたヨーコだったが、その年明けに偶々遭遇したフィールドボスを急にテイムしたのだ。

 それがサファイアキャットのエリザベスである。

 思えば前の従魔も猫型のモンスターだったから、何か思うところがあったのだろう。

 エリザベスの方も何故か抵抗もなくテイムされた……。

 そんな劇的な出会いに動画の再生数は回りに回った。

 海外からもアクセウが殺到してその動画だけでも4000万再生。

 始めは警戒していたエリザベスがアタシ達にも心を開くまで、その関連動画を全て含めれば今や1億再生を越えている。

 流石にフィールドボスは仕込めないのでこれは本当に起こった奇跡なのだが、プロデューサーはこれに味を占めたのだろう。

 ヨーコの気持ちも考えないようなヤラセをぶち込んできやがった。

 本当に腹が立つ。


「もうヤラセはしないって言ったでしょ!31階層のジョブ部屋に行くんだから、その企画立ててよ!」


 そうだ、アタシは先に進むんだ。


「だーかーらー、無理だって言ってるでしょ。スポンサーの意向なの。これからは低階層で新ペットとの心温まる配信中心で行くからヨロシク!ランコもドラマ決まったし、怪我でもしたら大変っしょ」


「いい加減にしてよ!!31階層に行く気がないならアタシやめるからね!それまでは他の動画も撮らないし、配信もしないから!」


 怒ってそのまま事務所を飛び出してしまった。





「ハァ」


 売り言葉に買い言葉。

 いや、あれは本心だった……。

 これでよかったのかもしれない。

 子供の頃、集めたポーションを無償で配ると言う、今では信じられない行為をしていた忍者のコスプレをした冒険者がいたことを思い出す。

 子供心に冒険者こそ正義の味方、そんな風に思っていた。

 そしてアタシはそんな強い冒険者に憧れて、強くなる手段として配信者という道を選んだ。

 ヨーコは実家に借金があってお金の為に。

 ランコは元々は歌手になりたかったって言ってた。

 ドラマが決まって主題歌も歌えるって喜んでもんね。

 メイコは単純に目立ちたかったから。

 ダンジョン配信者になること自体が目的だったはずだ。

 シノブはスカウトされて嫌々だったかな?

 よく今まで続けてきたと思う。

 元々メンバーの目標はそれぞれ違うのだ。


「潮時、なのかな?」


 電話は鳴り続けているけど、それを無視して家路につく。





「ケイちゃんが辞めるなら私も辞めるから!」


 家に押し掛けてきたヨーコが突然そんなことを言いだす。


「そんなこと言って、アンタ、実家はどうすんの?」


「もう借金は返し終わったの。牧場も食肉用から乳牛に全部切り替えて、今は乳製品の生産が軌道に乗ったから私の支援はもう必要ないって。全部ケイちゃんのお陰だよ?」


 なんでアタシのお陰になるのか……。

 ヨーコの実家は牧場を経営している。

 でもダンジョン産の安いモンスター肉に押されて見る見る経営は悪化。

 5年前、その借金を返すために北海道から一人やってきたのがヨーコだ。

 北海道のダンジョンでライセンスを取った時に自分が【魔物使い】であることがわかり、当時若い女の子のダンジョン配信者を募集していた今の事務所に応募してきたのだ。

 初めて会った時はイモっぽい子だなと思っていたけど、今やアタシなんかよりもずっと綺麗なお姉さんになってしまった。

 5年、か……。

 最初は二人だけで配信してたなぁ。


「みんなのお陰でしょ」


「ううん。ケイちゃんのお陰だよ。ケイちゃんがいたから今まで頑張れたんだから。だから、ケイちゃんが冒険者としてダンジョンの奥を目指すなら私もそれについて行く!」


「意味わかって言ってる?死ぬかもしれないんだよ?危ない目に遭うし、エリザベスだって……」


 前の従魔みたいなことに……。


「それはケイちゃんも一緒でしょ。エリザベスも大事だけどケイちゃんも同じくらい大事なの。だから絶対一人にしないから!」


 従魔と同じくらい大事って、それはそれでどうなのと問いたい。

 でも、この子は一度言い出したら聞かない。

 甘えてみようかな?


「ま、ちょうどパーティーメンバーを探そうと思ってたからね。まずは一人目。これからもよろしくね」


 その後、二人で仲良く辞表を出したが、意外なほどすんなりと受理された。

 卒業配信があるのでそれだけはしっかり撮ることが条件だった。

 円満に退社したとアピールしたいのだろう。

 ランコは忙しくなるし、アタシ達の他のにもグループはいる。

 それに新人の中にはヨーコと同じ【魔物使い】がいるのでこれからはその子をアマリリスに入れてやっていくとプロデューサーは言っていた。

 メイコとシノブ、うまくやっていけるだろうか?





「莉子さんも辞表出したって」


 莉子さんと言うのはマネちゃんのことだ。

 マネちゃんも私に付いて来てくれるらしい。


「うぇー、マジかー。責任感じちゃうなぁ」


 逆にマネちゃんもこうなった責任は自分にあるって言ってたけど……。


「良かったじゃない。これで冒険に集中しながら配信も出来るでしょ?」


 マネちゃんはレベル10くらいだったはず。

 護衛がついてるとはいえ、レベル10でよく毎回30階層まで付いて来ていたものである。

 でもこれからは地上にいてもらって、安全な場所からマネージャー業をしてもらおうと思う。


「うーん、じゃあ明日は千葉に行ってみようか。あんまり評判良くないけど、15階層のキャンプ地点を見て決めよ?」


 本部ダンジョンが閉鎖されて1週間。

 調査については進展がなく、モンスターはリポップしないままらしい。

 少なくとも今年中の再開はないらしいけど、アタシ達もそこまで待ってはいられない。

 活動する為に新しく本拠地とするダンジョンを決めないといけない。

 アマリリスや事務所の子達は埼玉に行くようなのでそっちは避けたい。

 となると千葉、あるいはヨーコの実家のある北海道か……。

 兎に角明日は千葉に下見に行くことにした。


「二人で大丈夫かな?」


「15階層で日帰りだからね。大丈夫、大丈夫」


 それが間違いだった……。



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