第14話 ゾーン状態

「【水魔法使い】、14階層か。行ってみようかな?」


 ラッシュを避けるため、千葉で晩飯を食ってからゆっくり目で自宅に帰ってきた。

 風呂にも入ったし後は寝るだけなのだが、その前に最近の日課になりつつある情報収集をしている。

 手加減の練習は順調と言っていいだろう。

 最初からある程度決めた力を出す分には問題は無くなってきている。

 しかしながら、モンスターと言うのは一定の動きをしてはくれないのだ。


『小山、体勢を崩されながらも片手でスタンドまで!』


 深夜のニュース番組でメジャーリーグのニュースが流れてくる。

 モンスターの行動にはパターンはあるようだが、毎回同じコースにストレートということはない。

 少しでも予想と外れた場所に岩飛蝗が飛んでくると、小山みたいに片手でもホームランを打ってしまうのだ。

 クソボールを振るんじゃないって話なんだが、それはそれ。

 そこで俺が目を付けたのはスキルである。

 スキルなら常に一定の力を発揮できるんじゃないだろうか?と。

 特にの様な、何かを撃ち出すスキルで常に一定の出力で発射することが出来れば、一番加減が利くんじゃないだろうか?


「うーん、日帰りで行ける範囲は14、15階層までか。行けないことはない、か」


 前提でレベルが十分に足りていればって条件はあるけど、真っ直ぐ次の階への階段を目指すなら一つの階層を突破するのにかかる時間は15分程度。

 本当に行って帰ってくるだけになってしまうが、15階層までなら朝早くに出れば日が沈む前に帰ってこれるらしい。

 ダンジョンの日没は地上のダンジョンの入口のある場所と連動している。

 ずっと夜だったり1階層みたいに洞窟の様な場所も一部あるらしいが、ほぼ外と同じと考えていいだろう。

 【水魔法使い】のジョブ部屋があるのは14階層。

 朝8時に出てれば日没前の17時には戻って来れる計算だろう。

 ちなみに今見ているサイトの情報によれば、奥に行けば行くほどモンスターは強くなるので、16階層以降は1つの階層を突破するのに30分は見た方がいいようだ。 

 まあそもそもすでに無職のような状態の俺には時間は関係ないんだけどさ。

 終電に間に合えば……。


「うっ、頭が……」


 これじゃあ元職場と変わりないじゃないか。

 最悪泊りでもいいとも考えているけど、時間に縛られても碌なことにはならない。

 いっそダンジョンの近くに引っ越すべきだろうか?

 だったら、早い方がいいな。

 完全に会社を辞めてしまうと俺は無職と言うことになる。

 そうなると部屋を借りるのも一苦労だろう。

 うーん、千葉かぁ……。

 いや、保証人とかもいるよな。

 親にまだクビになったこと言ってなかったり……。





「契約してしまった……」


 翌日は千葉支部の近くに部屋探しをした。

 どうも本部から流れてきた冒険者達が一斉に近くの部屋を借りようとしているらしく、早く契約しないと部屋が無くなるよと脅されて、保証人がいない状態ではあるが仮契約をしてしまった。

 後は審査が通って保証人を連れてくれば本契約へと至る。

 引っ越せるのはその後になるので、しばらくは、前のボロアパートから通うことになるな。

 ぶっ壊してしまった台所の蛇口やトイレのドアを早々になんかしないと……。

 直しておかないと敷金を持っていかれた他に修理代まで請求されそうだからね。


「部屋は悪くなかったから、まあいいか」


 部屋の間取り的には同じだったが、今住んでるボロアパートよりも綺麗で値段もずっと安い。

 しかも支部まで徒歩5分。

 駅が支部の向こうにあって少し遠いことを除けばいい部屋を選んだんじゃないだろうか? 


「帰ってボロアパートを何とかするか……」


 引っ越しの準備をして、向こうを引き払わないとね。





『おはようございます。もう入ダン済ですか?今日も気を付けて行ってきてくださいね』


 新しいアパートを契約してから2日たった。

 昨日は水道の修理をお願いしていたのでダンジョンには来れず、2日ぶりのダンジョンである。

 しかも今日は始発で来て、そのままダンジョンに入ったので新井さんとは会えていない。

 2日も会ってないと力が出ないね。

 出ても困るんだけど。


(返信返信っと)


 顔を合わせてないのにメッセージをくれる新井さんに感謝しつつ返信。

 新井さんが帰る午後5時までに戻って顔を見たいところだ。

 今は8時半を回った所だが、俺は既に4階層にいる。

 目標は14階層のジョブ部屋。

 いいペースで来れてると思うので、昼までには【水魔法使い】をゲット出来てるかな?

 千葉のモンスターの分布を確認しておこう。


 1階層ゴブリン。

 2階層ドーベルドッグ。

 3階層コボルト。

 4階層岩飛蝗。

 5階層岩蛙。

 6階層岩蜥蜴。

 7階層岩蜘蛛。

 8階層ホブゴブリン

 9階層サハギン。

 10階層シルバーウルフ。

 11階層以降はそれまでのモンスターが何種類か組み合わさって出てくる。

 11階層はドーベルドッグ、コボルト、シルバーウルフの犬系モンスターがレベル11の状態で現れる。

 12階層は岩飛蝗、岩蛙、岩蜥蜴、岩蜘蛛の岩の虫モンスターがレベル12の状態で。

 13階層はゴブリンの亜種が複数種。

 そして14階層は少し変わっていて池のあるマップになっている。

 出てくるモンスターはサハギンの亜種だ。


(レベル9999ならこの辺のモンスターには苦戦はしないはず……)


 たぶん攻撃を受けても向こうにダメージがあるんじゃないのかな?

 転んで池に落ちないようにだけ気を付ければ大丈夫だろう。





「やってきました14階層」


 ジョブ部屋の前でレポーターのように1人呟く。

 そう言えば、ダンジョン配信っていうのが流行っているらしいね。

 ダンジョン内はネットに繋がるから生放送も出来る。

 何かの参考になるかもしれないし、帰ったら見てみようか。


「中にも誰もいない、な」


 ここまでの道中もほとんど人とは行き会わなかった。

 朝なのに地上の方に向かう人が数人くらい。

 たぶん遠征して帰ってきた人たちだろう。

 みんなパーティーで1人だけなのは俺だけだった。

 まあ加減が利くようになるまでは一人なのはしょうがない。

 ここに来たのもその為だし。

 ジョブ部屋と言うのは基本的は1度入ればもう来る必要はなくなる。

 なので、よっぽど実入りの良い素材を手に入るボス以外の部屋はいつでも空いているのだ。

 【水魔法使い】のジョブ部屋のボスは岩鯰いわなまずになる。

 ナマズだけど地上にいるので安心だ。

 水魔法を使ってくるのにだけ注意かな?

 ちなみこのナマズ、食べれるらしいね。

 ただ川魚なせいか、あまり人気はないらしく、協会での買取もしていないそうだ。

 もっと言うとこの14階層に出てくるサハギンも食べられるとモンスター図鑑には書いてある。

 書いてはあるが誰も食べない。

 頭は魚だけど人型だからね。

 しかし、誰も食べないのに食べられると言うのはいかがなものか。

 毒がないならゴブリンだってその気になれば食べれるじゃんと思うのだが……。

 もしかしてサハギンは旨いのか?


「行くか……」


 昼は岩鯰にしてみようかとも思ったが、生憎、料理道具の持ち合わせがない。

 昼ご飯はコンビニのお握りやらサンドイッチを買ってあるからね。

 次に来るときは料理のできるキャンプ道具を持ってこよう……ってまた出費だな。

 金が減るばかりで儲けがないんですが……。


「デカい!?」


 1分経ってジョブ部屋の扉が開いた。

 そこにいたのはまごうことなきナマズ!

 本当に地面に鎮座している。

 コイツ、戦えるのか?と相手の心配をしてしまったその時、ナマズの髭の先から水の球が現れる。


(水魔法!!)


 それが十分に大きくなったところでこちらに向かって飛んでくる。

 両髭から出たので2発……。

 しかしその水球は俺とナマズのちょうど中間あたりで止まる。

 いや、

 俺が集中したからだ。

 おそらくステータスの敏捷の影響だろう。

 極端に集中すると時間が引き延ばされたようにゆっくりになるのだ。

 あの水球も止まったのではなく少しずづではあるがこちらに寄ってきているはず。

 プロ野球選手がに入るとボールが止まって見えると言うアレですね。

 モンスターの攻撃が当たりそうになると、しばしばこういうことが起こるのだ。

 お陰で俺は今まで一度も被弾したことがない。

 俺はその止まった時間の中、ゆっくりと歩いてナマズに近付く。

 この状態で動けるのも高い敏捷値のお陰だろう。

 外から見たら今の俺は超スピードで動いているのかしれない。

 ナマズの前まで行くとバットを軽くその額に当ててやる。

 これで十分。

 次の瞬間、時間が正常に動き出して岩鯰がはじけ飛ぶ。


《【水魔法使い】にジョブチェンジしますか?はい/いいえ》


 瞬殺である。

 遅れてバシャンとさっきまで俺がいた待機部屋から水球が弾けた音が聞こえた。



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