第12話 【紙漉き士】のジョブ部屋
「おはようございます、春道さん。早いですね。あら?装備を整えたんですか?お似合いですよ」
新井さんは今日も美しいですね。キリッ
と口には出すにはまだ俺のレベルが足りていないようだ。
混むのが嫌なので……、いや、物理的に危険なので始発に乗り込み千葉支部までやってきた。
それでこちらに着いたのはまだ新井さんの出勤前の時間だったので、地上の方の本部施設で色々準備をしてきたんだよね。
今日は一日ダンジョンに籠るつもりだから、昼飯を大量に買い込んでおきたかったし。
ついでに服と鞄なんかも買ったのだ。
今着ているこの服はダンジョンに行くと言うより、山登りをするような格好だけどね。
ジャージにバットよりはマシだろう。
協会の中にある施設は24時間営業なので、買い物もいつでもできるのがありがたい。
「そうですか?ありがとうございます。それでなんですけど、日帰りで行ける範囲でスキルポイントの効率がいい場所ってありますか?」
「スキルポイントの効率ですか?基本的には奥に行くほど、あとはボス部屋ですね。あ、ダメですよ?一人で入ったら危ないですからね」
千葉ダンジョンは極端に情報の少ないダンジョンだ。
人が少ないからね。
賑わっているのは16階層から29階層までで、中級者向けのレベル上げに向いているそうだ。
14階層まで経験値の効率が他のダンジョンに比べて悪いので、近場に住んでる以外の初心者は寄り付かない。
今は本部が閉鎖されてるから、俺みたいな人が少しはいるけどね。
そして15階層には悪名高い罠エリアがあるので、それ以降の経験値効率が良くても千葉を避ける冒険者は多いのだとか。
30階層以降の上級者向けエリアはどうなのかと言うと、火山エリアの階層があるらしく、マグマが流れている場所があったりして電線がそこまでしか通っていないらしい。
特に目玉になるようなジョブ部屋もなく、奥に行くのは千葉のトップクランの連中だけ、というのが昨日集まった千葉ダンジョンの情報である。
「経験値とか儲けも無視して、純粋にスキルポイントだけでも?」
新井さんの言うように奥に行くほど効率は良くなるだろう。
しかし、得られる経験値とスキルポイントは比例関係にはない。
中にはスキルポイントを多めにくれるモンスターと言うのも存在するはず。
「んー。春道さんが行ける範囲ですと、4階層に出てくる
経験値ね。
これ以上レベルが上がっても困るんですよ。
いや、上がるのか?
たぶん何かの罠っぽい物を踏んでこうなったのはわかるんだけど、何を踏んだのかは未だにわからない。
俺が調べられた限りではレベルアップの罠って言うのがあるらしいけど、それだと一回にレベル1しか上がらないし、一回踏んだら消えちゃうらしいんだよね。
9998回踏んだとかありえないでしょ……。
レベルアップの罠ってどっちかって言うと運のいい人が踏むものだろ思うし。
「今日だけは4階層に行ってみますよ。スキルを覚えてみたいので」
「うーん、そうですか……。まあ1日なら止めませんけど……。そういえば、春道さんは何かスポーツをやってらしたんですか?どう考えてもボスコボルト5匹相手に無傷だった理由がわからないんですよ。本当は怪我とかしてません?」
心配してくれてる!
なんて優しいんだ。
あの後輩は壺だなんだって言ってが、そんな訳ないな。
「怪我はしてないですね。スポーツもここ最近は何も。しいて言うなら外回りで鍛えられたブラックな足腰でしょうか?後は偶々コボルトが一列に並んでくれたので、押したらうまく転んでくれたって感じですかね?」
実際にはブラックな元職場のお陰じゃなくてレベルのせいなんだけどね。
「ブラックって……。でも本当ですか?スポーツはやってなくても実は格闘技の達人とか……、なさそうですね。兎に角、ボス部屋にはもう入らないでくださいね」
「はい。ありがとうございました。行ってきます」
「はーい、いってらっしゃーい」
いってらっしゃいか、毎朝言ってほしい。
︙
︙
『カキィーン』
公式球を打つよりも甲高い音を立てて岩飛蝗がどこまでも飛んでいく。
岩飛蝗はその名の通り石で出来たバッタ、大きさはソフトボールくらいだろうか?
まさに石を金属バットで打った音だね。
動きは早くないので体当たりされても大したことはないが、噛みつかれると指を持っていかれたりするので注意、とモンスター図鑑には書いてあった。
モンスター図鑑は昨日新井さんに教えてもらった携帯アプリの一つで、日本に出現するモンスターの解説が写真付きで載っている。
ダンジョンの場所と階層を選択すれば、そこに出てくるモンスターの情報がわかるから便利だ。
流石に経験値やらスキルポイントまでは載ってなかったけどね。
有料版はオフラインでも使えるので、新井さんのオススメ通りしっかりそっちを買いましたよ。
ボス部屋とか、洞窟型のエリアだと電波が届かない所もあるからね。
「しかし、今のは危ないな。地面に叩きつけるようにしないと」
大ホームランでどこまでも飛んで行ってしまった。
もし歩いている人に当たったら大変なことになるだろう。
気を付けないと……。
「行くなよ、絶対行くなよ」
岩飛蝗をうまく地面に打ち付けることが出来るようになった頃、目的地である4階層のジョブ部屋に到着した。
入るなと言われたが俺のレベルは9999。
無理でもなんでもないので入っちゃいます。
通常のフィールドに現れるモンスターよりもボス部屋に出てくるモンスターの方が得られるスキルポイントは多いって新井さんも言っていた。
何よりここのボスは5匹同時に現れて、部屋から出たらすぐ復活すのがありがたい。
岩飛蝗は動いていないと普通の石と見分けがつかないからね。
探すのも面倒なのだ。
さっきも動かないと思ってぶっ叩いたら、ただの石でびっくりしたわ。
「今日はここを周回をしようじゃないか」
入るなとは言われたけど、魔石を換金しなければ入ったとはわからないからね。
新井さんには悪いが、今日は外の岩飛蝗の魔石だけ換金させてもらおう。
このジョブ部屋から得られるジョブは【
MPを使って紙を作り出せる【創紙】や材料があれば低MPで紙を作れる【作紙】などのスキルが使えるらしいけど、成り手はほとんどいないのだとか。
他に【保護・紙】という便利そうなスキルもあるのだが、同じく低階層ジョブで【司書】が持ってる【保護・本】という完全上位互換のスキルがあるので、態々このスキルの為に【紙漉き士】を選ぶ人もいないのだ。
つまりこの部屋は過疎ダンジョンの過疎ボス部屋。
誰も近づいても来ない部屋なので、連続周回してもそれを見咎める人もいないのである。
「ああ、1分があるのか。なるほど、5人いたら待ち時間もなしか……」
待機部屋で待つこと1分。
ジョブ部屋の方の扉が開いて、戦闘開始。
ボス部屋は完全な密閉空間のように思えるが何故か明るかったりする。
この部屋も洞窟のような壁に覆われているが、電気の付いた明るい部屋と言う感じで奥の壁までちゃんと見える。
『ギンッ、ガギンッ、ギィーン、ガコッ、キィーン』
部屋に踏み込んだら、バスケットボールくらいの岩飛蝗が次々に飛び掛かってくるのでそれを地面に打ち付けた。
一匹だけホームランして壁にめり込んだけど……。
どうせ換金しないので魔石の回収は必要ないだろう。
《【紙漉き士】にジョブチェンジしますか?はい/いいえ》
イイエっと。
ステータスが上がっても嫌なので、ジョブ取得はなし。
毎回この確認が出てくれると全部ちゃんと倒したかどうかわかるのでちょうどいいだろう。
ちなみにジョブにはメインジョブとサブジョブと言うのがある。
ジョブを持っている状態で、新たにジョブを得ると新しい方がメインジョブとなり、古い方がサブジョブとなる。
すでにサブジョブを持っている場合は古い方のサブジョブが消えてしまう仕様なので注意が必要だ。
ステータスに影響があるのはメインジョブだけなので、俺が今【紙漉き士】になるとステータスの倍率は【商人】から【紙漉き士】のものに代わる。
(じゃあサブジョブはなんのためにあるのか?)
この答えはサブジョブのスキルもスキルポイントを使えば覚えることが出来る、と言うことだろう。
それこそ意味がわからないかもしれない。
俺もわからなかった。
覚えてから別のジョブになればいい話だからね。
どうやらこれは最初から特殊なジョブを持っている人向けの救済措置になるらしい。
特殊なジョブっていうのは【治療士】のようにステータスは弱いけど【ヒール】などの特殊なスキルが覚えられる、現在ジョブ部屋が見つかっていないレアなジョブ達のことだ。
特殊なスキルって言うのは往々にして必要なスキルポイントが多いのだが、低いステータスのままではスキルポイントを溜めたり、レベル上げをするのも難しい。
そこでステータス倍率の高いジョブをメインに据えて、レベル上げをする訳だ。
(でもそれだと三つ目のジョブを得た時に、レアなサブジョブが消えてしまうのでは?)
そこは安心してほしい。
なんとダンジョンからジョブエクスチェンジャーという、メインジョブとサブジョブを入れ替えてくれる魔道具が産出するんだとか。
このジョブエクスチェンジャーを使えば、逆にステータスの倍率は高いけどまともなスキルがない【バーサーカー】みたいなレアジョブの人も強さを維持したままでまともなスキルを得られるという訳だ。
まあスキル石と同じく、使い切りなのでお高いんですけどね。
ダンジョンの宝箱から出るアイテムはどれも高額らしいのだが、これはまた別格の値段になるんだろうね。
「58、59、1分!」
待機部屋に出入りしてキッチリ1分。
再びジョブ部屋の扉が開いた。
5匹、いるな。
さっきのボス岩飛蝗の死骸はもうない。
あ、壁は引っ込んだまま直ってない……。
気を付けないと。
『キィーン、ギィーン、ギィーン、ベコッ、ガコッ』
………。
いやコイツ等、岩だから、バットがどんどん凹んでいってですね……。
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